飛行士たちの凱旋
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
短期滞在隊が地球に帰還し、二週間が過ぎた。
日本での業務を終え、母国に帰国し、そこでの「検疫上の待期期間」も終えて晴れて完全終了となった。
ミッションスペシャリストたちは母国で引っ張りだことなる。
まずは政府関係者への報告である。
彼等は宇宙開発に関心を持っているとは限らない。
予算的に「自分の国ではしなくて良い」と考えている政治家もいる。
だが、自国の威信が高まる事、国民が科学に関心を持つ事、それによって政府支持率が上がる事は非常に好ましいと考えている。
飛行士は満面の笑みで出迎えられ、この情勢ながら握手を頻繁に求められる。
「宇宙から見た我が国はどうだったかね?」
「我が国の事を、これでアメリカも甘くは見ないのではないか?」
「君の活躍も評価されているだろう?」
別に政治家たちは、精神が甘く出来てこんな事を聞くのではない。
カメラやマイクを向けられている以上、そういう返事を期待して言っているのだ。
「宇宙から眺める母国は素晴らしいものでした」
「宇宙に居ながらも、故郷の事をよく思い出しました」
「私の技量はともかく、我が国は宇宙に飛行士を派遣出来る国だと国際社会も認めたでしょう」
「私は最初の一人で、次に繋がるよう恥ずかしい結果にはしていません」
「日本では私の事を評価して下さいました。
きっとアメリカも我が国を今後は高く評価するでしょう」
飛行士たちも基本は公務員、この辺の期待される返事は承知している。
間違っても
「宇宙から見た地球に国境線は有りませんでした。
戦争なんて、馬鹿馬鹿しく思いました」
とか
「地球規模で砂漠化が深刻です。
宇宙からも砂嵐が見え、環境を大事にしようと思いました」
とか
「私たちは所詮日本の技術に全面的に頼って宇宙に行ったお客様であり、
アメリカの我が国に対する扱いが変わるなんて有りませんよ」
なんて言ってはならない。
不機嫌になって予算が消滅するだけでなく、報道を見た国民から
「敵が国境の向こうにいるのに、何をおかしな事を言っている!?」
「環境とか欧米の言う事を真に受けるな。
我々は生活しなければならないのだ」
等と噛みつかれてしまう。
場合によっては命が危ない。
政府要人との会談が終わると、次は報道関係である。
放送局は政治家と大して変わらない。
ウケる内容を期待し、こちらもウケる話をすれば良い。
そして、要人・政治家もそうだったがマスコミにも人気があったのは、宇宙での自国の食事についてだった。
日本の宇宙ステーションだったから、母国の食材がそう多くあった訳ではない。
だが、気を使ってそれらを送って来た事。
それは日本の総理が我が国のトップと約束したからである事。
日本は決して我が国を粗略に扱わず、非常に大事にしてくれるという事。
中東系の飛行士は、語るべき事がある。
「無重力という特殊な環境において、串に刺して食べる、ペーストにする、酢と混ぜ合わせるといった我々ムスリムの料理法は、ソースやドレッシングを上からかけたり、ワインを振りかけて蓋をして煮込むヨーロッパの料理よりも良いようです」
無論、その料理に欠かせないハラル肉、玉ねぎ、酢が宇宙では生産出来ていない事には触れない。
「残念ながら、アイスクリームは出して貰えなかった。
何故なら宇宙ステーションは空調が効いていて、アイスを食べたい暑さではなかったからだ」
笑いも取る。
「日本人もだが、コーヒーをよく飲んだ。
豆が大変豊富にあったから不自由しなかった」
その後、余りにも種類豊富な上に消費が激しい豆の補給について、船長より説教がなされている。
食事の話は、研究や宇宙開発の意義という話題以上に盛り上がった。
分かりやすいし、想像しやすい。
本職である研究や宇宙開発の意義という話題は、派遣元機関や今回小型衛星を開発した大学・工専で話す事となった。
まず、開発遅延でちょっとずつの遅れが宇宙飛行士を手持無沙汰にさせる事を、以前の放送以上に熱心に説いた。
場合によっては、宇宙から地球を眺めて終わるだけだった。
それだけは伝えると、後は実務的な話、学術的な話をする。
本人も、地上に送られたデータがどれだけあるかを見せて貰う。
小型衛星の中には、軌道投入から数時間後には通信途絶したものもあったが、現在もデータを送信し続けているものもある。
小型衛星からはそれなりのデータであるが、「こうのす」本体に間借りしている計測装置からのデータはかなりのものだった。
契約により接続から3週間利用という短時間のものだったが、ペルシャ湾、紅海、インド洋の海洋データや気象データ、彼等が望む観測データが取れていた。
「中々良い結果になったようですね」
「うん、確かに衛星軌道からのデータは良いね」
「早く我々も自国の力で観測衛星を運用したいものだ」
「このまま日本に、延長で間借りを続けさせて貰うっていうのは駄目なんですか?」
若手職員が素朴な質問をする。
駄目なのだ。
如何に欲が少なく、領土的な野心が無く、宗教関係無く好意的接する日本であっても
外国の衛星に、常に自分たちの領土・領海を観測する装置を預けているのは気持ちが悪いのだ。
自分たちが欲しいデータを集める機器を、他者に任せっぱなしなのは宜しくない。
もしかしてもう持っているかもしれない。
だが、自国が開発した「とある地形」の特性を見つける手法について、手の内を明かす必要は無い。
宇宙もまた、国と国の機密が交差する場であった。




