人間をダメにするクッション
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
短期滞在隊は地球に帰還したが、第二次短期滞在隊が来る事は決まっている。
一方で、最後のドッキングポートを使う実験モジュールはまだ決まっていない。
水槽等を積んだ水環境実験モジュールの筈なのに、何故かどんどん後回しになっている。
そこで、短期滞在隊が宿泊した居住モジュールを当分接続したままにしておく事にした。
無論、液晶掲示板や窓代わりのパネル等の電源は落とし、省電力で運用するが。
「我々長期滞在隊は6人。
新居住モジュールの個室数も6部屋。
一回使ってみようか」
誰かが言い出した。
長期隊が住んでいるコア1とコア2は、食堂やトレーニングスペース、風呂、トイレ、宇宙へ行くエアロックに太陽風よけのシェルター等がある為、サイズは大きいが個室そのものは小さい。
日焼けサロンのカプセルというか、棺桶というか……。
それに引き換え、居住のみを考えて設計された居住モジュールの個室は広い。
一回これを体験してみようと言う事になり、皆で移動した。
「これ、不燃物使っているとは言え、フカフカの布団ですよ。
寝袋じゃない」
「寝袋じゃないのはその通りさ。
別に変わらんだろ?」
「インスタントコーヒーと豆から挽いたコーヒーの味の違いが分からん人は、寝床の違いも分からないんですか?
寝る為に体を固定する道具と、体に安らぎを与える寝具の違いがありますよ」
「無重力では大して変わらんのじゃないか?」
「いやいやいやいや……。
逆に、なんで同じって感じるんですかねえ?」
副船長以外からは非難囂々であった。
副船長は
「ジェミニの操縦席で寝るくらいが丁度良い。
パイロット時代も仮眠室より、予備の椅子で寝ていた方が良かった」
という変人なので、特に船長の違いの分からなさに文句等は言わない。
「まあ、これはお客さん用だから、今日1日だけの使用になりますからね」
そう言って、個室使用のIDカードを渡す。
ミッションスペシャリストたちは新型居住モジュールを試体験する。
「同じように袋状の寝具に入っているのに、中で手足を動かせるって気持ちいいなあ」
宇宙ステーションの寝袋は、一般のキャンプ用と変わらない。
寒い訳ではないので、冬用でなく夏用の寝袋を使うから、薄い。
薄いから宇宙ステーションの壁の感触が分かってしまう。
そして体が入るくらいの幅しか無い。
無重力という特性上、枕も不要だ。
だが、この新型は違う。
布団は確かに筒上で、飛行士が掛け布団ごと浮き上がらないようにはなっているが、幅はダブルベッド程(約140センチ)もある。
布団の下もバネの利いたスプリングマットレスである。
そして、マジックテープで着脱自在な枕がある。
枕も柔らかい。
別に首から頭にかけての重量を支えるという枕は不要だが、やはりゴツゴツ何かに当たるより、柔らかく包んでくれる方が心地良い。
「あ、照明も好きに設定出来るんだ」
今までの個室は、コア1なりコア2なりの照明に依存していた。
つまり消灯か点灯かの二択、深夜バスや旅客機エコノミークラスと変わらない。
一応読書灯があるのも同じだ。
だが、新型の個室は廊下側の光を遮断出来る。
そしてツマミによって明るさ、更にスイッチで白色光、橙色光を切り替えられる。
それらは間接照明で、目に優しい。
それだけでなく、ドーム状の出入り口に星空を投影するプラネタリウムモードもあるのだ。
「音楽、うるさいですか?」
隣の個室に聞く。
返答は無い。
「音楽、音漏れていませんか?」
「…………」
「あれ、聞こえないのかな?
ちょっと部屋行って聞いてみよう」
船長が持つマスターキーが無いと、同僚とはいえ個室を勝ってに開けられない。
インターホンを鳴らす。
『何ですか?』
誰が入っているか示す液晶モニタから、返答が聞こえる。
「隣の個室で、結構大きく音楽鳴らしたんですけど、うるさくないですか?」
『全然。
え、なに?
音楽聞けるんだ。
曲は……タブレットのアプリで選ぶのか』
「音漏れてないんですね」
『全く漏れてないっす。
防音も凄いものですね』
スピーカーは頭側左右に設置され、それ程大音量にしなくても十分に大きい音として楽しめる。
部屋と部屋の敷居、さらにドアは防音がしっかりしていて、音を漏らさないし、外の音を伝えない。
無論、船長からの船内アナウンスは個室でも強制的に聞かせる事が出来る。
「快適だ。
これ、シアターモード?
ドアのとこに投影したよ!
これは良いや!」
4月の任務開始以来、いわば研究施設としての宇宙ステーションで生活して来た。
個室も「有るだけ贅沢」という環境だった。
それでもある程度プライバシーは保護されていたし、研究室のソファーで毛布かけて寝るよりは快適……なんて思っていたのだが
「いやあ、宇宙でもこういう生活出来るんだなあ」
贅沢を知ってしまった。
第一次長期隊は4人だった為、ミッションスペシャリストにも当直の役が回って来た。
第二次長期隊からは6人体制となり、船長と副船長、そして短期滞在隊が来た時は副船長補佐という正規の宇宙飛行士が交代で当直を行う為、ミッションスペシャリストたちは休養はフルに取れる。
「橋田さん、交代の時間です」
「もうそんな時間か。
じゃ、頼むわ」
「はい、コーヒー」
「甘い! なにこれ?」
「ベトナムコーヒーです」
「僕はネス〇フェでいいんだけどさぁ」
「橋田さん、インスタントコーヒー好き過ぎて、浮いてますよ。
ちょっとは豆とか拘ってみたらどうです?」
「コンデンスミルク入りベトナムコーヒーとか、マック〇ジョージアとか、宇宙来てまで生クリームをたっぷり泡立てて乗せたウィンナーコーヒーとかばっかりの古関君には言われたくないねえ」
「糖分は正義ですよ。
落ちるようにぐっすり眠れますし」
「……それ、ヤバい眠り方じゃないのか?
で、他の面々は寝てる?」
「個室は勝手に開けられないから分からないですが、起きて来て何かしてる人はいませんね」
普段の個室では、たまに眠れずに、部屋から出て厨房モジュールに水を飲みに来たり、窓から地球を眺めていたり、用も無く自分の持ち場のモジュールでしばらく佇んだりする事があった。
個室内に冷蔵庫もあり、水を持ち込めるのもあるが、それ以上に個室が快適なようで、出て来る気配がない。
「僕は生活リズム狂わせたくないから、第一艦橋(船長室)の方で寝るけど。
いやあ、あの部屋をいつまでも使えると思って欲しくないねえ」
「大丈夫ですよ。
起床時間になったら、強制的に起こします。
丁度良い目覚めの音楽があるので、大音響で流してやりますよ」
そこには中居〇広「君が代」、山〇花子「明日があるさ」、剛田剛(たて〇べ和也)「おれはジャイアンさまだ!」の音楽データリストが表示されていた。




