意見を総合的にまとめると、って結果的に単なる足し算になってる事が多い
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
苗代で植物を育てる為の人工重力(遠心力)を使える第三の農耕モジュール、この仕様についての議論である。
「そもそも次に必要なのは、果樹園だと考えていた」
そう発言する者がいた。
これはリンゴを食べたいとかミカンを、とか言う話ではない。
「野菜に比べて樹木は光合成の力が強い。
より多くステーション内の二酸化炭素を吸着し、酸素を生産してくれる。
樹木を多数置いた森林モジュールが欲しいのだ。
それだけでも意味はあるが、どうせなら果実を食せる方が良いだろう。
野菜を収穫すると、その野菜はまた種からやり直しだ。
また光合成するようになるまで待たなけれなならない。
だが果実はもいでも、樹木そのものは残り、引き続き光合成をする。
ネックは空間を大きく必要とする事だった……。
だから、小型の木を多数そろえ、三次元的に日光を使った光合成で酸素生成を試みるべき」
その熱弁に、フランスCNESからの派遣職員ミュラ氏が同意する。
「以前私は、オリーブの木を植える事を提案しました。
これなら油の採集も可能です。
我がフランスが作った『ビストロ・エール』にはオリーブ搾り機は搭載してあります。
だからあとはオリーブの木を持ち込めば良いのです。
アメリカがどう思おうと、フランスは賛成です。
他の国も説得しますよ」
きっとフランスに主導権を渡すと、地中海風の田園モジュールに仕上がるだろう。
「いつまで我々、チーム・テルマエを待たせるのか!?」
浴場設計チームが文句を言う。
「いや、そんなプロジェクトチーム立ち上げた覚えはないが……」
「とにかくだ!
以前から『天空温泉郷』を完成させる為に、人工重力を使った湯舟搭載モジュールを作ろうと提案し続けていたではないか。
その時が来たのだ!」
「……その計画、誰が喜ぶんだ?
いや、飛行士たちも嬉しいかもしれないが、秋山リーダーが言ってた政府とか地方とか……」
「草津、道後、別府、有馬、湯河原、伊香保、鬼怒川、箱根強羅、等等。
温泉地復活を希望する地からの嘆願状です!」
「い、何時の間にこんなものを集めたんだ?」
要は宇宙でも我が湯を、それを宣伝したい、というものだ。
「だが、やはり浴場は後回しで良くないか?
どうして『その時が来た』なんだ?」
「湯があるユニットは必然的に温度と湿度が高くなる」
「高くなりますね」
「その熱や湿度は、苗代を維持するのに丁度良くないか?」
「む!」
熱川バナナワニ園と同じ構想である。
熱を使って、熱帯地域のような環境を再現する。
「だが、あのレジャー施設は温泉があるから、その熱を二次利用しているのだろ?
宇宙ステーションは温泉じゃないから、元々熱を持っているわけじゃない。
周囲を温める程の湯を沸かすエネルギーが足りんのではないか?」
「太陽光を使えば良いではないか。
どうせ苗代を育てる上で太陽光を利用するんだし、逆に水を温めて弱めた光を使った方が良くないか?」
「強烈過ぎる紫外線対策にもなりますしね」
ああ、なるほどと一同が頷きかける。
「待った!
干潟を使った環境浄化実験の方はどうなる?
本来そちらを打ち上げる筈じゃなかったか?
新型居住モジュールを先にしてしまったが、こっちが先だろう」
確かにその予定もあった。
干潟という自然の浄水装置。
人は空気のみによって生きるに非ず、水も必要である。
また、水も二酸化炭素を吸収するし、中の植物プランクトンの光合成で酸素生成が期待出来る。
「水槽を用意し水棲生物を養殖する。
またプランクトン自体も食糧というか栄養剤のように加工出来る。
こちらも一石二鳥以上の効果があるだろう」
「それに環境保護は全世界で注目されている事です。
それを訴える意味でも地球環境の一部を再現し、その紹介をするモジュールは有意義でしょう」
どの意見にもそれなりの理由がある。
だが、「こうのす」のドッキングポートには限りがある。
全部作る訳にはいかない。
「ドッキングポート増やしたらどうです?」
「コア1とコア2の発電容量、生命維持機能はモジュール8機分で設計されてるんで。
予備のポートだって、通電はしないのはそれが理由です。
ドッキングポートを増設しても、全体がパワー不足に陥るだけです」
「だから、今まで言われて来たのを、モジュールとしてまとめるのではなく、コアモジュールとして考えたらどうです?
どの道、人工重力を生むに足るトルクを稼ぐには、大型にせざるを得ませんし、
そんな重いモジュールをモジュールとして横にくっつけたら、バランス悪くなりますよ」
「第3の農業モジュールではなく、第3のコアユニットを作れと言うのか?」
「でないと、まず無理でしょう」
農業チームも果樹園チームも浴場チームも干潟チームも頷く。
確かに、大きさに制限がある実験モジュールでなく、生活環境であるコアモジュールにした方が思い切った事が出来る。
「そんな大きなモジュールを打ち上げるロケットは我が国には無い……
……そうか、アメリカに頼むしか無くなるのか」
「そういう事です。
製作にはアメリカ企業や大学を利用しましょう。
あちらにはバイオスフィア2(地球環境再現を試みた実験)のデータもありますし、もう一回似た施設で試せるなら乗るでしょう。
コア3として、新たにドッキングポートを付ける必要もありますし、アメリカ企業のを取り寄せるより、あっちで作った方が良いでしょう」
かくして、苗代育成も行う温室、樹木スペース、浴場、さらに樹木スペースと繋がってマングローブ森を再現したり干潟を再現する、地球環境に近い生活空間「コア3」が企画立案された。
これらの空間は、通路となっている軸ユニットの周囲を弾み車のように回転して人工重力を得る。
密閉型スペースコロニーに近い感じである。
会議の結果の報告書と、コア3の企画書を読んだ秋山は
「何でこうなった?
誰がコア3なんて考えろって指示した?」
そうボヤて頭を抱えてしまうのだった。




