第三農業モジュール計画
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙ステーションはあくまでも仮の住まいに過ぎない。
恒久的に宇宙生活を送るなら、その場所は宇宙コロニーと呼ばれるだろう。
入植地では、全てが自己完結しなければならない。
酸素は中にある植物が光合成で作り出し、人間の活動で生じた二酸化炭素を吸収する。
そのサイクルを完成させるには、人間1人対し数十平方メートルの緑地が必要となる。
これは「こうのす」の土壌農耕モジュール「でんえん」と水耕モジュール「かるがも」の内部面積を足しても遥かに足りない。
「こうのす」では電気の力で二酸化炭素吸着や、酸素の再利用という事を行っているのだ。
太陽電池を使い電気を作っているから、その分は持続的に得られるエネルギーとして計算する。
それでもやはり、持続的に人間が生活するには足りない。
「食糧生産と酸素供給の為に、第三、第四、いや第百くらいまで農業モジュールが必要でしょう」
「……人手が足りないぞ」
「そこはロボットとか自動化で何とか出来ますよね」
「ロボットの開発は誰がするのか?」
「そこは企業で」
最近は農業も企業でする時代である。
実際、水耕モジュールでレタスや水菜等を栽培しているのは、食品企業から応募した社会人なのだ。
研究よりも生産となると、プロの方が適している。
(彼女たちはその企業での研究者ではあるが)
「宇宙における土壌農耕はまだ研究段階だ。
先走って何機もモジュールを作って、一斉にダメになったら大損だぞ」
それで一旦は農耕モジュール3号機については収まった。
ここに第一次短期隊での老先生からの報告、橋田船長からの進言で事情が変わる。
「なるほど、苗代を作る、ねえ……」
現在の土壌農耕モジュールには大量の苗代に耐えず人工重力たる遠心力をかけ続けられるだけの設備は無い。
必然的に新実験器具か新モジュールか、という話になる。
「予算は、総理案件だから有るには有るけど、それだけに紐付きになっているのを忘れずに。
何でも自由に作れるわけじゃないから、そこを忘れずにね」
秋山は所用で席を外し、会議の結果だけを報告される事となった。
総理案件で予算が潤沢、ではあるのだがそれだけに用途について口うるさい。
元々が貿易不均衡対策で、アメリカに対する貿易黒字を減らす為の案件なのだ。
アメリカに発注して、アメリカで製作され、アメリカのロケットを使って打ち上げるモジュールなら計画は承認されやすい。
だがアメリカの宇宙企業も暇では無いので、「自分とこで出来るなら自分で打ち上げろ」という部分がある。
ここに矛盾がある。
アメリカの為に金を使うのに、当のアメリカが「必要がなければ協力しない」と言うのだ。
有人飛行計画初期の、引退したNASAの職員を再雇用し、管制技術や宇宙飛行士教育について指導を受けるというのは、アメリカとしても非常に喜ばしい。
前回の宇宙ホテルに繋がる豪華居住モジュールの内装と打ち上げは
「ISSにそれ程多く旅客も受け入れられないし、半分以上日本で受け持ってくれたらありがたい」
「宇宙ホテルについて、いつかはやろうと思っていたから、日本が実験台になってくれるなら良い」
「内装等の仕事を、日本の金で発注出来るなら雇用対策上好ましい」
という事情があった為、多少の無理も聞いてくれた。
また、総理の要望も絡んで来る。
政治家である総理にしたら、一石二鳥どころか、一石何鳥もの効果を狙って来る。
貿易黒字減らしの他に、地域活性だったり、外交上の貸しだったり、宇宙ビジネス上の宣伝効果だったりを考えている。
先般の「諸外国の飛行士に、出来るだけ母国の料理を提供するように」という指示も、総理の格好つけだけでなく、外交効果、特に中継からその国における日本の好感度が上がる事を計算してのものである。
……任される現場の負担は全く考えていないが。
達観して「科学なんだから、お前さんたちの好きにやりな」なんて言ってるのは財相くらいである。
財相は国家予算でなく、総理府で動かせる外貨準備を使ってる関係で、管轄外だから気が楽なのかもしれないが。
他の与党の政治家や地方議員たちは、地域への利益誘導に熱心だ。
先日の「納豆1パック」のように、隙有らば地元の利益をねじ込んで来る。
総理も自分への支持を得る為、そういう要望はがっつりJAXAに伝えて来る。
その上で科学的な意味、産業育成でどういう意味があるか、という正当化、もとい疑問に対し国会では答えられるだけの論拠を準備しないといけない。
こういう思惑テンコ盛りなのが、会議を複雑にし、長引かせる原因となっているのだ。
(まあ、会議が長引く原因には、職員のやりたい事に対する暴走もあるのだが)
「要は単機能で、素人ウケしないプロジェクトは承認されがたいって事だ」
「素人ウケって、我々はそんなつもりでやっちゃいないんですけどね」
「いや、その発言ブーメランとして跳ね返るぞ。
地味で地道な研究で良いなら、そもそも『有人』飛行の必要性は無いわけだからな」
「あ……」
「とりあえず、世間に色々と訴えられ、かつ日米ともに興味深いと感じられ、かつ科学的なモジュールになるよう意見を出していきましょう」
その晩、報告書を読んだ秋山は、その報告書を手から落として絶句した。
「どうしてこうなった?」




