第一次短期滞在隊は早くも帰還
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
老先生の宇宙での生活は順調そのものである。
「体が鈍る」
と筋トレも積極的に行う。
スタミナ的な問題で、2時間ぶっ通しは出来ないが、1時間を2セットにプラスアルファくらいは運動をしていた。
運動だけではない。
本業でも積極的に動き、ある程度分かった事を全員の前で披露した。
「植物も生物。
『植物の心のような人生を』なんて言ったキャラクターが危険人物だったように、
植物も実際は競争のような事をするのだよ」
(先生、なんで少年漫画にも精通してんだよ!?)
老先生は間引きについて触れる。
「高密度に植える密植で失敗した事例として、共産主義某国が挙げられる。
だが、芽を出す段階で密植はよくやる事だ。
成長の段階を経て間引きする。
間引き前は植物の間に競争のようなものが起こり、勝ったものが最終的に残される。
間引き後は周囲の栄養を独占出来るから、強く育ったものが、より強く成長するという事だ。
さて、この一般的な農法だが、無重力だと勝手が違う。
人間的な表現になるが、競争が足りていない、または苦労が足りていない」
「苦労……ですか?」
「楽に育ってしまうのだ。
競争の結果は土の上ばかりを見て判断しがちだが、実際には土の中でも起きている。
より根を張り、安定すると共に養分を吸う領域を広く確保した植物が競争の勝者である。
しかし、無重力ではしっかり根を張らずとも茎より上を支えられる。
そして肥料を絶えず気にしているせいで、根の張り具合が足りない。
僕の目から見れば、全部負けている」
「なるほど」
「間引きした方の野菜、間引きされた方の野菜、ともに調べた。
成長ホルモンとか何とかは専門的な話になるから、今はしない。
もっと詳しく研究もしたいしな。
ただ、やはり野菜と土壌は無重力用には出来ていない、という事だ」
植物にも重力感受能力はある。
無重力だとここが異常を来す。
根の張りが足りないのもそこにあるだろう。
「そこで、発芽から双葉がある程度育つまでの『苗代』を、遠心分離機を使った人工重力下に置けないか?
そこから、一番活発な成長期に、自分に合った環境で発芽した野菜を植え替える。
苗代も一般的な農法だし、特別な事ではない。
どうだ?」
宇宙ステーションの責任者とはいえ、橋田船長に決定は出来ない。
遠心分離機は「こうのす」内に何機もあるが、一番大きなものは「煮込み料理用」で、あとは実験用の小さなものばかりだ。
新たに作らなければ、苗代を置けるようなモジュールは無い。
(そういえば、地上スタッフが大型遠心式人工重力モジュールを開発したがっていたな。
なんでも風呂に入りたいとか、鍋で沸かしてラーメンを煮たい、とか。
苗代を置く為という大義名分を教えたら、彼等は喜ぶかな?)
ともあれ、意見を拝聴した後は自身の所見も加えて、地上に「更なる大型遠心分離モジュール」について報告する事とした。
老先生だけでなく、他の短期滞在ミッションスペシャリストたちも結果を出している。
船外に設置した計測器からのデータも、無事に地球に送信されている。
「『こうのす』はISSの補完モジュールとは言え、結構いい具合に研究もされるようになって来たね。
送られるデータ量が結構なサイズになって来たよ。
専用の大型アンテナ基地を作ろうかな」
こんな嬉しい悲鳴のようなものを地上スタッフが漏らしている。
実際送信データを各国で共同使用するのなら、多目的に使っているアンテナとは切り離した方が良いだろう。
「私の仕事も終わります」
森田副船長補佐が言う。
彼は「こうのす」に来て以来、当直として宇宙ステーションの運行に関わるか、ホテルマンとして仕事をしていた。
新型居住モジュールは豪華である。
ここに飾ってある造花を拭いたり、時に替えてみたり。
ミッションスペシャリストたちが任務に当たっている間にベッドメイクや個室の掃除をしたり。
「私も宇宙飛行士の端くれですよ。
それを大手ホテルに派遣し、ホテルマンとして訓練させるって、おかしくないですか?」
「気持ちは分かるよ。
でも宇宙計画に、やがては宇宙ホテルというのもあったから、任務の一環だと割り切ってくれ。
……どうせ被害者は君だけに留まらないだろうし」
「まあ、同じ体験する奴が出ると思うと、納得も出来ますな」
「とにかくお疲れ様。
3人いる正規の飛行士がフル稼働ってならなくて良かったよ」
「ですね。
忙しかったのはロボットアームを動かしていた古関副船長でしたね。
副船長も色々ありがとうございました」
「謝礼はいずれ、形で表してくれ」
当直で船長席に座っている古関副船長が答える。
最後の晩は軽いパーティとなった。
イスラム教徒4人の為に、アルコールは出ない。
「神様はこんなとこまで見ていません」
と言って酒にありつこうとしたが、
「むしろ神様から距離が近くなったんじゃないか!
見てるから、聞いてるから!」
と答え、その発言は聞かなかった事にした。
羊肉は在庫処分とばかり、全て調理され、提供される。
残る長期滞在組は、特に羊肉が好物ではない。
聞いてみたところ
「ジンギスカン鍋が食いたいねえ」
という、宇宙ステーション内に煙を充満させる料理名を出された為、残さず短期隊が居る内に食べてしまおうと言う事になった。
香辛料や調味料は日持ちするから、次の第二次短期隊でも使えるかもしれないので残す。
ただ、ヨーグルトは日持ちしない為、これも料理やデザートで全部使用された。
大盤振る舞いで最後の夕食は終わる。
全員予定していた任務も終え、安らかな気分で眠りについた。
そして帰還の日、前日気が抜けてしまった為、切羽詰まった時間に大慌てで個室から帰還船に荷物を運び込み、収納の為の荷造りをしているミッションスペシャリストたちの姿を目撃する事になる。
老先生は淡々と
「あんなに大量に荷物を持ち運びする事あるのかねえ」
なんて言っていた。
……農耕モジュールに大量に設置し、そのまま置いていく自分の実験機材の事には触れもせずに。
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本日18時に、歴史系で新連載一個始めます。
良かったらそちらもよろしくお願いします。
「信長」ものです。




