宇宙ホテルの雛形
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
入所以来、ずっとアメリカ勤務の小野は色々と忙しい。
民間宇宙企業と組んで、そちらのチャーター機を使って短期滞在チームが打ち上げられるとなってからは、忙しさもひとしおである。
民間企業との連絡役は別な人がする。
NASAに委託する短期滞在チームの最終訓練の付き添いも別な人がする。
同じようにアメリカ赴任で、帰国が許されない職員が多数いるから、一人で何でもする訳ではない。
彼等の管理をするという仕事を任されているのだ。
向いていない人には思いっきり苦痛なのである。
「僕はこういう事がしたくて入ったんじゃない!」
「いや、出世したらそういう仕事になるんだから、したくないは通じない」
「まだB社の連絡役の方が合ってます」
「それはそのまま君に続けて貰います。
B社からの信頼は厚いようですから」
「じゃあ、管理職は他の人にやらせて下さいよ。
僕は二十代で数年前に入ったばかりの若造ですよ。
なんで僕なんですか?」
「それは、他のメンバーは君の同期か、1期下だからだよ。
NASAの偉いさんにも面識がある君が一番適任って事だ」
「にしても、重責過ぎませんか?」
「どうして?
判断系の責任を伴う事はネットを通して私がしているじゃないか。
他の職員の進捗管理だけじゃないか。
それも会ったりしないでネットだけでしょ。
キツいなら、B社連絡役を誰かに代える?」
「いや、そっちを残して、管理職を代えて欲しいのでして……」
秋山と頻繁に不毛なやり取りをするが、事態は変わらない。
小野は二十代にしては大金を給与として貰えているから、傍から見れば羨ましいだろう。
だが、本人の幸せはそういうものでは量れない。
趣味がほとんど無く、人付き合いもしない小野は、給料で困っていない分、儲けに対する執着も薄い。
金よりも「好きな技術系の仕事専任! 仕様書書くより、自分が作りたい!!」という人間なのだ。
さて、そんな小野はまたしても分野外の仕事を受け持たされた。
日米共同開発していた新型の居住モジュールの検収である。
モジュールの製作は日本、内装はアメリカが担当した。
この件、元々は別の職員が担当していた。
小野はその進捗管理をしていれば良かった。
だが担当の一人がある日失踪した。
海外に赴任させ、仕事を丸投げし、最近は帰国しても隔離だから休暇で帰国の意味を成さないという「放牧」に嫌気が差したようで
「探さないで下さい」
と置き文を残してどこかに消えた。
そして他の担当者がその分の負担を抱える。
そんな中、昨今の流行病に一人が感染し、重症化した。
「小野さん、お願いします」
と後輩職員に頼まれ、しばらく関わっていたのだった。
今まではオンラインでの会議や、メールでの進捗管理やアメリカ側の作業報告を受けているくらいで、それには日本にいる秋山と担当者も参加していたから問題無かった。
だが、完成の運びとなった時
「実際に見て確認する」
要員として選ばれたのだった。
「なんで自分が?」
「ずっと会議参加していて、仕様分かってるでしょ?」
「体験滞在って、自分がですか?」
「君『も』ね」
「自分、宇宙飛行士目指した事無いから、ああいうモジュールの中入って何したら良いか分かりませんよ」
「だからそこを堪能するんじゃなくて、仕様通りになってるか確認するのです。
「他にも職員いるでしょ?」
「うん、いたけどね」
「いた?」
「一人、あの病気じゃないけど、熱出て寝込んだって連絡入りました。
治っても、メーカーの方がお断りだと」
「他にもいるでしょう?」
「もう一人はルームシェアしてたから、本人が病気になってなくても感染の危険あり。
残り一人は君と一緒に検収します。
でも分かるでしょう?」
「……ええ、一番新人だし、責任者には出来ないって事すね……」
こうして小野は職員もう一人と、出来た新型居住モジュールを確認しに行った。
「我がホテルグループの粋を集めた内装で……」
アメリカ人ながらドヤ顔の担当者の説明という形式の自慢を聞き流し、小野はいきなりライターで燃料の入ったペットボトルに火を点けると、放り投げた。
「何するんですか??」
「うん、どうやらちゃんと不燃物使ってますね。
結構豪華な内装だから、気になったんですよ」
「そういうチェックは我々でやっています」
「貴方たちがいくらチェックしていても、それは僕がチェックする事を止める理由になりません。
要求通りに出来ているか確認するのが仕事ですから」
とある日本製精密機械は、石段から落とす、氷漬けにする、放火する、モデルガンで打ちまくる、そういう事をしても動作した。
無茶苦茶とも言える耐久試験をして確認する。
それが、エンジンオイルの代わりにサラダ油入れても走るバイクとか、スカッドミサイルが命中して破壊されたビルから発掘されて動作するゲーム機といった、伝説級の機械を生み出すのだ。
アメリカでもB社がジェミニ改を作った時、火薬の中で爆破する、上空1万メートルから海上に落下させる、深度200メートルの海に置く等の試験をし、飛行士が生き残れるかを確認した。
アメリカでも兵器系のメーカーは尋常でない蛮用を想定した試験を行う。
そこまではやっていないホテルグループと民間宇宙企業の関係者には、サバイバルナイフを持ってモジュールに入って、ベッドや床を斬り付ける小野は猟奇殺人犯的な者に見えたであろう。
小野が一通り破壊活動をし、それに耐えたモジュールの内装(ただし全取り換えとなった)に納得して帰る。
「破壊者は帰ったか?」
「はい。
いやぁ、いきなり火炎瓶出した時は吃驚しましたよ。
あれ、どうやって持ち込んだんですかね?
セキュリティチェックはしたのに」
「中に入ってから、ウォッカを購入したようだ。
それを詰め替えたようだね」
「でもまあ、アレに放火されなくて良かったですよ」
「見せたのは次回の打ち上げで使うモジュールと予備機、そしてモックアップ。
さらにその後の本番用は見せていませんからね」
「あのVIP用に放火なんかされたらたまったものじゃない」
そこにはハクトウワシが翼を広げた印章、ボールドイーグルが描かれ、1人用の居住区がモジュールの大半を占め、入り口付近に申し訳程度のSP用控えスペースが設けられた、特注居住モジュールがあった。
ウォッカのネタバラシです。
作者がモスクワのシェレメチェヴォ空港を利用した時、
セキュリティチェックでは液体と発火物、マッチなんかを没収されたのに、
出国審査を終えた後の空港内免税店でウォッカとタバコ用ライターが売られていたので
「これ、免税店で買ったもので火炎瓶作れるだろ」
と思ったのが元ネタでした。




