表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
257/516

老先生訓練大詰め

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

第三次長期隊の農業チームは、第二次長期隊で兆候が見られた農業上の問題解決が任務である。

無重力、人工日照、連作という条件で茎が細い割に葉が多くなる現象が見られた。

そして実の栄養が少なくなる。

農業的には、多過ぎる葉は枝から摘む。

葉を作るのに必要な栄養を実に回そうというものだ。

だが葉を減らしても実の栄養はアンバランスになっている。

細い茎が、根から吸収された養分を十分には運ばない。

水分等は葉からも吸収されるから良いが、養分はそうはいかない。

光合成で作られる養分、根から吸い上げられる養分のアンバランス。

それが実に現れて来ていた。


もっとも、二次隊の報告で原因がここまで特定出来た以上、地上でも研究が進んでいる。

葉が多ければ剪定すれば良い。

追肥のタイミングで養分補充は可能だ。

密植を作り、競争させる事で茎や根を太くさせ、勝ち残ったもの以外を間引けば良い。

対症療法はいくらでもあった。

実験場が宇宙に在るだけで、いまだ研究の本拠地は地上なのだ。

地上で対策を考え、それを宇宙で実践すれば事足りる。


「だから、行くの諦めませんか?」

退官した農学の大家・石川元教授に対し、JAXAの職員はそう言う。

ここまで来ると露骨に「行くな」と言っているようなものだ。

だが、それと気づいても老先生は気にしない。

非難とか苦情に、良い意味で鈍感になっている。

いや、職員からすれば迷惑な意味で鈍感か。


「君たちが老人を宇宙に上げる事を迷惑がってるのは分かるよ。

 だから短期滞在の方にしたじゃないか」

「いや、長期だろうが短期だろうが、宇宙に行く事自体が……」

「危険だって言うのだろう?

 だからいざという時の為に訓練をしているのだろう?

 ミッションスペシャリストと言えど、いざという時は体を使うからな。

 で、私の訓練成績は主観的だが、悪くはないと思うが?

 落ちこぼれてはいないだろう?」

そう、落第させる理由は無い。

老体ながら、パワー系、耐久系の訓練はこなせているのだ。

例えば息を止める時間等は若い者より衰えている。

だが、最低限の部分はクリアしているから、落選にはならない。

そして老人の一番の恐怖、咄嗟の判断、それに体がついて来ないという反射の低下が見られないのだ。


老人の交通事故でよくあるのは

「ああ、車が来たなあ」(歩行者の場合)

「あ、歩行者がいる」(運転手の場合)

と状況は理解しているのに、ついフラっと道路を横断してしまったり、ブレーキを踏んでなかったりというものだ。

そこまで行かずとも、ブレーキを踏み始めた時間が秒単位で遅れ、若い人なら事故にならないのに、数メートルずれて事故となったりする。

ミッションスペシャリストは乗客であり、宇宙船操縦はしない。

だが、万が一の為に一応宇宙船操縦の訓練も行う。

パイロットである宇宙飛行士が操縦不能となった時、乗員の誰かが操縦を代わらねばならない。

この時、数秒反応が遅れる交代要員というのは致命的である。

宇宙船は1秒間に7キロ以上進むのだ、自動車とは比べ物にならないくらい高速なのだ。

この宇宙船操縦シミュレータ訓練で、老先生は年齢を感じさせない反射神経を見せた。

ゲームじみた「点灯したライトのスイッチを消す」反射速度計測でも立派な数値であった。


あと怖いのは、老人性の疾患である。

現在健康診断の結果、特に問題は出ていない。

それでも急性の心筋梗塞や脳梗塞の不安は残る。

チャーターするアメリカの民間宇宙船は快適だが、それでも打ち上げの衝撃で骨折するかもしれない。

本人が言うように長期ではなく2週間程度の短期滞在となったが、それでもその2週間で致命的な骨粗しょう症となりかねない。

それをさせない為の宇宙ステーション内での筋トレであり、老先生はそれをこなせる。

ではあるが、やはり不安は残る。


「特に問題は無いんでしょう?

 行かせてあげましょうよ」

そう言うのは、有人宇宙計画の推進役である総理だ。


「70歳超えの老人でも宇宙に行けるようになれば、また一つ宇宙への障壁が無くなりますよ」

正論ではあるが、総理の場合次の台詞に本音が見える。

「私なんか、まだ60代の半ばです。

 70歳超えで行けるなら、私でも行けるって事です」

(行く気なのか? 行く気なのかよ!?)

最近、官邸の中にやたら筋トレの機材や、ルームランナー等を買い込んでいると秘書から聞く。

名目は

「昨今の流行病で、外で走ったりするのは自粛している。

 だから室内でも出来る健康管理をしてるのです」

なのだが、JAXA職員には別の目的がちらついてならない。


「実は大統領も最近やたらとトレーニングをしている。

 単なる趣味や健康管理の為とは思えない程必死だ。

 我々には別な目的が見えてならない」

とNASAの職員もボヤいていた。


そんなごく一部の期待、熱い視線を浴びている老先生の宇宙行きだが、秋山は最終的な決定を下した。

「4月末の短期滞在チームに加わって貰います。

 周囲は先生と飛行士以外、全員外国人です。

 自分の事は自分でやって下さい。

 周囲との和を心掛けて下さい。

 ではアメリカに渡り、最終訓練を受けて下さい。

 アメリカでダメという判断が出たら、素直に従って下さい。

 その上で、どうぞ無事に帰還して下さい。

 宇宙飛行は生還までが任務です」


賽は投げられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >賽は投げられた 運否天賦の世界ですもの、何が起こるか判りませんからね [一言] >賽は投げられた 匙は投げられた!
[一言] 手綱を投げていいんですかね?
[一言] むしろさじでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ