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新しい食事情

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

「ブラックホールに人が落ちると、その潮汐力からびよーーんと引き延ばされる。

 これをスパゲッティ化現象と言うんだが」

「……その話、スパゲッティ食べてる時にする必要ありますか?」

宇宙ステーション「こうのす」では、今日も茹でたてスパゲッティを食べていた。


スパゲッティの食べ方は、無重力環境では合理的であろう。

つけ汁に潜らせる事も、出汁やスープと共に煮る事もない。

ソースをからませ、それをフォークで巻いて食べる。

ズズーっとすするよりも、無重力では良い。


パスタマシンもハンドルを回して押し出すものであり、テーブルに麺玉を押し当て、麺棒で伸ばすよりも無重力では良い。

麺棒で伸ばす、足で踏んで腰を強くする麺作りは、重力が無いとやりにくい。


だが、如何にパスタが宇宙では合理的な炭水化物とは言え、日本人飛行士は米が食べたかったり、ラーメンをすすりたかったりする。

その辺はアントーニオ料理長も心得ている。

宇宙料理人に選抜されてから、日本人の好みも調べた。

元々米料理が存在するイタリアだ。

米を炊く事に抵抗は無い。

ただ、イタリアの米はおにぎりが作れないといった、パラパラした粘り気の無いものが多い。

日本人の好きな米とは種類が違う。

そして日本の宇宙ステーションでは、日本人好みの米が補給される。

日本人好みの炊飯をする一方で、リゾットや、イタリア料理ではないがピラフ、パエリアという米料理での勝手の違いに悩まされていた。


だがその悩みも、前任の石田船務長ほどではない。

彼女は「対流が起こらない中で炊飯をする」か「操作の難しい遠心調理器で米を炊く」かという選択だった。

大型の遠心機は、小型ではあるが炊飯器ごとセットして振り回す事が出来る。

宇宙用に開発された炊飯器は、圧力鍋の機能も有していて、一気圧より若干低い宇宙ステーション船内気圧でも十分美味しい米を炊けるのだ。

(この炊飯ジャーに合うように、遠心分離器の方のサイズを変えたのではないだろうか?)

開発担当者はその疑問に笑って返すだけだった。


遠心分離器を改造した調理器、これとイタリアンの料理人アントーニオ料理長が組み合わされると面白い化学反応を起こした。

野菜だけを弱火で調理し、野菜から出る水分だけで料理する。

持ち込んだホールトマトの中の水分や油分だけで他の食材を蒸し煮する。

フレンチのベルティエ料理長は無重力を活かした全方位(オールレンジ)炙り焼き(ロティ)や、網脂(クレピーヌ)やパイ包みを使った蒸し焼き(ポワレ)を得意としていたが、アントーニオ料理長の場合は素材から出た水を多く使う蒸し煮(ヴァポーレ)を得意とする。

石田船務長は伝統技法に拘らないから、真空調理から電磁式調理、ノンオイルフライヤーを使った熱風料理など何でも臨機応変にこなした。

遠心調理器を使いこなす、否、使えるレベルになった遠心調理器のおかげで、使う水分を節約しつつ瑞々しい料理を食べられるようになったのだった。


「ところで、イタリアって第二次世界大戦の時、砂漠の戦場でパスタ茹でて、ロンメル元帥に怒られたのって本当?」

上手く水分をやり繰りするアントーニオ料理長に聞いてみた。

「嘘デス」

「ああ、砂漠じゃ水を大量に使うパスタなんか作らないか」

「いえ、ロンメルに怒られたってのが嘘デス。

 パスタは茹でました」

「水は……貴重だったよね」

「はい、だからトマト缶が支給されましたが、そこからトマトを取り出し、

 中の水にパスタを折って突っ込み、それを火にかけて茹でマシタ。

 アルデンテになったらトマトの方を料理して合わせマス。

 これで部隊の水を使わずに砂漠でパスタが出来マース!」

「カンボジアのPKOで戦闘糧食(レーション)コンテストをした時、イタリア軍はジェラートまで出したのも本当ですか?」

「本当デス。

 別に特別な事ではないのデスヨ。

 軍にはコンテナ型の機動ジェラートマシーンが標準装備なのですカラ、

 特別な装備じゃなく普通に持っていっただけデス」


このジェラートについても、料理と水と同じような技がある。

いくら宇宙で「日常生活を」と言っても、やってはいけない事がある。

糖分の摂り過ぎもそうだ。

甘いものにはカリウムやリンが含まれている。

過剰摂取は腎臓病にもなるが、宇宙ではカリウムが骨中のカルシウムを尿から排出させてしまう。

骨粗鬆症になってしまう。

だが、人間甘いものは欲しい。

アントーニオ料理長は素材の甘さを引き出すのも得意だが、それに加えて牛乳を使って冷やしジェラートにする事で「見た目と、涼しさと、甘さ」を満足させてしまうのだ。


もっとも、問題もある。

「玉ねぎの消費量が増えている……」

玉ねぎは「宇宙で自給自足」「宇宙で農業」という計画を立てた時、候補の作物に入っていない。

栽培が簡単でもないし、連作障害は出にくいが追肥を必要とし、収穫までにかかる期間が長い。

長期と銘打っているが、宇宙飛行士が3~4ヶ月生活するだけの短期間での研究用作物としては向いていない。

水耕も難しいし、病害虫にも弱い。

ニンニクも栽培期間が長く、追肥が重要である。

イタリアンパセリは水耕で栽培を始めた。

トマトはミニトマトなら栽培を既に行っている。


イタリア料理メインの食事となり、上手い事水の節約は向上したが、代わりに食材は補給を要するかもしれない。

全てに良しという料理も、中々存在しないものであった。

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