料理人引継ぎ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日本の宇宙ビジネス戦略は国家主体である。
民間宇宙企業というのは無いに等しい(少なくとも有人宇宙船を打ち上げる能力は無い)為、国が主導している。
総理が有人宇宙船を打ち上げさせるのは、主に日米間の貿易不均衡対策、黒字減らし、膨れ上がった外貨準備高対策ではあるが、文部科学省他宇宙関連省庁はここに便乗する。
ロケットは大量に打ち上げれば打ち上げる程、1機辺りのコストは下がる。
打ち上げ回数が増える程、職員の技量が上がる。
そうして成功率を上げると、日本への衛星打ち上げ需要が増える。
H3という新型ロケット、衛星ビジネス用の本格運用はまだなのに、先行実験という形で有人宇宙船を打ち上げているのも、実績作りの一環であった。
しかし、日本の射場はこの需要に対応し切れない。
種子島や内之浦周辺の漁業関係者との海域使用を巡る協定もある。
ロケットも製造が間に合っている訳ではない。
だから、モジュールの多く、そして一部のジェミニはアメリカやフランス領ギアナ高地から、ファルコンやアレス、アリアンに委託して打ち上げている。
今回のジェミニ改2で第三次長期隊の後発組を打ち上げたら、種子島はまたしばらく有人宇宙船打ち上げに利用出来なくなる。
短期滞在隊はアメリカから打ち上げられる。
第三次長期隊後発組は橋田船長、アントーニオ氏、水耕農業系の引継ぎである竹内ミッションスペシャリストの3名である。
彼等と、物資を1トン程搭載した多機能輸送機「のすり」が同時にH3改に搭載され、種子島宇宙センターから打ち上げられた。
さて、その荷物の中だが……
「処置をきちんとしたとはいえ、捕れた魚を大量に積むのはどうかと思う」
と一抹の不安の残るものが入っていた。
漁業関係者との協議が定期的に行われている。
協議という場のなんちゃらに欠かせないのは一升瓶である。
その場の流れで
「俺っちの捕った魚、お宅さん買ってくれねえかい?」
「そういやそうだなあ。
漁場使わせて貰ってるし、買って、生計の足しにして貰おうかな」
「おう、じゃあ良いのが揚がったら届けるでな」
となり、宇宙センターに結構な量の魚が「第三次長期隊用食糧」として届けられたのだった。
「どうすんだよ!
海の魚なんて、細菌うじゃうじゃ、場合によっては寄生虫もいるだろが!」
「細菌うじゃうじゃ?
それじゃ食えないだろ?
そんなに危険なのか?」
「捕れたて新鮮ならまだ何とかな。
だが、魚種によっては危ないぞ。
ノロウイルスとか、海水に潜んでいるわけだからな」
「でも、我々日本人は長年海の魚を食って生きて来た。
何とかなるだろう!」
一塩もの、みりん干し、クサヤ風、燻製、真水に入れて色々抜いたりした魚、とにかく様々に処理し
「宇宙ステーションに到着する頃から食べ時になるから」
という宇宙に持って行くとは思えない貨物が積み込まれていた。
「料理長、この大量の魚、料理出来ますか?」
シェフはフランス語であり、イタリアンの料理人のアントーニオ氏は「カポクオーコ」と呼ばせている。
「イタリア人も魚介好きだから、大丈夫デース。
ですが、私にも楽しみがありマス」
「それは?」
「石田船務長の魚料理を食べる事デス。
私、和食も好きですからネ」
かくして後発隊のジェミニ改2が「こうのす」にドッキングし、結構な量の魚が運ばれて来たのを見て石田船務長はボヤく。
「聞いてないですよ……」
最後の最後で、まさかいい具合に熟成した魚が食材としてやって来るとは。
「アントニオさん、この中で何が好みですか?」
「おー、私の事はアントーニオもしくは、トニオと呼んでクダサイ。
私はこのスパーダ(カジキ)は使い慣れています」
2人の料理人が意見交換する。
ここにあるのは種子島の近海で捕れた魚で、石田船務長もアントーニオ料理長も作り慣れた魚ばかりではなかった。
「今回はキビナゴとトビウオを私が料理しますので、他の食材は私が帰った後、トニオさんが使って下さい」
「カニとかエビとか、今日は使わないのですか?」
「使いません。
そんなに一気に使うと、後で足りなくなりますよ。
一品、二品ずついきましょう」
「そうですネ、浮かれてました。
ところでお嬢さん、知ってますか?
この魚は日本語でカツオですね。
カツオはイタリア語では……」
「はい、知ってます。
セクハラ発言は日本・イタリア問わず禁止ですからね」
下ネタを華麗にかわし、痛みやすいキビナゴの下処理から始める。
たっぷりの油で揚げるのは危険なので、ノンオイルフライヤーでキビナゴの唐揚げ、天ぷらを揚げる。
ノンオイルフライヤーは食材から出る脂を利用するが、キビナゴ料理の基本は「キビナゴは油分が少ないから足してやる」なので、このままではただの油気の無い熱風干しが出来るだけである。
石田船務長は揚げる前に、たっぷり油を沁み込ませた。
そして前任のベルティエ料理長から情報共有した、網脂で食材を包む手法を使う。
こうしてノンオイルフライヤーを使いながら、高温の油が飛び散って火災を起こす危険を回避しつつ、油をたっぷり含んだ料理を仕上げた。
無重力というのは料理を作る上で特殊過ぎる環境である。
熱対流が使い難いというのは、煮る、揚げるという技法に著しく制限をかける。
この対応こそ創意工夫であり、同志である料理人にはフレンチ、和食、イタリアンの垣根を超えて受け継がれていくのだった。
そして
・キビナゴとトビウオの天ぷら、南蛮漬け
・キビナゴの唐揚げ(レモン汁は油さしを使用)
・トビウオのツミレ味噌汁
・トビウオの刺身(煮切り醤油は刷毛で塗る)
というのが石田船務長が作った最後の宇宙での食事となった。
……そして色々食材の下処理をし、出汁を取る分を残して、魚の骨、頭等が最後のゴミとして帰還船に積み込まれていた。




