第二次長期隊前半組帰還
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第二次長期隊の後半組、即ち四月中旬地球帰還の石田船務長は、ここのところ多忙であった。
5日程度ではあるが、宇宙ステーションで生活する人数が6人から9人に増えたのだ。
フランスが開発した厨房ユニット「ビストロ・エール」は多機能であるが、大人数の食事を作る仕様にはなっていない。
食材は有っても、一度に調理可能なのが6~7人分までなのだ。
今までは日本風に、当直以外は同じ時間に食事をしていた。
その方が調理担当には、時間が決まった労働となり、楽なのだ。
南極越冬隊も、戦時でない時の護衛艦も、食事時間はきっちり決まっている。
フレキシブルな食事形態とし、好きな時に食べられるようにすると、調理担当の負担が大きくなる。
24時間常勤とは言わないが、せめてファミレスのシフトくらいには交代要員が必要であろう。
ジェミニ改の船長が3人、3交代で宇宙ステーションの管理を担当している為、石田船務長の当直勤務は無くなった。
その分、厨房モジュールでの作業とミッションスペシャリストたちの普段の生活管理に専念している。
「10人以上になった場合、厨房の機能拡張か、食事時間の分割かが必要」
「人数が増えるにつれて、生活全般の管理者が必要」
石田船務長はそう報告している。
もっとも、報告という程形式張ったものではない。
彼女は元々、大学食堂の調理師や、総菜屋で料理をした後に主婦となった人物で、家計簿や日記帳のような形で日々気づいた事をまとめていた。
連絡もまめであり、地上スタッフにとって非常に有難かった。
そんな彼女の最後の勤務の報告で、一度に作れる料理の品数と、人数が釣り合わない事で、工夫を凝らしているのが分かる。
現在の9人体制に対し、役割を果たすだけならば「自分と当直を後回しにした7人分ならギリギリ対応可能」なので、それで料理を作った後、残った2人分を軽く作って対応出来る。
「ですが、それだと13人という次の予定では合わないでしょう」
出来合いの宇宙食を湯煎して出すなら、30人くらいでも対応可能だ。
だが
「それは私の誇りが、主婦の面子が許しません!」
と拒否し、あくまでも厨房を使った、きちんとした料理にこだわっている。
解決策は地上で討論される。
石田船務長も軌道上から通信で参加し、意見を言う。
大体まとまって来たのは
・2回に分けて料理提供をする
・10人以上の時は料理担当は勤務時間中、厨房及び近辺のモジュール常駐とし、他の作業を入れない
・勤務時間外の飲食は、欲する飛行士が自分で行う
というルールであった。
このように未だ様々な事を決定するのは地上スタッフであった。
宇宙はあくまでも実験場。
そこで生活する人の意見を反映はするが、決定権を持つ者は宇宙に上がって来ていない。
まだ宇宙に上がるという事は、安全とは言えない事なのだ。
秋山本人は宇宙に行っても良いと思うし、他の者でもそう思う者は少なくない。
(大体、総理がなんか興味持っている)
だが、組織として長を宇宙に送る事には抵抗が残る。
この辺の抵抗が無くなった時が、宇宙開発の新世紀と言えるだろう。
(そういう日が来るのかどうか。
宇宙に送るだけ送っておいて、お偉いさんが地上にしがみつくという設定は、
いまだ地球にしか住まない者が考えている、現状を延長した予想なのか?
それとも人類の性を見越した予言か?)
そういう論は後に置こう。
地上がいまだにメインであるのは、研究の世界でも言える。
川名飛行士も石田船務長と同様、日々のまとめがしっかりしている。
地球に帰還するジェミニ改のカプセルに、多くの物は積み込めない。
だからデータはきちんと毎日送信している。
その他、日常品の始末も毎日しているし、荷物の整頓もしっかり出来ている。
研究データのみならず、日々の生活をブログにしてほぼ毎日公開しているし、時々は動画チャンネルにも投稿する。
この辺、女性っぽい細やかさがある。
ミッションスペシャリストは、自分の仕事だけしていれば良い訳ではない。
彼等の後ろには、選抜で落ちた研究者たちがいる。
選抜に応募する気は無いが、宇宙でのデータは使いたい研究者たちもいる。
自分の研究の他、地上から依頼された研究もこなし、その結果をデータ送信する。
成果物はほとんど持ち帰れない。
スペースに余裕が無い。
データは、送るだけなら質量ゼロで送信出来る。
だから、現在のミッションスペシャリストは、身の回りの物だけを持って宇宙ステーションから撤収する。
有翼機、地球に成果物を運べて、かつ着水した海に回収に行かなくて済むリフティングボディの開発が望まれるのもここに理由がある。
低軌道を飛んで、ISSよりも縛りが緩く、行きやすい日本の宇宙ステーションでは、依頼を受けて実験をする事が多い。
データだけでなく、成果物を実際に見たい、というのは当然の欲求であろう。
(リフティングボディの前に、無人回収カプセルHTV-Rが先になる可能性が高いが)
さて、第二次長期隊前半組は、HTV-Rからの荷物搬入を終えたら帰還する。
新モジュール「うみつばめ」にドッキングしたHTV-Rは水タンクを多く積んでいた。
新実験の浄水を行う為、前回運んで設置したタンクや水槽に入れる為の水が運ばれた。
配管工事や装置設置作業は済んでいたが、重いものが最後に到着した。
水だけでなく、実験用の素材等も装置設置後に送られて来た。
こうした重い物を運ぶには人数が居た方が有利である。
特に室内だから。
この荷物搬入をもって、第二次長期隊前半組の任務完了である。
川名飛行士は小さくまとめた私物を、早々にジェミニ改の持ち帰り用荷物置き場に置いた。
そして、研究データはきちんと地上に送っていたが、私物はさっぱり片付けていなかった物理・化学系のミッションスペシャリスト岡村飛行士は、土壇場であたふたしながら、個室の中の物を整理整頓していたのである。




