多目的ドッキングモジュール
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙ステーション「こうのす」には、いくつかの倉庫が存在する。
厨房モジュール「ビストロ・エール」には、ISSの日本実験棟「きぼう」の倉庫を見習った拡張倉庫があり、食糧を低温備蓄している。
土壌農耕モジュール「でんえん」と水耕モジュール「かるがも」には収穫物の保管庫がある。
専用の保管庫以外で非常に重宝しているのが、船外に拡張した軟式与圧室であった。
この換気も温度管理も照明すら無い、ただ空気があるだけの空間に、予備の物資や廃棄物を置いておける。
それがコア1とコア2を広く使えるようにしていた。
この空間が無ければ、生活空間の余白に様々な形で荷物を押し込んでおいただろう。
事情は潜水艦と似ている。
詰めるだけの荷物を積んで、数ヶ月は寄港しない。
乗組員のベッドの下や、魚雷の弾薬庫にまで食糧を詰め込む。
潜水艦の場合、長所は周囲に水がいくらでもある事だ。
原子力潜水艦の場合、その海水から酸素を作り出す電力的余裕がある。
宇宙船の場合、周囲には何もない。
完全な真空ではないとはいえ、漂う微粒子やイオンは少なく、有効利用出来ない。
水も酸素も持っていき、有効利用しなければならない。
宇宙ステーションは大きいように見えて、案外居住可能領域が小さくなるのは、酸素と水と燃料に結構なスペースを割かれるからだ。
これは任務が長期になり、遠くに行けば行く程、居住区以上に大きくなっていくだろう。
ただ、噴射して使い捨てとなる燃料とは違い、水と酸素は再利用が可能だ。
人間の呼吸で吐き出す空気には、16%程の酸素が残っている。
二酸化炭素を吸着し、酸素濃度を足す事で、吐いた空気もリサイクルされる。
水はこの空気の処理、除湿によって排気から取り出す事が出来る。
下水も化学処理で飲料水に変わる。
水も酸素も今や再利用をする事を大前提に、宇宙開発が進められているのだ。
「やがては排泄物や廃棄物も再利用、循環利用するようになるだろう」
「あの宇宙戦艦のオム○スってやつですね」
「技師長は食材を知っているから、他の人には
『知らない方が幸せだと思うよ』なんて言ってましたが、
これから作る側としては、知った上で食べて、実証しないとダメですね」
「技術者にも『覚悟』が必要になりますな」
「……十分な大きさと、大量の水があれば、そんな『覚悟』無しでいけると思うけどね」
十分な大きさと大量の水はまだ用意出来ないが、将来を見越して実験を始める。
いよいよ実験の為に使う物資が増える。
そこで倉庫の話に戻る。
「こうのす」にはフェーズごとに輸送機「こうのとり」もしくはHTV-Xがドッキングし、輸送を行っている。
また、ジェミニ改の貧弱な生活空間を補う為に、同時に打ち上げられる多目的空間「のすり」にも輸送物資を積み込んでいく。
これらの機体はドッキング後、そのまま用が済んで切り離されるまで拡張与圧室として使用される。
この拡張与圧室は、良い荷物置き場、倉庫として利用されていた。
「こうのとり」で4トン、HTV-Xで5.2トンもの物資搭載能力があり、必要な物を取り出し、不要な物を詰め込んで、後に大気圏突入させて焼却処分とする。
「のすり」は生活空間にも考慮した為、物資の搭載量としてはロシアのプログレスM1輸送機の3.2トンや旧式のプログレスM輸送機の2.3トンを下回る1.8トンである。
日本人は1日あたり平均1.4kgの食事を摂る。
現在の「こうのす」は6人が約100日滞在する為、食糧だけで8.4トンを必要とする。
宇宙飛行士の食事は、カロリーの高さの割に重さが無かったり、「こうのす」では食糧生産をしている関係もあり、食糧の輸送量はこれ程多くは無い。
だが、植物とて肥料が無いと成長しないし、消費物やリサイクル時にロスするものも出るからそれを補わねばならず、結局は輸送機の搭載量をフルに使ってしまう。
現在で機能限界に近いのに、第三次隊からは短期滞在者も受け入れる。
その為に打ち上げられたのが、多目的ドッキングポート「うみつばめ」であった。
このモジュールには複数のドッキングポートが設けられ、必要に応じた各国の輸送機のドッキングを引き受ける事が出来る。
もっとも、ドッキングした輸送機に電力供給はしないので、その機体のバッテリーに依存する部分もある。
NASAの共通結合機構(CBM)、ロシアのアンドロジナスドッキングシステム、日本の小型カプセル収納機能、これら全てを持つ。
そしてドッキングポートにならない根本の部分は、そのまま倉庫として物を置ける仕様であった。
このモジュールは、物資を受け取る宇宙飛行士の待ち焦がれたものであったが、もう一個不純な理由からも期待を集めている。
地上で一番盛り上がる、宇宙からの投下物回収作業。
観客の見守る中、カプセルなり有翼機なりが降って来て、着陸する。
そこから物を取り出す、というのが盛り上がるのだ。
「うみつばめ」にはドッキングポートの他に、地球に向けてそういった機体を射出する本格的な制御機構が搭載されていた。
「早く宇宙から何かが降って来る、オペレーションなんちゃら、楽しみです」
着陸想定地関係者から様々に言われていた。
期待と希望と打算と皮算用を乗せた多目的ドッキングモジュール「うみつばめ」は、やがて「こうのす」にドッキングする。




