天空のアクアリウム
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
水耕モジュール「かるがも」には大型水槽が1個ある。
これには本来水槽や二枚貝を入れ、砂利や泥を使い、汚水や排気を浄化させる狙いがあった。
勿論、大型水槽とはいえ、サイズ的に最大13人程が滞在する宇宙ステーションの環境維持を出来る能力は無い。
あくまでも実験用であった。
もしも本格的に宇宙ステーションの環境維持をするのなら、モジュール1棟全てにろ過槽・化学処理槽・バイオ浄化槽・再利用消毒槽という専用機能を設ける必要があるだろう。
もしかしたら、それでも足りないかもしれない。
本来、フェーズ3でこの水槽を使った「閉鎖環境での物質循環による環境維持」の実験を始める予定であった。
コア2の下水一次処理機能を通過した汚水や二酸化炭素濃度の増した空気を、バクテリアを大量に入れたタンク状の槽に送り込む。
そこで生物分解を経た富栄養水を、干潟状の大型水槽底面から送り込む。
適度にろ過され、適度に砂利や泥に付着した栄養をプランクトンや貝が食べる。
水中の二酸化炭素は藻類が光合成で酸素に変える。
富栄養水で増えたプランクトンはエビが食べ、エビや貝の増えすぎたものは魚が食べる。
魚も増えたものは人間が食べる。
処理された水は、水耕モジュールの培養液に利用され、栄養価を調整されて栽培に利用される。
循環する培養液の廃液(栄養分が消費されている)は、一次処理された汚水を薄める為に再利用されたり、さらに浄化されて生活用水に再利用される。
理論上はこうなのだが、無重力である事や、処理能力が宇宙ステーション全体分には足りないので、微妙な調整をしたり、データを取る専門家が必要だった。
その専門家は第四次隊からの滞在に変更となる。
代わりと言ってはなんだが、中規模の水槽がコア2と厨房モジュールに設置される事となった。
コア2の水槽は、水草と小エビと小さい巻貝を使った小浄化水槽である。
が、それは理由付け。
リラックス用のアクアリウムであった。
「小魚を宇宙に連れていくのは既に行われている」
スカイラブ計画ではマミチョグという魚、ISSではメダカが送られた。
日本では実験用の魚類でメダカが古くから利用されていた。
遺伝子解析が済んでいて、周年繁殖する為、遺伝子変異も調べやすい。
マミチョグもまた繁殖が速く、生物実験に適した魚類である。
メダカもそうだが、耐塩性が非常に高い。
そしてメダカ以上に低酸素濃度にも耐えられ、有害物質への耐性を持つことも出来る。
この飼育のしやすさから、スカイラブの他、アポロ・ソユーズ計画、コスモス782号でも実験に利用された。
「で、『こうのす』には何の魚を乗せるのかな?」
JAXAにはアクアリウムのプロはいない。
だが、「宇宙メダカ」の時の記録は残っている。
何の魚やエビであれ、無重力に強いものを選抜する。
無重力に弱い個体は、回転という行動をし、時に水槽に衝突死する。
「モデル生物として宇宙に行っていないのは、ゼブラフィッシュとトラフグですか」
「トラフグ?
フグ毒は大丈夫ですか?」
「餌となる貝に毒があるようで、無毒の幼魚から無毒の餌で育てれば大丈夫ですよ」
「とはいえ、トラフグを捌くにはふぐ調理師免許が必要ですよね?」
「つくば市のある茨城県の免許?
それとも種子島のある鹿児島県の免許?」
「待て待て、宇宙でフグ捌くのは予定に無いぞ!
無毒なフグでも流石にダメ!」
秋山がツッコム。
「ダメですか?」
「次の料理担当はイタリアンのシェフですよ。
フグ料理は専門外です」
それでどうやら納得したようだ。
そしてフグには他の問題がある。
フグは甲殻類や貝を食べる。
水質保全の為に一緒に入れるエビや巻貝が食されてしまう。
ではエンゼルフィッシュは?
「エンゼルフィッシュもエビは食べますよね」
「エンゼルフィッシュは大きい魚じゃないし、大きいエビなら大丈夫じゃない?」
「いや、結構攻撃的な魚らしいですよ」
混泳させるのがミナミヌマエビになるか、ヤマトヌマエビになるか、いずれにせよ危険だ。
「だとしたら、生物学の実験をするわけではない、モデル生物にこだわる必要はないですね」
「……遺伝子変異や繁殖の実験ではないですが、広義の意味では実験ですよ」
宇宙における生態系の維持と、水槽による環境浄化の研究が「一応」テーマである。
「グッピーとネオンテトラ、それと少し大型のヤマトヌマエビ、
イシマキガイとニューラージパールグラスとかの丈夫な水草という、
面白味は無い、オーソドックスなアクアリウムにしましょうよ。
別にこっちもアクアリウムの維持が目的ではないので」
結局、自分でもアクアリウムを作った事のある職員の意見で異存無しとなった。
「ところで、厨房ユニットに置く水槽では何を飼育するんでしょうね?」
次の料理担当であるイタリア人シェフに意見を聞いていた。
「えーと、ムール貝、テナガエビ……」
「ムール貝は海生で、テナガエビは淡水生じゃないか」
「イタリア料理のテナガエビは、本当はアカザエビなので海生です。
そしてアサリ、サザエ、ウニ……」
「うん、完全に生け簀だな」
「生け簀っすね」
「美味そうっすね」
「リストランテの生け簀ですな」
こちらは飼育も実験も端から頭にない。
食材であり、それらは食う時まで新鮮であれば良い、ただそれだけであった。




