ひな祭りとはとある話題のきっかけであり
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
3月3日はひな祭りである。
現在宇宙ステーション「こうのす」では「出来るだけ日本の日常を宇宙でも体験する」をテーマにしている。
だが、ひな祭りだから特別に何か、というのも特にない。
まさか雛壇の巨大なものを持ち込むわけにもいかず、折り紙の雛人形、お内裏様とお雛様、それと屏風とひなあられが定点カメラ前に置かれているだけだった。
もっとも、この雛飾りには裏話がある。
女性飛行士の川名飛行士は折り紙が得意ではない。
仕事人間の彼女にとって、今まで必要として来なかったスキルである。
意外に手先の作業が細やかな井之頭副船長が、文句を飲み込んで、折って設置したのだ。
ひな祭りの日、夕食では以下の料理が並べられた。
・ちらし寿司
・はまぐりのお吸い物
・甘酒ゼリー(ひし餅状)
・桃の缶詰め
(川名飛行士には特別にピーチカクテル)
ちらし寿司と甘酒ゼリーは飛散しないよう、粘度を高めて作っている。
話は蛤から始まる。
「これは冷凍?」
「冷凍です」
「ひな祭り用に持って来たんですか?」
「そんなわけないですよ。
味噌汁や酒蒸し、バター焼きなんかも作れますよ」
「レシピはともかくとして、ハマグリ飼育する計画ありましたよね」
「ハマグリと限った話じゃないけどね」
ハマグリもだが、アサリやシジミ、青柳が候補に挙がっている。
ハマグリ代用として食されるホンビノスガイも然り。
二枚貝には水質を浄化する能力がある。
もっともそれは、汚水を飲み込んで直接ろ過するのではなく、汚水というプランクトンにとっての栄養素の多い水で大量にプランクトンを発生させ、そのプランクトンや藻類や有機物を二枚貝が食べるというものだ。
増えた二枚貝は、危険が無ければ食糧として利用したい。
二枚貝を生活させる為、疑似的な干潟を作る。
生活する場としての砂場は、同時に様々な機能を持つ。
干潟は、潮の満ち引きで水に浸かったり、空気に晒されたりという周期を繰り返す。
これが砂の間に空気を取り込んだり、潮の流れでろ過を行う。
酸欠にもならないし、乾燥もしない、そして砂にこびりついた食物を、貝は砂ごと飲み込んで食事する。
人間が食べる時は、この砂抜きが重要になる。
だが、正直人類はこの干潟の機能を完全には理解出来ていない。
それを無重力に持ち込もうとしている。
残念ながら人工重力は必要となるだろう。
干潟は汽水域、海水域に拡がる。
真水でないそういった水をどう扱うのか。
言うまでもないが、海水は淡水以上に扱いが難しいし、汽水ともなると「どのくらいの塩分が適当か、塩分濃度の増減が生物にどう影響を与えるか」というのはまだ完全には理解されていない。
「水質浄化なら、牡蠣でもいいんじゃないか?」
「食中毒る気か?」
「いや、人工海水ならノロウイルスいないんじゃない?」
「いやいや、基本的に汚水処理の過程で発生したプランクトンを漉し取って食べる生物だから、貝毒の危険は付きまとうんじゃないかな」
「それはアサリやハマグリでも同じじゃないか?」
その通りである。
加熱処理をすれば大丈夫とは言え、現在はあえて「人為的に水質浄化に利用した二枚貝」を食用にはしない。
将来を見越し、人工海水の中でどれだけ汚染されるかを調査、研究する。
いつかは食用にしたい。
その為の研究をこれから始めるのだ。
それ以上に期待されているのが、水草、藻類、海藻類である。
動物である二枚貝よりも養殖しやすい。
水耕モジュールには、藻類研究用の水槽も用意されている。
そこには淡水が入れられ、実験的に宇宙ステーションで生じた汚水を別タンクで一次処理したものを注入する準備が出来ている。
いずれはジュンサイやカワノリが植えられ、イシガイ(非食用)やヌマエビ等が飼育・研究される。
ただし、川名飛行士はあくまでも水耕農業の専門家であり、藻類や淡水二枚貝の世話という専門外の仕事で負荷を増やさないよう、まだ研究がスタートしていない。
フェーズ3から研究者が来る、筈だった。
「まあ、貝類の研究は後回しになったみたいですよ」
水耕モジュール責任者の川名飛行士が語る。
彼女は養殖や藻類の研究はしないが、設置されている水槽が壊れたりしないかは確認している。
次の研究員に引き継ぐ為だ。
「どうしてですか?」
「短期滞在のミッションスペシャリストが外国人多めにするとかで、海洋生物の研究者はしばらく来ないそうです」
「本当?」
「ええ、なんか上の方の指示だとかで」
総理意向の弊害である。
今、短期滞在の候補生を出した国に、水質や海洋生物の研究者がいないわけではないが、宇宙飛行士としては送り出していない。
彼女は、研究者が来ない巨大水槽で、白砂と真水とエアポンプから送られる酸素と浄水装置が動き続ける光景を眺めている。
(熱帯魚とは言わないまでも、金魚やメダカくらいいれば良かったけどね)
彼女はそう思う。
しかしそんな可愛い生き物はなく、二枚貝を使う水質浄化実験水槽の脇には、実験計画マスコットキャラクター「ホタテ○ン」のフィギュアが置かれているだけだった。
(どこで見つけたのか、微妙に大きくてリアルなんだよね、あのホ○テマン)
川名飛行士、これには結構不満であった。




