2月後半は平穏無事であった
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「2月って、他に何か行事ありました?」
ちょっと行事疲れがした。
「節分終わって、バレンタインデー終わったから、あとは天皇誕生日?」
「針供養とか、馴染みが無い行事もありましたが……」
「とりあえず挙げてみるか……」
・節分(2月2日)
・針供養(2月8日)
・建国記念の日(2月11日)
・バレンタインデー(2月14日)
・猫の日(2月22日)
・天皇誕生日(2月23日)
「……23日、まさか通信があるとか??」
「……私も何があるか不安になった。
問い合わせてみる」
「お願いします船長。
……これ以上何も無ければ良いのですが」
船長が地上に問い合わせたところ
「OK! 23日は何も無いそうです!」
「でも、この前みたいに一週間前に急に決まったりというのもありますよね」
引き続き地上に問い合わせる。
「総理が何を考えようが、やんごとなき方の予定の方を変えられないそうです」
これにて2月後半は特に何もなく過ごせる事が分かった。
宇宙ステーションは気温管理されている。
農場ノジュールも水耕モジュールも野菜の生育に適した気温に、プラントが置かれているケース毎コンピュータ制御されている。
種の時期は初春の気温、生育期は温暖になり、収穫期は気温を下げる。
湿度も同様に管理されていて、四季というものが無い。
生活感を持たせる為、行事を取り入れてはいるが、ステーション内の気温を季節に合わせて上げ下げはしていない。
四季の行事と言われても、今一つピンと来ないところがある。
「雪、とは言わないが、外が寒くないと冬って感じがしない」
「日が短くなって、午後4時頃に暗くなったら冬って感じだけど、
宇宙ステーションでは90分に一度日の出だからねえ」
「初日の出も、どの日の出がそうだったんだろ?」
「そういや、そろそろゼミの連中、論文の提出時期でしたね。
周りで焦っている連中がいないと、何かその時期だっていう気分にならないですね」
人間には、環境の変化も生活上必要なものなようだ。
「というわけで、ちょっと室温下げてみません?」
冬という環境を再現してみることにした。
宇宙空間は冷え切っている。
空気が無いから保温機能が無い。
だからエアコンを切れば室温が下がるのか?
そうではない。
宇宙ステーション内に空気があり、密閉されていて、そこに人間という熱源があれば、容積次第では逆に熱が籠ってしまう。
さらに太陽に当たると、空気がない故にダイレクトに熱を浴びる。
空気によって熱が途中で吸収されたり、対流によって上に逃れたり、空気中の微粒子によって拡散される地表では、赤道や砂漠で50℃程になるが、それらが一切無い月の昼の面では地表温度は110℃にまで上がる。
故に宇宙機は、凍り付かない処理と、放熱処理の両方が必要となる。
宇宙ステーション輸送機「こうのとり」も、太陽電池を機体周囲に張り巡らせた仕様だった為、熱が籠る欠点があった。
次世代のHTV-Xで太陽電池がパドル型に変わったのは、放熱対策の為でもある。
ゆえに宇宙ステーションの室温を下げるには、エアコンを切るのではなく、逆に高出力にして冷やしてやる事になる。
計算したら、現状の「こうのす」の発電量なら大丈夫という事で、室温を10℃にまで下げてみた。
「…………なんか冬っていうより、エアコン効き過ぎにしか感じませんね」
「……うん、むしろ夏だ。
夏場に暑いからって、エアコンの設定温度下げまくって失敗した感じだ」
「人工の冷風だとやはり何かが違う。
サーバルームとかエアコン効きまくって寒いくらいだが、そこに居る感じだ」
「意味無いから元に戻そう。
風邪ひく」
彼等は冬を感じたいのであり、冷蔵庫に入りたい訳ではなかった。
そうして、ふと思い出す。
「軟式拡張与圧室、今は倉庫に使ってる場所。
あそこの温度調整止めたらどうですかね」
「ああ、あそこは普段人が立ち入らないし、保温兼空気循環用のパイプを外せば、凄く冷えるね。
まあ太陽も当たるから、絶対零度とかにはならないけど」
というわけで、しばらく拡張与圧室への温度供給を止めてみた。
しばし時間は過ぎる。
「与圧室の気温、14℃まで下がりました」
「こちらの室温が22℃だから、時間からしてこんなものか。
もう少し下げる?」
「単なるお遊びだから、そこまでしなくていいです」
冬を実感したい者が、普通の船内着で冷えた拡張与圧室に入る。
「この全体的に冷え切った感じが、なんとなく冬っぽい」
「やっぱり、もう少し冷やした方が良かったかな」
任務もあるので入り浸ってもいられず、出たり入ったりする。
また時間を置いて入ってみた。
「ちょっと寒くなりましたね」
「今、地球の夜の面に居るからね」
「気温は……9℃ですか。
ちょっと長袖に着替えて来ます」
「うん、シャツだけだと寒過ぎる」
この日は寒いというのを久々に肌で味わった。
そしてその直後、いつもよりも高い温度で、時々しか使わない湯を張る「宇宙湯舟」の使用が相次いだ。
「やっぱ、寒い冬には熱い湯に漬かりたい」
「湯に漬かるには、身体が冷えてないとねえ。
普段、快適過ぎたからシャワーとか、蒸しタオルで体拭くだけで良かったんだ」
「汗もかかないし、冷えもしない。
湯に漬かりたかったのは、労働がきつかった時くらいでしたねえ」
「やっぱ季節があっての風呂ですな」
大学院生もいる若いグループなのだが、一回寒い→熱い風呂の快感を思い出した為、一様にこのような感想を漏らした。
「地球に帰ったら、温泉行きたいなあ……」




