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針供養転じて

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

2月8日は針供養である。

本来宇宙飛行士には関係無いイベントである。

節分の豆まきすら、上空350kmの世界では関係無い。

関係無いのだが、それでも「宇宙で豆をまく」という画が欲しかった人がいた。

わざわざ面をかぶり、紙で臨時に作った裃を船内着の上に着けて豆を撒いた。

その画は、民放では使われず、一応国営のとこで全国放送で1分程使われて終わる。

「あれ?」

と発案者は首を傾げるが、この人、時々盛大な空振り三振をする。

期待外れの民間の反応だったようだが

「いや、当然だと思う。

 需要あると思ってたんですかね」

と飛行士も地上スタッフも思っているが、発案者との連絡役である秋山だけは

「いいアイディアだと思ったんですが、何が悪いんですかねえ?」

と延々と愚痴を言われているという。


「で、今回は針供養ですか?

 このイベントは地上スタッフすら言って来てないですよね?」

ミッションスペシャリストたちは言う。

基本、余計なイベントは好きではないのだ。

だが、この行事を言い出したのは料理を担当する石田船務長だった。


「別に何もする事ありませんよ。

 私が準備して、皆さんは食べれば良いだけです」

周囲が首を傾げる。

針供養と「食べる」が結びつかなかったのだ。


「針供養って何するか知ってます?」

「その前に針供養って何ですか?

 名前くらいは聞いた事ありますけど、見た事ないので」


針供養とは、折れ、曲がり、錆びなどによって、使えなくなった縫い針を供養する行事である。

裁縫をして衣服を調整する家庭が激減した昨今、馴染みは全くない「名ばかり」行事と化した。

供養の方法としては、神社に納めるものと、豆腐や蒟蒻のように柔らかいものに刺すものがある。


「あ、何となく分かりました。

 豆腐食うんですね」

宇宙食にも豆腐が、無い訳では無い。

乾燥豆腐が真空パックの食品の中に入っている為、湯で戻すとそれっぽいのは食べられる。

だが、石田さんはそういうのではなく、収穫された大豆や持ち込んだ乾燥大豆から作る本格的なものとなると言う。

豆乳、おから、湯葉も残した上で豆腐をその場で作るそうだ。

気分が高揚する一同。


「でも、無重力かつ精密機械の中で、柔らかい豆腐はちょっと難しくないですかね?」

そういう不安の声が上がる。

ある意味、豆腐は液体に近い。

グチャっと潰れてしまうと、中々掃除が面倒ではある。

「まあそこは、私のセンスを信じて下さい」

自信を持って話す石田船務長に、一同は全てを委ねた。



一応、行事は「針供養」である。

針を供養してやらねばならない。

素材の問題で、宇宙に縫い針は持ち込まれていない。

宇宙服系は破れたら粘着テープで貼れば良いし、船内着とかは予備が大量にある為、穴が開いたら繕うよりも捨てて良い。

それに、小さく鋭く磁気に引き寄せられる縫い針は、何かの拍子に船内で浮いて漂い、乗員を傷つける危険性がある。

だから持ち込んでいない。

しかし、針とは縫い針だけではない。

検診針(テスター)や薬品を注入するシリンダー用の針もある。

これらは、管理を厳重にして、宇宙ステーション内で使用されている。

とりあえず、こういう針を豆腐に差して供養する。

船長がまた裃を着け、紙垂(しで)を付けた祓串(はらえぐし)を振るう。


「一応聞いておくけど、宗教的に神式は駄目って人いる?」


居なかった。

本当は居たのかもしれないが、全く関心が無いから自分が該当するかも知らないようだ。

フェーズ3で短気滞在メンバーにイスラム教徒が増えると、こういうのはハラスメントになりかねない。

フェーズ2だけのお遊びとも言える。


そして夕食。

予告通りの豆腐料理尽くし。

パックに入れられ、ストローで飲む搾りたての豆乳。

味付けされ、しっとりと固まっているおから(卯の花)。

そして

「予想はついたけど、やはり固い豆腐にしたか」

という固い豆腐料理。


水分を減らし、更に干して固くした豆腐を、細切りにして麺状にする。

これをさっとスープで炊き合わせた中華料理「豆腐干絲」。


沖縄の島豆腐のように固く、重く作った豆腐と、ステーション産の青菜、そして輸送物資のハムを炒めた「豆腐チャンプルー風」。


水気を完全に切った豆腐を、鉄板で両面から焼く。

焦げ目がついたら、ソースを絡める。

豆腐ステーキである。


あとは生揚げ(厚揚げ)を醤油味で煮込んで、串刺しにしたおでん風。


汁気はあるが、十分に馴染ませているか、とろみを使って飛散しないようにしている。

「いやあ、豆腐だけでこれくらい作れるんですねえ」

一同感心する。

豆腐百珍、続豆腐百珍という料理本が江戸時代に出版されているくらいだから、色々と応用が利くのは確かだ。

だが今回の料理は、ステーションで発酵させた醤油や、水耕モジュールで栽培した葉野菜もふんだんに使用している為、より「宇宙ステーション内地産地消」が進んだ形になる。

豚肉と牛肉は難しいが、卵と鶏肉は今後宇宙ステーションで生産出来るようになるかもしれない。

まあ、完全無菌を維持し(宇宙生卵が決してサルモネラ菌汚染されないよう)、運動も出来ない、無重力だとカルシウム流出が激しいから、健康な鶏を飼い続けられるかは疑問だが。


(残るは塩かな)

井之頭副船長は考える。

塩の再生産が宇宙でも出来れば、より完全になるだろう。

そして作り方も分かっている。

廃水を再利用し、化学的に塩分を抽出すれば良い。

人間の排泄物には大体塩分が含まれているものだし……。


そこまで考えて、井之頭副船長は口を噤む事にした。

とりあえず、食事している時には口にするまい。

水分の再利用が「そういうものだ」と分かって利用しているが、だからと言って飯し時に聞いて気分が良い話かどうかは別物である。

そういえば、似たようなシステムで食糧を生産する宇宙戦艦のアニメで、技師長が言っていた。

「知らない方が幸せだと思うよ」と。

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― 新着の感想 ―
[一言] >塩の再利用 「いいえ。私は遠慮しておきます。」 よりは、マシじゃないでしょうか
[一言] そういえば、生物系の学科に行った兄が干潟のフィールドワークに参加した時、教授が「この干潟には上流から流れてくる栄養に富んだ土砂が...」みたいな話をしてて、自由時間(か個別行動の時かな)に「…
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