イレギュラー要素多過ぎたけど訓練は始められた
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
アメリカにおける最高齢宇宙飛行士は、マーキュリー計画の頃の宇宙飛行士だった。
その人が数十年ぶりに宇宙に行っただけである。
訓練は、一応再度行ったが、基本的な事は既に一回終えている。
しかも現在よりも厳しいものを。
初期の打ち上げロケットは、大陸間弾道ミサイルを改造したもので、加速度が凄まじい。
宇宙ロケットとミサイルの違いは、この加速度だと言って良い。
軍人の蛮用に耐える、起爆さえしなければ高初速で敵地まで飛んでいけば良いのがミサイルである。
精密機械やデリケートな人間を乗せている為、安全なコースを時間をかけて上がっていくのが宇宙ロケットだ。
だから、ミサイルを打ち上げロケットにしていた時代は、中の人が「軍人の蛮用に耐える」よう鍛えられている必要があった。
6~7Gという加速度に耐えなければならなかった。
その時代の飛行士にしたら、スペースシャトルは「キャデラック同様」である。
今回日本で立候補した退官教授は、そういう訓練はしていない。
ずっと研究一筋でやって来た。
農学系だから、農地に出たり農作業をしたりはするが、生産目的ではないから重労働とまでは言えない。
老齢になっても体は動かしていたというが、元々空軍の軍人から転じた初期の宇宙飛行士とは比較にならない。
だが、この老齢ミッションスペシャリストの訓練について、アメリカは興味を持つ。
宇宙をエリートのものではなく、一般のものにしたい。
アメリカでも教師や実業家など、一般人を宇宙に送っている。
だが、あえて老人や病人を打ち上げたりはしていない。
宇宙行は順番待ちで、金持ち老人でも、正規の研究者を押しのけて宇宙に行くのは難しかった。
今までは。
民間宇宙企業が出来て、より高性能で居住性の良い宇宙船が出来ている以上、民間の方は「金さえあれば優先」となる。
そうである以上、ド素人を宇宙に上げるマニュアル作りを他国が先に実験的にするなら、そのマニュアルや実際に行ってみてのデータは欲しい。
日本の中6週で2機有人ロケットというのは、冷戦期、アメリカとソ連が予算度外視で「ミサイルの代理としての宇宙ロケットで技術を見せつける」事をしていた時期でなければ、あまりやりたい事ではない。
だが、有意義な情報が得られるなら、多少の無茶は聞いて、手伝うだけの価値はある。
「事故を起こした機体からの脱出訓練は絶対に欠かせないから、パラシュート降下は行う」
「無重力を体感するだけの、飛行機自由落下訓練は省略しましょう」
「最大2週間だし、閉鎖環境でのコミュニケーション能力を計る訓練は、
最低限我がままじゃないか、閉所恐怖症じゃないかの確認に留めますか」
この閉鎖環境での生活実験は、2~10人程度の固定された人員が、半年以上生活する場合を想定して行われる。
宇宙開発だけでなく、山岳や極地でも有り得る。
逃げ場のない状況で、毎日同じ人間と顔を突き合わせる時、協調性が無いと誰しもが困るのだ。
13人もの人間がいて、二週間で帰還であれば、多少程度の協調性の無い者にも我慢させれば良いだけだ。
それでもダメなら、流石に落選とする。
健康に関しても、二週間はそこそこの期間である。
これより短い場合期間、例えば3日未満ならば、無重力適正が低いと宇宙酔いで全日程を終えてしまう。
一月以上なら、先に述べた閉鎖環境の適応性を見ていないものだとストレスを貯めてしまう。
さらに二ヶ月以上になると、骨中のカルシウム減少が問題となる。
老人だと特に、骨粗しょう症は致命的だろう。
(地上に戻り、そこで骨折したら、以降の人生寝たきりになりかねない)
というわけで、短期間滞在用の訓練メニュー、滞在時の負荷トレーニングメニュー、イスラム圏の人間もいる為、食材の選択やサプリメントを考える。
「よくまとめましたね、グッジョブ!」
アメリカ人が資料を見ながら賞賛した。
NASA職員も自分たちの情報と照らし合わせて「致命的な問題は無い」とした。
ただ降下訓練については二、三、修正を加える。
この辺は経験値の差であろう。
一方、大先生以外の農業系研究者が一人確保出来た。
「残り1人はフェーズ3の後半に回しましょう」
「場合によっては前半で成果を出し、後半は追加不要になるかもしれませんね」
「だとしたら、3月は外して4月からにしましょう」
「4月も忙しいし、急に言われたら結局同じ事になるので、
今回断られた人も含めて4月ならどうかと、今から打診しましょう」
「また飛び入りで凄い人が来たりして」
「フラグ立てないように……」
そして訓練が始まる。
訓練機は、例の「宇宙ホテル」の前身たる宿泊モジュールはまだ接続されていない。
ベッドは現在使用されている「良く言って日焼けサロン、悪く言えば棺桶」であった。
だが、誰も文句は言わない。
「寝袋か毛布一枚だと思った」
「もっと雑然した機械の塊の中に寝せられるかと思った」
「へえ、湯舟まであるんですね、風呂なんて入らないけど」
(入って!という日本人の心の声)
最大限に気を使った訓練プログラムと住環境の向上。
訓練を受ける側は大して気にしていなく、むしろ
「もっと潜水艦とか塹壕とかに近いものだと思った」(兵役経験者談)
と過酷なのを覚悟していた。
一見アンマッチで、過保護にし過ぎたかもしれない。
だが、これが後に生きる事になる。




