訓練飛行を終えて地上に戻ろう
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ジェミニ改での訓練と、「こうのす」滞在では手続き的に差がある。
「こうのす」への滞在及び帰還は、生物汚染を考慮して隔離期間が長い。
訓練飛行のみのジェミニ改は、他と接触する事も無い為、24時間の監視期間で終わる事が出来る。
技術者でなく、組織管理職であるハミッド氏のような人には、「こうのす」滞在は拘束期間が長い割に、やるべき実験も無く、研究職の枠を一つ潰してしまう為にデメリットが多い。
そんな訳でジェミニ改での忙しくも楽しい宇宙生活も終わろうとしていた。
「衛星放出と本国との通信が残ってますけど、大丈夫ですか?」
訓練で気を張っていた期間が終わり、リラックス出来たと思っていたが、終盤に入ってハミッド氏は具合が悪くなって来た。
宇宙酔いとは違うようだ。
宇宙酔いの兆候は出ていたが、前半の多忙な時期に気合で克服していた。
後半になり、スケジュールを無難に消費して予備日が来た辺りで調子を崩す。
「気を張り過ぎていて、胃の調子を崩したっぽいですね」
地上スタッフが、飛行士の身体に貼り付けられているパッドから送信されたデータを見て、そう判断する。
食事の記録を見ても、一定時間にきちんと食事をしているが、食事量は少ない。
吐き戻しが無かっただけで、早い時期から胃が不調だったのだろう。
気が抜けた頃に自覚症状が出た、というべきか。
「地上に戻ったら何か食べたい物有りますか?」
「豚骨ラーメン……」
「自重しましょう」
宗教的な禁忌以外で、油分が多い食事は控えた方が良かろう。
宗教的に不真面目な部分はあるが、科学的、職務的な事には真面目に取り組む。
マレーシアの大学や高等工業専門学校で作成した30センチ大の超小型衛星放出実況を行う。
超小型衛星の寿命は1ヶ月程。
電池がそれくらいで切れ、あとは大気圏に再突入して使命を終える。
こんな短期間で有意義な観測や実験は出来ない。
だが、宇宙で動作する機械を製作する、地上と軌道上でデータ通信が出来る、それを試す機会が得られるというのが重要な事だ。
H2Aロケットから受け付けているバラスト代わりの衛星(打ち上げ能力に比五して衛星が軽いと振動で故障する可能性がある為、重りを乗せるが、だったら小型衛星乗せようとなった)も、応募殺到で順番待ちであり、大学や高専が試せる機会は今でも貴重なのだ。
今回4機もの衛星が投下(ジェミニや「こうのす」より低い軌道を回る)され、4校が貴重な宇宙実験の機会を得られる。
例え投下直後に故障しても、失敗を追求すれば立派な経験となるのだ。
その後は衛星を作った大学、高専や放送局との通話。
「こうのす」だとスタジオ的なスペースと高解像度のカメラ、そして映像編集(テロップも入れられるし、別カメラの映像を挿入したり、ワイプに出来る)も可能だが、簡易滞在機であるHTV-Xだと持ち込みのPCの能力以上の事は出来ない。
本格的な宇宙ステーションと違い、通信回線も放送用に割り当てられる容量も小さい。
(初代「こうのとり改」がこんな感じだったなぁ)
と三回目の飛行となる船長は、僅か1年前の宇宙環境を懐かしく思う。
幾ら「対米貿易黒字を減らす為」の有人飛行計画とはいえ、アポロ計画やスペースシャトル計画のような莫大な予算は使えない。
「こうのとり改」にせよ「こうのす」とドッキングモジュールにせよ、基本的には既製品の使い回しである。
それでも、その与圧モジュール開発、ロケット、人件費で予算のほとんどは費やされる。
通信設備や宇宙食、研究ラック等は新規開発ではなく、民需品でそのまま使える。
(遠心分離コーヒー淹れ等は大して予算を使っていない)
この辺はアメリカ宇宙開発の予算とは違う。
アメリカの宇宙開発予算は莫大だが、それには基礎的なものの開発費まで含まれている。
例えば、よくアポロ計画時のコンピュータの性能は某ゲーム機並みだったとよく言われるが、それでもその当時としては最高スペックであり、そのシステムを一から開発したから予算は大きい。
宇宙食のレトルトパウチにしても、一から開発すると多数の試作品から最適のものを選び、耐久性や保存性、栄養価などを満足させ実用までには資金と時間がかかる。
この辺、ゲーム機レベルでワークステーション級の性能があり、宇宙食レベルの滅菌処理がしてあるレトルト食品が市販されていて、見本がある後進の日本の宇宙開発は、慣れさえすれば効率良く進める事が出来るのだ。
まあ、日本が全てにおいて最高な事もなく、PCはアメリカ製を使ったりするが、これも今や民間レベルで宇宙で使用出来るレベルにある。
マレーシアに限らず、東南アジア諸国もアラブ諸国も、目指すところはそこだろうな、と思う。
現在の日本式の宇宙開発では、安く現状の最高に辿り着けるが、それ以上を目指すには心元ない。
アメリカ式だと、現状を超えて新しいものを作る事が出来る。
その為のアドバルーンとして「月を目指す」「火星を目指す」となるのだろう。
目標は高めに設定する。
純粋な宇宙開発、青少年の意欲を高めるという意義もある。
だが国としては工業や科学技術を一段階上げたいという思いがあるのだろう。
(日本の実現可能なところに目標を設定する方式も、一長一短ありで否定は出来ない)
未来を担う若者たちと、市販品を使ってのコミュニケーションを終えると、ハミッド氏の公式スケジュールは終わる。
地球に無事に帰ろうではないか。




