英語でまくし立てる迫力あるが、それは白人や黒人だから効果があるので、日本人が日本人相手にやったら生意気と言われるとか
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
議員先生たちが訪米して来た。
着いた翌日、早速着水した帰還モジュールをアメリカ海軍の軍艦が回収に行く。
「アメリカの軍艦になんか乗れるものか!」
と野党の先生たちは拒否をした。
与党の先生たちの中でも、「軍艦はちょっと……」という人が出て、結局1人、うるさ型の先日丸め込んだ先生だけが嬉々として軍艦に乗り込んでいった。
回収任務な筈なんだが、何だか兵器について質問しまくってるのが分かる。
その日の夕方、着水想定海域の範囲内でカプセルを回収。
ヘリコプターで拾って来て、甲板に丁重に置く。
これから検査に回すから、乱暴には扱えないとの事で、指示が徹底している。
というか「慣れてるから」だそうだ。
小野はその先生の補佐的な存在で軍艦に乗り込んでいた。
流石に回収時は、兵器の話はやめて、細かい事を聞いている。
翌日の昼になって港に帰って来た。
与党の先生たちが待っている。
「どうでした?」
「ああ、中々凄いよ」
……どうでした?って聞くくらいなら着いて来れば良かったのに!
現場まで来て、あと一歩踏み出して最前線まで行くか、そこでホテルに泊まって他人から情報聞くか、で「情報通」と言われるかどうかが変わるみたいねえ。
「あれ? 他の先生方は?」
野党の人たちがいない。
「ああ、あの人たちはアメリカの政治家と話をしに行ったよ」
宇宙関係の視察をしに来たんですよね?
それをしないで、アメリカの政治家と話って、あの人たち、何の為に来たんだろ?
小野がいよいよ野党の先生たちが何をしに来たのか分からなくなったのは、その夜の事だった。
夜も更け、23時になろうとしている時に電話が鳴る。
「宿泊してるホテルまですぐに来るように!」
そう言うだけ言うと電話は切れた。
何事かあったかと、急いで出向く。
先生たち3人、椅子に座って手招きしている。
「あのさあ、君、昨日軍艦に乗ってあの人に着いて行ったよね?」
「はい、そうですが」
「何か見なかった?」
「カプセル回収用のヘリには乗っていませんが」
「いや、そうじゃなくてさ、例えばセクハラしてたとか」
「軍艦は男ばかりでしたが……」
「君も分からん奴だな!
何かおかしな事してないか、見ていたら教えろと言ってるの!」
要は、自称事情通の先生のスキャンダルは無かったか、教えろと言っているのだ。
「有りませんでした」
「隠すと為にならないよ」
「無理です、あんな場所で変な事なんか出来っこありません」
「じゃあ、君自身はどう?
何か貰ったりした?」
「いいえ?」
「本当に??」
「本当です」
「隠すと為にならないよ」
「だったら鞄でも自分の部屋でも調べたらどうですか?
何もありませんよ」
「君ねえ、そう喧嘩腰になられちゃ困るよ。
こっちはそういうつもりじゃないんだから」
……このような不毛なやり取りで、午前1時まで帰して貰えなかった。
(本当に、何しに来たんだ!!!!)
小野は最近、スラングを良く覚えたのと、海に向かって叫ぶ回数が増えたなあ、と自覚している。
自覚しているが、
(やってられんわ!)
という事で、分かっちゃいるけどやめられない。
翌日、専用機に載せられてカプセルはフロリダ州の宇宙センターに移動する。
先生たちも飛行機に乗って移動する。
野党の先生たちが
「僕はね、大学時代に留学してるから、この空港の感じが懐かしくてね」
「僕は官僚時代によくアメリカに来てましたよ」
とかと過去の自慢話をしている。
そういやこの人たち、全員東大出だった。
(……もしかして、官僚時代とかに自分みたいに無茶ブリされて、与党が嫌になって野党の方に行ったのかな?)
と小野は思ったが、そうかどうかは分からない。
一方の与党の先生たちは、お上りさんそのもの。
空港であっちで写真パシャッ、こっちで免税店で購入。
「ここはSNS大丈夫だったかな?」
「支持者に報告しておかないとね」
えーーっと、こちらも何をしに来たんでしたか?
(俺はいつから面倒臭い客を扱うツアコンに就職したんだったか?)
と小野が痛む胃に問いかけながらも、何とか目的地に到着した。
「ヘイ、オーノ! 元気かい?」
「良かねえな」
「どうした、ブラザー。
ハッピーに行こうぜ」
「そうだな、視察に来た連中に帰って貰ったら、一杯飲もうか」
小野はかなり人付き合いが苦手で、一人で籠りきって何かせずにボーっとしている事が好きな、「能力はあるが、それを使う時間以外はダメ人間」の類だったのだが、色々と我がままだったり勝手だったり面倒臭いのを押し付けられたりしている内に、次第に枠を超えて、整備員や清掃員から上級研究職まで、酒を飲んだり、ビリヤードを付き合ったり、ダーツをするようになって来た。
流石にホームパーティとかBBQとか食事にお呼ばれとかは、まだ乗り越えていないが。
「視察って、君の上司かい?」
「いや、政治家さ」
「ああ、成る程、じゃあ任せておけ。
ちょっと復讐しておいてやるよ」
普段はフレンドリーな施設の連中が、今日はやけに厳しくなった。
「その除菌服を着て下さい!
早急に!
分単位で行動して貰うので、着いて来て下さい。
フォローミー!」
これは女史と呼んでる広報さんだ。
普段は「オー、ウェルカーム!」とか愛想が良い。
「いいかい?
ネジ一本の事だが、これが折れるとそこにグラつきが出る。
その隙間に水でも入り込んだら大変な事だ。
理解?
だから我々は全てのネジを検査し、予め心配が無いようにしておく。
それが人を乗せる宇宙船のリスク管理だ。
理解?
こういう機械は目に見えない部分から壊れていく。
見えない部分だからこそ、マニュアル化する、手順を飛ばさないようにする、全部行う。
理解?」
この「理解?」を繰り返す検査担当を、小野は普段はおやっさん呼ばわりしている。
基本無口で、仕事中は極めて気難しい、ちょい中年太りで口ひげの生えた白人親父だが、
仕事が終われば気の良いフレンドリーな人だ。
あえて「理解?」で議員先生たちに圧力をかけている。
「理解?」と強い口調で言われると、反射的に「イエス」と言ってしまうようだ。
「視察ご苦労様。
私どものきっちりした仕事を理解していただけただろうか?
この仕事はパーツにして十数万パーツを一個一個やっていくと、早くて数ヶ月だ。
スペースシャトルのミッションの時は(中略)。
大体航空運輸ミッションでは安全調査委員会の(中略)。
これを君たちだけの事でなく、アメリカでの動いている計画と並行し(中略)。
それでも大統領のたっての願いで(後略)」
長々、ウンザリするような説教、もとい説明をしたのは、センター長だ。
映画俳優じゃないか?ってくらいの美形インテリ黒人で、ヒョロっとして背が高い。
「私の英語は南部訛りさ、HAHAHA!」
と言っているが、なんだい、ハーバード訛りも出来るんじゃないですか!
留学経験あると言っていた先生も、官僚時代訪米はしょっちゅうだった先生も、インテリ口調は苦手なようだ。
(後で聞いたら、わざと難しい言い回しにしたそうだ)
視察を終え、先生方は
「よく分かったとは言えないが、大変なんだなって思った。
まあ、頑張ってくれ給え。
しかし、ああも大きい人たちにまくし立てられると、こっちは緊張するなあ」
「専門外だから、どうも嵩に懸かって喋って来た感があるが、どうもああいう言い回しされると苦手だ」
そう言ってた先生は、だから官僚としては出世出来ず、政治家に転じた模様。
小野が後に大学同期だった現役バリバリのキャリア官僚と話をした時
「アメリカさんは、ああいうテクニックを使うよ。
こっちの英語コンプレックスにつけ込んで、『イエス』しか言えないように圧をかける。
でも、それに負けるような人は交渉から外されるよ。
そして、事務ばかりになって、つまらないのか辞めていく。
世界各国、色んな駆け引きやって来るよ」
なんて言った模様。
小野はマニュアル翻訳とかノウハウマスターを「俺にさせる仕事じゃないだろ」と思っていた時期があった。
だが、今はこう思う。
(政治家の口出し撃退マニュアルをまとめておきたいものだ)




