第一次長期隊から2人帰還
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
北川船長は、久しぶりにジェミニ改のコクピットに座った。
3ヶ月滞在していた第一次長期隊はこれから半分ずつ地球に帰還する。
その為、3ヶ月ぶりにシステムを起動させていた。
バッテリーが上がらないように、宇宙ステーションから必要な分だけは電力供給されていたが、使用しない内はほとんどの機器は停止させていた。
システムは起動時に電力を食い、一旦安定状態に入ると電力消費は低調となる。
それなので、まだ宇宙ステーションに接続している内にシステムを起動させておいて、1日程アイドリング状態にしておく。
今回帰還するのは鈴木飛行士と山崎飛行士の2人のミッションスペシャリストである。
ミッションスペシャリストだけで専任の飛行士がいない。
そこで、非常時はともかく問題が発生しない内は、ジェミニ改の自動操縦と地上からの誘導で帰還させる。
専任の飛行士が居ないのは一つの賭けでもある。
アメリカの新型有人宇宙船も、専任の宇宙飛行士が居なくても自動操縦でISSまで行く事が出来る。
自動操縦の有人宇宙船もまた一つの目標であり、将来の大量輸送の為には今の内にデータを集めておきたい。
「まあ、僕たち自身も実験台なんですよね」
という山崎飛行士に
「そうだよ。
我々は貴重なモルモットなんだから、帰還に失敗しても記録として残るし、
心置きなく死んでね」
と無慈悲な発言をする北川船長であった。
7人での最後の晩は御馳走だった。
プログレス輸送機で運ばれて来たシャンパンが振舞われる。
「シャンパンはやっぱりグラスで飲みたいですよね。
チュー〇゜ットというか、パ〇゜コのでかい奴で飲むのも雰囲気無いですよね」
「贅沢言いなさんな。
飲みたければ地球で飲めばいい。
もう無重力の制限は無くなるんだからさ」
「それも寂しいっすね。
貴重な経験ですから」
無駄口の中、料理が運ばれて来る。
・野菜のキッシュ
・カモ肉のローストでオレンジソースのジェルと香草を巻いたもの
・ホタテのマリネ、ヴィネガージェル添え
・カマンベールチーズのロースト
以上が前菜である。
「本格的なコースですか?」
「ウイ。
今日は私の本気を出します。
まあ、無重力の制限付きですが」
リヨンの2つ星シェフの本気である。
スープ、というか煮込み料理は食べながら汁気を感じられるものであった。
サラダは温野菜のガーリックマヨネーズで、やはり無重力でも食材に絡みやすいソースを使っていた。
同じく仔羊のロースト、マスタードソースも飛び散らない工夫の産物である。
デザートはタルトタタン。
「デザートにコーヒーまでつきましたね。
いやあ、堪能しました。
いい思い出になりました」
「帰還後、海外旅行行けるようになったら、シェフの店? ホテル行ってまた食べたいですよ」
「メルシー。
でも、お高いですヨー」
和気藹藹とした夕食となった。
その晩、当直の井之頭副船長は、何度も起きて来る鈴木飛行士、山崎飛行士の姿を見る。
眠れないのだろう。
宇宙最後の夜、名残惜しいようだ。
コア1の窓の所に代わる代わる来て、スマホで写真を撮ったり、何もせずじーっと地球を見ていたりしていた。
「外、出ちゃダメですよね?」
流石にこの時間は許可しなかった。
翌日、帰還当日。
井之頭副船長から深夜の話を聞いた北川船長は、帰還する2人に告げた。
「帰還の荷物は全部ジェミニに積み込んでいるし、ジェミニ切り離しは14時、30分前には移乗してハッチを閉鎖するから、13時半までは自由時間になる。
ただ、食後だと具合悪くなる可能性が高い。
12時から1時間昼食時間だから、それまでに戻って来るなら、宇宙遊泳して良いよ」
2人は頭を下げ、急いで船外着に着替える。
そして宇宙塵防御ネットの内側に限るが、船外に出て行った。
「彼等、何してる?」
「ただ浮かんでるだけですね」
2人とも、宇宙空間で何をするでもなく、ただただ浮いている。
研究目的で宇宙に来て、本人たちもデータサンプリングの対象であり、キャッチボール一つでも公費と観察・記録が意識として付いて来た。
帰還直前の今、彼らは初めて宇宙に何も背負わずに居られたのかもしれない。
活動限界時間ギリギリまで、彼等は宇宙を堪能していた。
いよいよ帰還の時。
ジェミニ改に移乗する前、宇宙ステーションに残る5人全員と握手を交わす。
ジェミニに移乗し、コクピットに座りシートベルトを締める。
ジェミニ側のハッチが閉められているのを確認し、宇宙ステーション側のハッチも閉鎖し、ロックする。
その状態でしばらくモニタごしに、宇宙ステーション、地上、ジェミニで通話。
その間に酸素濃度や二酸化炭素濃度の変化を調べ、ジェミニの生命維持機能が生きている事を確認。
全て問題無しとなり、時間が来るのを待つ。
14時、ジェミニ改は宇宙ステーション「こうのす」から離脱する。
次第に遠ざかる両機。
ジェミニ改は自動で姿勢を変え、徐々に低軌道に移る。
そして大気圏再突入。
この時ばかりは、地上も宇宙ステーションに残った北川船長も緊張する。
4分後、パラシュートが開いたという信号を捕らえたと地上から宇宙ステーションに連絡が入る。
ジェミニ改からも雑音少なく、無事を知らせる音声通話がされて、宇宙ステーション内では拍手が起こった。
こうして2人のミッションスペシャリストは、冬晴れの日本近海に着水、無事回収された。
彼等の宇宙生活は終わりを告げた。




