何でもない日の滞在日誌(ベルティエ料理長目線)
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
彼の少年時代、いや児童の頃は宇宙飛行士になりたかった。
十代の半ばからは料理の道を志し、ひたすらその道で努力して来た。
小さなビストロから始め、ホテルのレストラン、客船の食堂、やがて星付きレストランと経歴を重ねて来た。
パリから離れ、マルセイユでも働いた。
この時に魚介料理を得意としたのが、後に活きる。
リヨンのレストランで副料理長になっていた時に、フランス航空宇宙局CNESが宇宙料理人を募集している事を知る。
何だそりゃ?と思いながら問い合わせると、日本とフランスとで宇宙での地産地消、宇宙ステーションで採れた作物で料理を作る、という計画がある事を知る。
幼少時の宇宙への憧れが甦り、すぐに応募する。
意外にも同じように、現在の座を擲って志願した者が多かった。
「君もゴルドラックを見た世代だろ!」
と言われたが、ベルティエは日本製アニメは見たけどそれで宇宙飛行士になりたいと思った訳ではないので苦笑いで返した。
疫病で辞退者が出たりして、ベルティエは日本に行った。
訓練期間中に日本人の好みを知り、魚介料理や野菜煮込み料理が気に入られる。
そして宇宙に来た。
厨房モジュール「ビストロ・エール」はフランスが作っただけあり、欲しい機能が大体揃っている。
レストランやホテルの厨房のようには広くないが、彼は船での料理経験もあり、それが活きる。
遠心装置を使ったコーヒーメーカーやノンオイルフライヤー等、各種電気調理器具は日本が作ったが、配置や数等はレストランの設計の心得が有ればこそのもので、フランス人のセンスである。
大きめなストーブや小麦粉を捏ねるスペースはフランス料理をする上で使い勝手が良い。
バゲットは自分でも作るし、持ち込んだものもある。
修行時代にパン焼き担当だった為、それも得意なのだ。
もっとも、宇宙ステーションの組み立てをしていた宇宙飛行士たちも小麦粉エリアは有り難かったようで、使いまくった形跡がそこかしこにある。
拉麺や饂飩を打ったそうだが、
「腰が無かった」
と嘆いていた。
(腰って、そんなに重要かね?)
と、日本人とイタリア人が異常な迄に拘る歯応えに余り理解は出来ない。
喉越しについては、フランス料理界でも新たな味覚として研究されている。
フランス料理は日本食の影響を受けている。
甘い・塩辛い・酸っぱい・苦い・辛いの他、第六の味で旨味を研究し、栄養素として第六の要素・食物繊維(粘り)のある食材を用いたりしている。
無重力での食事において、この旨味と粘り気は使える要素だ。
粘り気、トロみは、スープが飛び散るのを防ぐ。
身体からミネラルが出て行く為、塩分やカルシウムを多目に補充したい。
しかし塩分は摂り過ぎるのは禁物だ。
宇宙だと特に貴重な水分を欲してしまう。
塩分と旨味を合わせて、満足感を与える料理にする。
彼にとって残念なのは、第一陣だった為、収穫した野菜を使えるのは後になる事だ。
まあ、水耕野菜、カイワレ大根やモヤシやサラダ菜がもう少ししたら使用可能となるから、それが楽しみである。
ベルティエ氏は料理長だが、料理専門では無い。
他の飛行士と同じように、ローテーションで様々な任務をこなす。
農業モジュールの監視の他、水耕栽培の管理をしている。
船長席で宇宙ステーションの運行管理も行う。
彼は母国語と他の飛行士と日常会話する日本語、管制用の英語と使い分けている。
他の日本人も彼の為にフランス語を覚えたりしていて、「こうのす」は日本の宇宙ステーションながら様々な言語が飛び交っている。
自由時間、彼は忙しい。
フランスのテレビ局から撮影を依頼されていて、空き時間に撮影したものを編集して、説明を追加し、送信する。
通信中にフランスメディアからインタビューがあり、それに応える。
ネットを使った音声や画像回答も有るし、メールに対して文章で返したりもする。
フランスだけでなく、EU加盟国からもインタビューされる。
一番困るのは、日本からのインタビューだ。
ヨーロッパからのインタビューが「世界初の専属宇宙料理人」「日本人の中、唯一のフランス人としての生活」を聞いて来て、日常生活を知りたがるのに対し、日本からは「宇宙でどんな変わった料理作ってるの?」というものだ。
むしろ食べ飽きない、普段着の料理を心掛けているから、凝った料理は滅多に作らない。
だから、濃く感じる味ながら実は塩分を使わないとか、ニンニク臭くならないガーリックの使い方とか、水をなるべく使わずにスープを作る方法とか、種明かしに近い話をする事になる。
そういう技を身に着けて、自然に使ったりしているが、いざそれを説明するのも難しい。
厨房で思い付いて、臨機応変に使ったりもしているから、何も無い場所だと忘れたりしている。
4人の飛行士の中で一番インタビューが多い彼も、一日の予定が終わると休みにつく。
彼は、宇宙酔いの時も見られたが、目蓋を閉じても宇宙放射線のせいでチカチカするとか、室内が明るいとか、そういうのを気にしない。
寝袋が漂わないようベルトを寝室に固定し、ドアを空けカーテン一枚だけで眠りに着いた。
タフなシェフである。




