第73話 捕獲
小さなバッグには大きなエコバッグが丸めて入っている。
ただそれだけの、寮母と共用のバッグ。彩の荷物はほとんどない。外に出ると言えば寮と買い物の往復程度だ。
だが、彩は少しずつ自分を取り戻しつつあった。
生きる喜び。人に頼られる喜びだ。
寮母のシゲルに頼られ、寮に暮らす男性たちに料理がうまいと褒められる。
今日のメニューは決まっている。
鷹也が好きな唐揚げだ。鷹也の母親直伝。鶏肉に下味をつけて冷蔵庫に入れ、その間に買い物の用を済まそうということで寮を出てきたのだ。
西丘の前を彩が通り過ぎようとしたその時、西丘は声をかけた。
「こんにちは」
彩は足を止めて西丘の方を見ると、にこやかに会釈をして答えた。
「こんにちは」
彩にしてみれば、この見知らぬ土地の近所の人など分からない。きっとこの近くに住む人だろうと思い、挨拶を返したのだった。
西丘は、その笑顔にたまらなく魅了され、どうしても自分のものにしたくなった。
彩はまたスーパーの方へ体を向けたが西丘は言葉を続けた。
「買い物ですか?」
彩も寮の人たち以外とは、あまり話をしないので、つい質問に答えてしまった。
「ええ。向こうにあるスーパーへ」
美人で無邪気な彩。西丘はちゃんと返答を返してくれる彩がとても良いと思った。
好き。ではなく、良い。
女として。自分の玩具として。
「あの寮で住み込みで働いているんですか?」
「ええ。まだ二月にならないんですけどね」
「へー。すごいですね」
「そうですかね?」
「ずいぶん探しましたよ。彩さん」
「……え?」
「あなたの元旦那さんに頼まれてあなたを探してました。この神社で少しお話をしませんか?」
「……え……」
神社に植えられている木々の木の葉がサラサラと音を鳴らす。
彩の胸が大きく鼓動を鳴らした。




