第68話 ストーカー
「ホントに迷惑。このストーカーに毎日毎日つきまとわれて、マスターにも勘違いされて」
「いやぁ、光栄です」
「褒めてない。……ふふ」
「お、笑った!」
「思い出し笑いだよ。誰がアンタなんかで」
「へー、どんな思い出し笑いで?」
「なんか、パンダの……」
「パンダ!?」
「ビルから飛び降りる的な……」
「なんすかソレ。動画ですか? そんで、それ笑えます?」
「うるさいな〜。介入しないでよね。関係ないでしょ。この線から入ってこないで」
そう言って、立花と自分の席の中央に手のひらを立てて境界線を作った。
そこに立花は人差し指と中指で歩んで行き、境界線まで行って引き返したり、助走をつけて飛び越そうとする演技をする。
それにまた近野は笑ってしまった。
「ブッ」
「おお。また笑ったぞ〜」
「やめて。ホントにやめて」
どう見てもじゃれ合っている二人の元に、マスターがおかわりを運んで来た。近野は慌てて手を引っ込めて取り繕った。
「マスターホントに付き合ってないからね」
「ああ、そうなんですか?」
「コイツ、ストーカーなのよ」
「ああ、じゃぁ、立花さんを出禁にしましょうか?」
「まぁ、いやぁ、そこまでは……」
近野はマスターの言葉に躊躇した。
まんまとマスターの誘導に乗ってしまったことを悟り、二人の目の前でカウンターに頭をうずめてしまった。
「嫌い。ホントに嫌い。二人とも嫌い。コイツを出禁にしてよぉ。もうなんなのぉ」
そんな近野を二人は微笑みながら見ていると、彼女はスッと顔を上げて二人を睨みつけた。
二人は驚いて身を引いた。近野は立花を指差した。
「じゃぁさアンタ。私と飲み比べしよう。私が負けたら私は好きな人を忘れる。どう?」
好きな人。つまり、課長、鷹也のことだ。
しかし、立花は年も若く酒は好きだがそれほど強くもない。
だが、その話を聞いて火がついた。
「分かりました。やりましょう!」
「ルールの説明をします」
「よろしくお願いします」
「お酒は同じもの。私が飲んでるこれ。けっこうキツいよ〜。同じ時間で飲み干す。おかわりも同じ時間。トイレ禁止。だから勝負が始まる前に行ってくること」
「了解。……手慣れてますね」
「大学時代、この勝負で何人をマットに沈めて来たか。私の力、ぞんぶんに味わうがいい!」
勝負は開始された。
二人はトイレに駆け込んで、用を済ませた。
その間にマスターは二人分の酒を用意した。




