第61話 二人は友だち?
鷹也たちの勤務する会社の近くにあるバーのカウンターで、一人酒を飲む近野がいた。
仕事の疲れと鷹也への思いを酒で紛らすのが最近の彼女の日課。
一口飲んでは細いため息。体から疲れが抜けて行くのを感じる。
これが全てを忘れさせてくれるのだ。
「よっと」
その隣りに腰を下ろした男。鷹也と同じ髪型だが、背は10cmほど高い。しかし近野はそちらに顔を向けようともしなかった。
「スイマセン。ビール」
「なんだよ。ほかいっぱい空いてるじゃん」
彼女が憎まれ口を叩いた男。それは同じ課員の立花だった。
「いいじゃないですか。知り合いでしょ? 離れて飲んだらそれこそ変ですよ」
「フン。これで何回目?」
そう言いながら、近野は指を折る。
そこへ立花のビールが置かれた。
「はい、乾杯」
「……はいはい」
そう言って二人の中央でグラスの心地よい音色が響く。
憎まれ口を叩く割りには、近野も席を立とうとはしなかった。
「やめたほうがいいですよ」
「またそれ?」
「課長に横恋慕なんて。不倫でしょ」
「うるさいな〜。うるさい」
そう言って近野は自分の酒を一口飲んでグラスを置いた。
「それに、今はチャンスかもしれないんだもんね」
「まさか」
「これはアンタにも言っていない、私と課長の共通の秘密だもん」
立花はそんな強がる近野の横顔を見つめていた。
「男なんて砂の数ほど、星の数ほどいますよ」
近野は世間でよく聞くそのセリフを鼻で笑った。
「フン。その砂の中からダイヤモンド見つけられるの? 星の中に地球みたいな星がどれだけあると思ってんのよ。誰でも良いわけじゃないじゃん。本物ってものはさ」
その言葉を受けて、立花は笑顔で自分に指をあててを胸を張った。
「ダイヤと言わずとも、それなりだとは思いますよ」
そんな立花を近野は肘で強く押す。
「はいはい。課長の真似のジルコニアでしょ? 入った時から課長の背中ばっか見て。敵対心無いように見せてるだけ。スーツのブランドも靴とカバンのブランドも一緒。髪型まで似せて。違うのは口の軽さだけ。モノマネじゃない」
「ぐっ」
「不愉快になったのなら帰った。帰った」
と、手をパッパと振った。立花もイラついた顔をしながら一気にビールを飲み干して、カウンターに音を立てて置いた。席を立つのかと思いきやバーテンを呼んだ。
「ウィスキーをロックで」
「バカ。止めときなよ」
「ウィスキーをロックですよ。課長はいつも水割り。オレは違う」
「飲んだこと無いくせに。小さい。小さい」
「……。帰りません」
「あっそ。好きにしな」
立花の前に濃度の濃い色のグラスが置かれる。
それをしばらく見つめた。
「うまそうっすねぇ」
「プ。じゃどーぞ。どーぞ」
クイっと一口傾け、そのまま自分の前に置く。
「あー。うーまい」
「あっそ。スイマセン。彼におかわりを〜」
「なんすか。その大学生みたいなノリ。まだ飲み終わってません」
「美味しいんでしょ? それともウソ? ウソは嫌いだな〜」
「何を言ってるんですか。いつウソをつきました?」
「では、さぁ遠慮なく」
立花が酒をあおる。近野は面白くなってそれを見つめていた。
見つめられるとまいってしまう。立花は気合いを入れて次を注文する。
5、6杯ほど飲むと立花はフラフラになってしまった。




