第11話 象徴
「まさかナコが死ぬとはな……」
ケイエス大聖堂・講堂。
薄暗い空間でグレイは溜息を吐いた。
対し不満げに口を開いたのは白いドレスを纏う記憶操作の少女シスリーネだった。
「アンタといいナコといい自分勝手し過ぎなのよ……。いくら『信用』があるからってヤスヒコは甘すぎるわ」
「……」
返す言葉もない。グレイは何も言い返せず下を向くしかなかった。
若干気まずい空気が二人の間に流れる。
だがその時だ
「コラコラ、ケンカしちゃいけないよグレイ、シスリーネ」
「あ、ヤスヒコ!」
「ヤスヒコさん……」
鈴木が悠然とやってきた。
ガランとした大聖堂でグレイ・シスリーネ・鈴木のいつもの三人が顔を突き合わせる。
そして二人の話を聞いていたのだろう。
鈴木は手を上げやれやれと語りだした。
「ナコのことだけど、最後の最後で自分の好きに動いちゃったのは残念だったね。彼女とはもっと仲良くしていたかったから、せめて生きて帰ってきて欲しかったよ。死んでしまったのは残念だ。彼女を殺したのは僕のミスだよ」
「いやヤスヒコが落ち込むことじゃないわ! 勝手したナコの奴が悪いのよ!それにヤスヒコの能力はそもそも『信用出来る人間』を選抜することでしょ!?」
「シスリーネの言う通りです。ヤスヒコさんの能力は我々が裏切らないことはかなりの確度で確証できますが……」
「そうだね。裏切らない結果何をするかまでは読めない。僕のことを想って僕らの予想外の事を起こすこともあるし、グレイのように我々を慕うが我々の意と違う行動を起こす者もいる。まぁそれがこの能力で作戦を進める一番面白いところなんだが」
「……私はその考え理解できないのよね……」
鈴木の言葉にシスリーネは承服しかねるらしく唇を尖らし、
「……………………ッ」
過去のミスを面と向かって指摘されたグレイは恥じ入るように顔を赤らめた。
だがそれでも彼は口を開く。
「そ、それに今回の作戦、何が我々の足並みを乱したかと言えば……」
「九ノ枝史郎、彼に違いないね。まさか彼があそこまでやるとは。完全に予想外だったよ。ナコもびっくりしたに違いない。彼女の能力なら対1じゃ殆ど負けないだろうし、最悪負けそうになってもベルカイラが間に合ったはずだ。だが九ノ枝によってナコも、そしてベルカイラもやられた」
「そうです、問題は彼ですよ。彼によって完全に作戦が崩されたも同然です」
グレイは史郎の戦闘映像を思い出し歯噛みした。
実際その通りなのだ。
彼らの作戦は複数の能力者を東京まで侵入させ、生徒を襲撃するという物だった。
単純な作戦だが有効なはずだった。
複数の能力を使えば音もなく日本に能力者を送り込むことは可能だったし
ナコの能力をもってすれば生徒の居場所を特定することも造作もない。
数の上で圧倒されることも読めていたが、日本で優秀とされる能力者の能力は仲間の『スワン』の能力で把握済み。
ダメ押しでベルカイラが加われば、全滅は無理でも多くの生徒を殺害出来るはず。
そうなれば生徒を抱える日本は混乱必死。
時間を稼ぎ、かつ相手の有効な駒を減らし、反撃の機会を減らす。
そういう作戦だった。
だがその作戦は阻止された。
主に史郎がベルカイラを破ったことが原因で。
ベルカイラがさっさと史郎を倒しフリーの状態で戦線に加われば多少なりとも生徒を虐殺し、日本を混乱の最中に叩き込めただろう。
「加えて人員配備が我々の思っていた以上だった。あちらにも頭が切れる者がいるんだろうね。まぁ何よりの予想外は九ノ枝に違いないんだが」
三人の脳裏に浮かぶのはまるでこの世の創造主かのように様々な物を生み出し・消しベルカイラを追い詰める史郎の姿だ。
「それと彼がベルカイラを圧倒したのは光の操作を行ったからだろうね。最後の一撃、あれは『閾値超え』したと思い込ませて『悪霊』を発動したとしか思えない」
通常、『閾値超え』による光は一般人には見えない。
だがそれがカメラに映りこんだという事は、つまりはそういうことなのだろう。
「しかし『悪霊』を持つ彼が光の操作を手にしたとなると鬼に金棒では済みませんよ。彼の潜在戦闘力はもはや脅威です」
「そうだね。だけどそれは心配いらないよ。彼の光の操作自体が『悪霊』で作られたものだから」
「というと?」
「映像で最後に九ノ枝に駆け寄った生徒がいただろう。彼女は『サーシャ』によって能力覚醒した生徒の一人だろ? おそらく彼女の能力なんじゃないかな? つまりそれが判明した以上、この情報を共有すれば彼は光の操作を行えなくなる。『悪霊』が機能しなくなるからね」
「そうですか。それにしてもベルカイラを騙すとはその生徒はどのような能力かは分かったんですか?」
「いや『スワン』の能力でもサーシャによって覚醒された能力は分からないからね。彼女の辞書に載るのは従来能力だけだ」
「じゃぁサーシャ本人に聞いたら?? あれ、分かんないんだっけ」
そう、シスリーネが口を開いた時だ、大聖堂のドアが開き、真っ赤な着物を着た黒髪ロングの女が現れた。
巷で『無差別能力覚醒犯』と呼ばれている女性。
サーシャ・藤原
日本・東京にて夥しい新規能力者を生み出し世界の均衡を壊した張本人である。
そしてカツカツと大理石を鳴らし歩き、話を聞いていたのか口を開いた。
「あたしの能力じゃそこまで見えねーのさ。だからナコを連れてったんだろシスリーネ。そんなことも忘れちまったのか?」
「ムカ!」
案の定サーシャの攻撃的な口調にシスリーネが柳眉を逆立てる。
また始まった、この二人は事あるごとに角を突っつき合わせるのだ。
そしてどうしたものかとグレイと鈴木が両者目を見合わせていると、丁度、鈴木の無線に連絡が入った。
無線は告げる。
『リーダー、『悪意をさえずる小鳥』がようやくやって来たぜ』
と。
「「「「…………ッ」」」」
その報にその場にいた4人に緊張が走った。
ついに不死身能力者・パトリシア・ベアードがこのケイエス大聖堂に到着したのだ。
「ついにですね」
「あぁ」
グレイが言うと待ちきれないとでも言うように鈴木はニヤリと口角を吊り上げた。
◆◆◆
確かに彼らは生徒を殺害には失敗していた。
だが鈴木の『最終目標』を鑑みるとパトリシアの救出はとても重要なことなのだ。
それは、彼女が成すことを考えると、背筋がぞっと凍るくらいのことで、
四人の能力者は高鳴る心を押さえつけその場へ向かった。
◆◆◆
「大儀であったぞ、若い能力者」
そして数分後、彼らは前には年端も行かない金髪の少女が立っていた。
『死なない悪意』・パトリシア・ベアードである。
「いえいえ、そんなことは生ける伝説『死なない悪意』。ご無事で何より……」
目の前にいる金髪の幼女は生ける伝説だ。
その存在はまるで自身の希少性を強調するかのように自ら発光しているように見えた。
そのような存在をただ茫然と眺めているのは何もグレイだけではない。
『悪意をさえずる小鳥』が到着したと聞いて、アジトのあちらこちらから協力者が現れ、パトリシアを円で囲っていた。
あつまった彼らは口々に言う。
「おいこいつが噂の『悪意をさえずる小鳥』かよ……」
「まだ幼女じゃねーか……」
と。
彼らは幼女にしか見えない伝説に興奮を隠せないようだった。
「フン」
対する金髪幼女のパトリシアは観衆が驚くさまがご満悦なようで
「出迎えも十分じゃな……」
などと呟くと不遜にも顎を吊り上げ宣言した。
「そうわらわが、お主らが生まれるよりも以前から、愚かな非能力者達に牙をむき続けた生ける伝説、いや死なぬ伝説、『悪意をさえずる小鳥』である。ここ十数年はわらわの不甲斐ない失態が原因で日本に捕らわれておったがお主らの功績で枷から逃れることに成功した。褒めて遣わすぞ若い能力者達。そして何より若い能力者の長、いや、『鈴木康彦』……! 素晴らしい働きじゃ。正直感謝の言葉が付きん」
「いえいえ、そんなことは。私は以前からあなたにお会いしたいと思っていたんですよ」
鈴木の自身を敬った物言いにいよいよパトリシアは気を良くしたようだ。
パトリシアの口角がますます吊り上がる。
そして気を良くしたパトリシアは子供のように興味津々で大聖堂の天井を見渡し
「それにしてもここは十数年前は『騎士団』の本部であったじゃろう。当時はよもやここを落とす者など現れる訳がないと思っておったが、まさか落とすとはな。聞いたぞ康彦、無効化能力 を 実現したんじゃって? ハッ、当時は不可能だと言われておったが遂に実現したわけか。それで能力を封印し銃器で『聖剣霊奥隊』を倒したと。実に痛快じゃな」
パトリシア自身『騎士団』には辛酸をなめた経験があるのだろう。
カカカッと心底愉快そうに笑い、ひとしきり笑い終え
「で、象徴とは具体的に何をすれば良いんじゃ。手を貸そう、鈴木康彦」
と尋ねた瞬間だ。
突如、大聖堂に乾いた銃声が轟いた。
「へ……?」
大聖堂にパトリシアはきょとんとした呟きが落ちた。
そして視線を下に向ければ自身の下腹部からジワリと血が流れだす。
結果から過程を理解する。
パトリシアはたった今銃撃されたのだ。
鈴木康彦に。
パトリシアは硝煙を上げる銃口が自分を向いているのを見てそれを理解する。
だがあまりにも理解不能。
パトリシアは助けを求めるように周囲を見渡すが
「……ッ!」
周囲の人間は動揺する自分をまるで無反応だった。
そしてようやく何か異常なことが起きていることまでを理解する。
だが同時にこんなことをして何になる、とも思う。
なぜなら自身は『不死身』能力者。
こんなそもそもこんな鉄砲玉一つで死ぬようなやわな存在ではないのだ。
そもそも『死なない』存在。
だからこそ『脅威』と呼ばれたのだ。
だからこそこの発砲に何の意味があるのかと思ったのだが、
……一向に傷が修復しない。
(――ッ!?)
そしてその消えない生傷を見てパトリシアはようやく気が付いた。
――そうだ先ほど自分は何と言ったか。
自分の言葉が脳裏に蘇る。
『――無効化能力 を 実現したんじゃって――』
(そうかこれが――)
そうしてパトリシアは自身の身に何が起きているか悟った。
人生最大の悔しさをもって。
(――『能力無効化』かッ!!)
能力無効化を持ってすれば不死身能力者を殺すことも可能なのだ。
(――マズイ)
突如自身に迫ってきた人生の危機にパトリシアは泡を吹くが、無情な銃声が木霊する。
「ク……!」
足を撃ち抜かれたパトリシアは顔をゆがめながら崩れ落ちた。
そして下がった視界の先で鈴木が語り始める。
「そう、あなたにしていただきたいこと、それはその『終わらない伝説』に終わらせてもらう事です。パトリシア、いや『悪意をさえずる小鳥』」
「な、なぜ……」
そうして告げられたのは自分の人生を否定されるような言葉だった
「簡単な話ですよ。あなたはそもそも大前提で間違っている。『悪意をさえずる小鳥』。人は豚に『悪意』を抱かない……」
「……!?」
その一言でパトリシアは鈴木の言わんとすることを察する。
(つまりこいつは人を――)
自分よりもよっぽど極悪人じゃないかと思うと同時、余りにも悔しい。
自身が紡いだ数世紀の事象がこの男の食い物にされることが。
しかし現実は非常で
「そう、だからこそ間違った考えをもつあなたを、今、この僕が殺すことは『象徴』になる。世界にいる頭の良い人は、将来僕の後に続くような者は、あなたの死体を見て僕は意図を察するでしょう。だからこそ、ここで死んでください不死身能力者。僕らの新たな旅路のために」
(こんな奴のために自分の数世紀は有ったわけではない)
そう涙を流すパトリシアだが、
「数世紀の前座、ご苦労様です」
直後、頭部に銃弾が飛来した。
なぜ鈴木がこのようなことをしたかと言えば、それは鈴木の最終目標に起因する。
鈴木の最終目標。
それは能力者による世界統治の見本を世界に見せることである。
だからこそ鈴木にとって不必要に人に悪意をバラまくパトリシアは不要な存在でしかなく、かねてより鈴木はパトリシアを殺害したいと思っていたのである。
鈴木はパトリシアを殺すためにパトリシアを解放したかったのだ。
こうして鈴木は自身の目的を達し、象徴を作り上げ
パトリシア・ベアードの銃殺遺体がネット上に公開されたのは数日後のことだった。
のじゃロリ即落ち二コマ(´・ω・`)
(正直やり過ぎた感はある)
はい!これにて第6章終了です!
第6章は若干暗めだったので第7章は最初から最後までコメディに徹する予定です!
体育祭編とか史郎のTVバラエティとかメイとのデートとかそういうのを書きたいんです!
気楽に読めるようなものになるよう頑張ります! 頑張ります!
予定変更がありましたら活動報告に記載します!
今後とも宜しくお願いいたします!




