表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/108

第2話 償い


突然だが、史郎の朝は早い。

なぜならメイに朝の挨拶をされたいからだ。

というわけで史郎は今日も始業の20分前には校門をくぐっていた。

一番登校する生徒が多い時間帯だ。


「おはよう九ノ枝くん!」

「あぁ、おはよう」

「「おはよーー」」

「おはようー」


多くの女子が史郎の姿を見かけすれ違いざま声をかけてくる。

だが女子だけではない。

最近では男子もよく声をかけてくる。


「よっ、おはよう! 九ノ枝!」

「……お、おはよう」


肩をバシッと叩いて去っていったのは同級生の男子だ。

『期末能力試験大会』以降、多くの女子から朝は挨拶され、声をかけられるようにはなっていたのだが、男子から挨拶されるようになったのはここ最近になってからだ。

それは当然『谷戸組』を壊滅させたあの日の成果であろう。


あの日以降、史郎の学園での立ち位置は微妙に変化している。

つまり――


「あ、九ノ枝くん! 今日の社会科の授業二人組作るでしょ?? 私と組まない??」

「だからまたアンタは抜けがけするぅ~! 九ノ枝くん! 私と、私と組みましょうよ!?」

「あ、いや俺、雛櫛と組むから……」


史郎は眉を下げ、クラスメイトからのせっかくの誘いを辞する。

心底申し訳なさそうな史郎の顔に少女たちの溜飲も下がったようだ。


「も~、メイばっかりずるい~」


そう言って少女二人組は頬を膨らませて去っていった。

そう、このように史郎はやたらめったら女子からちやほやされている。


体育の授業の時とかは本当にすごい。


「「「「キャーーーーーーーー史郎くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!」」」」


史郎に打席が回ると会場が色めき立つ。


このように今まで以上に女子から話しかけられ、ちやほやされ、往々にして現生徒会会長の京極メグミに


「ねぇ、九ノ枝くん。今度のパートナーシップマラソンの競技内容について相談なんだけど……」


などと相談を受ける。

『谷戸組』を倒したのは史郎なので何かと意見が聞きたくなるそうなのだ。

史郎は固辞しているのだが、完全に史郎による院政が敷かれつつあった。


そんな折だ。

木嶋義人が復学したのは。


その黒い猫毛の男が廊下に現れた時、廊下中の生徒がざわついた。


「え、うそ? あれって……」

「木嶋君……?」

「もう来ないかと思った……」


多くの生徒はその登場に戸惑いを隠せなかった。

生徒は木嶋とどう接したらよいか測りかねているようだった。

なんせ自分たちを能力世界に引き込んだ張本人で、かつオリジナル能力者だ。

完全に自分達とは別の人間なのだ。

木嶋が廊下を歩くと露骨に空間が開き、


「はぁ……」


開けた空間を、木嶋は気まずそうに歩いていた。

だがそんな木嶋に史郎は


「なぁ、木嶋。ちょっと『上』行こうぜ」


話しかけた。


「え、これって屋上来いって奴!?」

「九ノ枝いきなり絞めに行くのかよ!?」


史郎が誘うと周囲のギャラリーがたちまち騒がしくなった。

しかしそういうのではない。

史郎はため息をついた。

史郎は情報収集のためにも木嶋と話したかったのだ。


そして屋上である。


「聞いたよ。結局『新平和組織』に入ったんだって?」

「誘われたからな」


時は三時限目の授業中。

眼下の校舎からは教師の声やシャーペンを走らせる音などが聞こえてくる。

屋上には史郎と木嶋しかいなかった。

史郎は『赤き光』の情報網で木嶋が『新平和組織』に入ったと聞いていた。

木嶋ほどの遠距離テレポーターは能力社会でも貴重なため新平和組織としても喉から手が出るほど欲しかったに違いない。


「それにしても厳重注意で済むとは思わなかったぞ」


木嶋はフェンスに背中を預け、空を仰いでいた。


「一般社会のような厳格なルールは能力社会にはないからな。そこらへんはだいぶ適当だよ。まぁ、だからこそ厳しいこともあるんだけど」


史郎の言っていることは事実である。

能力社会には明確なルールはない。

今ある一般社会と能力社会のバランスを保つための心構えのようなものはあるにはあるが、それだけだ。

だからこそそれは恐ろしい意味を有しており、つまり気に食わない奴がいれば普通に『消される』。

法による統治がないからこそ能力社会の環境は完全にサバンナやアマゾンのそれなのだ。一般社会との均衡を保つという大原則の下、能力組織同士の微妙の力関係で成り立っているのが今の能力社会なのだ。

これもまたサバンナで動物の群れが衝突したり接触を避けたりするのと似ている。

そして史郎は当然として、この学園の生徒もまた、すでに『能力社会の住人』である。

意図的に能力覚醒された彼らの立ち位置は極めて微妙なのだが、一応『能力社会の住人』なのである。

だからこそ彼らの命には現状――彼らはいまだ明確に実感を得られていないようだが――政府が責任を持っていない。この意味は非常に大きい。


「この能力社会の構造については今まで以上に詳しく聞いたろ? 新平和組織に入って」

「あぁ、聞いたさ」


史郎が尋ねると苦い表情をして木嶋は頷いた。


「……この能力世界にこの学園の生徒を連れ込んだ罪は重いぞ? ま、下手なことしない限り死なないし、元の世界で暮らすことも可能だが……」

「……分かってるさ。それはこれから態度で示すしかない」


木嶋は沈痛な面持ちで頷いた。

その表情をみて史郎も納得する。


彼の償いは今始まったばかりなのだ。


史郎は眉根を下げる木嶋を見て、薄く微笑んだ。

一人の能力者の精神的成長を心から歓迎する史郎。



……

だがこの時史郎は気が付いていなかった。

授業を抜ければ、パートナーのメイがどういった反応を示すかという事を。

史郎はそれから木嶋とここ最近の能力社会のニュースの話をすると4限目の開始前に教室に戻った。

のだが、


「九ノ枝くん、今までどこに行ってたの?」


教室で厳しい表情をしたメイが史郎を出迎えたのだ。

史郎はすぐに自分の失態を悟った。


「すいませんしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


史郎は秒で謝った。

能力社会の実力者も吹田少女の前には骨抜きなのである。


◆◆◆◆◆


「で、作戦の進捗はどうだ?」


この日も暗い部屋でとある男達は話しあっていた。


「問題ない。タイミングが合えばすぐに警備は突破できる。俺の実力を信じろ」


答えたのは黒髪セミロング。中性的な顔立ちをした青年だった。

先日虚空に向かって『選ばれた』と話していた男である。


「だがお前、晴嵐で良いんだよな? ほかにも覚醒した学園はあるが」

「能力社会も馬鹿でもない。どの学園にも警備がいる。だが晴嵐は九ノ枝という実力者がいるからこそその警備が甘い。どう考えても最適だろう」


中性的な男は爪をとぎながら答える。

自身の爪を眺めフッと息を吹きかける。


「一般社会にはとてもではないが手が出せない。だがついに能力社会に庇護が必要な能力者が生まれたんだ。自衛が基本の社会におけるスーパーイレギュラー。それが覚醒した子供達。これを利用しない手はないな」


そしてこのテロで決断権を握るのは『政府』ではなく能力社会の長である。

加えて覚醒児達の現状の立ち位置は非常に微妙。

当然、政府からも問題解決の指示が評議会にのしかかるだろう。

そうなれば、自分達の要求が通る可能性も高い。

つまりは――


「『彼女』の開放も不可能ではない」


そして何より彼らにとって好都合な理由があった。

それは――


「なにより多少人死にが出ても問題ない所が良い所だな」


そう、能力社会に殺人罪などというものはないのだ。



◆◆◆◆◆


同刻、深夜。

史郎は自室で校内地図を描き、そこに丸印だのをつけてほくそ笑んでいた。


『パートナーシップマラソン』


それはパートナー同士の仲を深めるために行われる学年ごとの校内を使用した障害物レースである。

今年のマラソンは能力覚醒後初めて行われるものである。

つまり能力による障害があることは想像に難くなく、要は史郎の無双体制は整っているわけだ。

完全な接待レースと言っても過言ではない。

そしてなにより重要なのは目玉の一つである借り物競争の一幕だ。

毎回その中には爆弾として『好きな人』と書かれた紙が存在する。

もしそれをメイが引いたらどうだろうか。


『え、どうしたんだ?』


突如固まるメイに動揺する史郎。

動揺する史郎にメイは顔を赤く染めポツリと呟く。


『良かったと思って』

『良かった?』


メイの意図する意味が分からず史郎が思わず復唱する。

するとメイは顔を赤く染めて言うのだ。


『だってわざわざ探しに行く必要がなかったから……。私の好きな人、今、ここにいる……』


……てな具合である。イケル!!



「ふ、ふふふ、、ふふふふふふふ…………」


史郎は厭らしい笑みを浮かべていた。

パートナーシップマラソンまであと数日である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ