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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
34/132

第九話

「最近ハーフタレントって多いわよねー」

 たかしの恋人のユリはテレビに出ているタレントを見ながら言った。

「皆顔が整ってるよね」

「アニメも通った道だ。片言か流暢か……結局はプロフィールの一文になってるだけっていうのが多いけどね。それだけアニメは多様性を受け入れていると言ってもいい。アイデンティティである金髪は、他の髪色に負けがちというのもある」

「あら、でも今はポップな髪色って流行ってるわよ。アニメキャラみたいに全体的にじゃないけど、バングカラーを入れてる子なんて、街を歩いてたら絶対に見かけるでしょう?」

「そういえば多いよね。部分カラーが流行ってるから」

「最近じゃ、ウィッグじゃなくて地毛の人が多くなってるよ」

「ちょっと待った……」とたかしは大きなため息を落とした。「明夫。これは僕と彼女の会話だぞ……」

「知ってるよ。だから僕も合わせて、興味のない髪の話をしてあげてるだろう」

「いいか? 恋人との会話っての言うのは、普通一対一だ。……なんで君がここにいる?」

「なんでって、ここは僕の家でもあり、僕が買ったソファーに座って、僕が買ったテレビを見てるからだよ」

 明夫はさも当然のように言ってのけるが、当然たかしの不満げな表情は変わらなかった。

 たかしはユリを自宅に誘った。体の関係を持とうというわけではなく、デートの一つとして招待したのだ。了承を取っていなかったので、明夫が絡んでくるのは予測していたのだが、まさか座り込んで居座るとは思っていなかった。

 たかしはデートを台無しにしてしまい「ごめん……」と謝ったのだが、ユリに気にした様子はなかった。

「どうして謝るの? 別にいいじゃない。あなたの友達と話す場を設けるのも立派なデートよ。そう思わない?」

 ユリが気にしないでとたかしの手を握って言うと、明夫は露骨に嫌な顔をした。

「思わない。これってデートなわけ? ……僕を巻き込まないでよ」

「じゃあ、出掛けるなり部屋に戻るなりどうぞ」

 たかしは早くいなくなってくれと視線で合図を送るが、明夫に通じることはなかった。

「わかったよ……僕が我慢すればいいんだろう? それで? ハーフタレントの話をするの? それとも髪の色の話? 僕はアニメの話がしたい」

「アニメといえば……【アニメーションパーク】の新アトラクションが、完成したって」

 ユリの言葉に、明夫はすかさず食いついた。

「それって【ネコぽっぽのカフェコースター】のこと? うそ!? まだ一ヶ月は先のはずだ」

「本当よ、ほら」とユリは友人から送られてきた写真を見せた。「乗れるのは一ヶ月後先らしいけど、お披露目はもうしてるって」

「へぇ……なら来月行ってみる?」

 たかしはユリとデートの約束を取り付けたつもりだったが、その言葉にもいち早く反応したのは明夫だった。

「たかし! ネコのぽっぽは【真白あかね】が声優をやってるんだぞ! つまりあかねちんのアトラクションデビューだ。それなのに、一ヶ月も待てっていうのか?」

「それなら今から行ってくればいいじゃん」

 たかしは明夫がデートの邪魔をしないなら一石二鳥だと、しきりにアニメーションパークへ行くことを勧めた。

「たかしならそう言うと思ったよ……。さすが僕の親友。すぐ用意するから、ちょっと待ってて」

「明夫! オレ達は行くだなんて一言も言ってないだろう?」

「うそだろう……。あかねちんのデビューを見に行かないのか? もしかしたら先行ボイスが流れてるかもしれないんだぞ。それってどういうことかわかる? あかねちんはアニメーションパークの住人になったってことだ。これぞ正しく人間とアニメキャラのハーフだよ……」

 明夫がうっとりとした顔で気持ち悪いことうぃうので、たかしはユリに謝った。

「すぐに黙らせるから待ってて」

「あら、いいじゃない。三人でアニメーションパーク行きましょう」

 ユリの提案に、明夫は首がもげそうなほど首を盾に振った。

「それ本気? 僕らのデートに大きな子供を連れてくの?」

「いいじゃない。アニメーションパークっていうのは、大人も子供に戻る場所よ。それに、まだ昼前よ。ずっと家にいるよりいいじゃない」

「明夫はずっと子供のままだ」

「じゃあ問題ないわね。私はチケットを三人分取っておくわ。大人二人と、子供みたいな大人一人でね。少しでも早く中に入れるように」

 ユリが三人分と言ったのを聞いて、明夫は「やりぃ!」と叫んだ。

「明夫……僕らのデートだぞ」

「でも、行っていいんだろう?」

「そうだけど……」

「やりぃ!」明夫は見せるけるようなガッツポーズをした後。「フェイスタオルだろう……薄手の上着も必要だ。カメラだろう……あかねちんの声を録音するレコーダーも持ってかないと。そうだ! 充電器も必要だ」

「おむつと、待ち疲れた時に食べる用の食べ慣れたお菓子もないとね……」

 たかしはまんま子供だとため息を落とした。

「たかし……お菓子はパークの中で買わないと……。持ち込みはなるべくしない。大人なんだから常識を考えろよ」



 アニメーションパークに行った帰り道。

 たかしは「大人ね……」と呆れていた。

 明夫の頭にはパークで買った帽子。更にその上からネコミミのカチューシャが付けられているからだ。

 そして、それはたかしもユリも同じように付けている。

「楽しかったじゃない。この歳になってから初めてドレス着たわ。コスプレもいいものね」

 ユリが今日撮った写真をたかしに見せながら言った。

 そこでは、アニメーションパークのキャラクターに扮した三人が笑顔で写っていた。

「凄いね。オレはドレスを着た女の子に挟まれてるよ」

「ぽっぽは女の子なんだぞ。ドレスを着ることになんの文句があるんだ?」

「君は男だろう……」

「ここに写ってるのは僕じゃない。ネコのぽっぽだ。たかし……コスプレの意味わかってる? なりきらないと」

「君のは仮装だ」

 たかしと明夫の会話を聞いて、ユリは笑っていた。

「本当……二人って仲が良いのね」

「残念ながらね」

 たかしは腐れ縁だと肩をすくめた。

「それじゃあ……送ってくれてありがとう。バイバイ」

 ユリはすぐそこが家だからと二人に別れを告げると、たかしには家についたら連絡してと付け足した。

「彼女って最高……そう思うわない?」

 明夫はアニメーションパークのロゴが印刷された袋を抱きしめた。

「明夫……それはオレのセリフだよ。言っておくけど、オレの恋人だからな」

「わかってるよ。彼女が二次元になっても、僕が恋に落ちることはないよ。僕が言ってるのは、君にとって最高の彼女だってことだよ」

「それは……ありがとう?」

 急に彼女との関係を褒められたたかしは、腑に落ちないながらもとりあえずお礼を言った。

「だってそうだろう? 今まであったかい? 君と君の彼女と僕の三人で出掛けることなんて」

「出来れば……一生来ないで欲しかった」

「わかってないな……僕らの友情にヒビを入れずに、ずっと付き合える彼女を見つけたってことだぞ。これって最高だろう?」

「ちょっと……待った……。まさか、これから先のデートに全部ついてくるつもりでいるのか?」

「たかし……三人で進めた関係だろう? 三人いなくてどうするんだ」

「もう明夫は誘わないよ」

「もう誘わないだって!? よくもそんなことが言えたな。僕がいるから、夜の八時には帰れて、十時に更新される声優のインターネットラジオが家で聞けるんだぞ」

「君がいなければ帰らずに済んだんだ」

「たかし……パレードが見たかったなら言ってよ。僕は遠慮して言わなかったのに」

「驚いた……遠慮って言葉を知ってたんだ」

 たかしと明夫は噛み合わない意見を交わしながら家へと帰ったのだが、玄関を開けると鬼の形相のマリ子が待ち構えていた。

「……おかえり」

 マリ子がなにに起こっているのかわからず、たかしは「ただいま」と何事もなく家の中へと入ろうとした。

「ずいぶん楽しかったみたいね。アニメーションパーク」

 そう言ってマリ子が見せたのは、友人から送られてきた写真だ。

 その写真では楽しそうにしているたかしと明夫とユリが写っている。

「オレが彼女とデートするのになにか問題あるわけ?」

「あなたが私の劣化版の彼女を作って、冴えないデートをするのになんの問題もないわよ」

「じゃあ、なにを怒ってるんだ」

「なにを怒ってる? なにって、私とのゲームの約束事を破って、ネコのぽっぽのカチューシャを付けてるアホのことよ!!」

 マリ子が睨みつけたのはたかしではなく、明夫だった。思い当たることがあったのか、明夫は何も反論せずにしゅんとしている。

「明夫? 彼女と約束してたのか?」

「まぁ……なんとなくは……」

「なんとなくじゃないでしょう。今日の夕方五時にしっかり約束してたわよね? なんで約束を破ったわけ?」

「……アニメーションパークに行きたかったから」

「違うでしょう? あの女とアニメーションパークに行きたかったからでしょう?」

「ちょっと、そんなに明夫を責めるなよ。アニメーションパークに行きたかったのは事実かもしれないけど、ユリさんと一緒に行きたかったのはオレだ。明夫じゃない」

 たかしは言い掛かりだと明夫をかばった。

「そう思うなら、断ればいいでしょう」

「彼女が一緒に行こうって言うから……」

「あなたは恋人に言われれば、その通りにするわけ? 鍛え上げられたマザコンみたいに」

「それは割りとそうかも……。じゃなくて、今回はたまたま一緒だったんだよ。友達と一緒が良いって言うから」

「あなたそうやって私に友達を紹介してくれたことあった?」

「ないけど……そうなる前に別れちゃったし」

 ただならぬ雰囲気に明夫が慌てて二人の間に入った。

「ちょっとちょっと! 喧嘩しないでよ。マリ子とのゲームの約束は今からでも出来る」

「明夫……部屋に戻ってなさい」

「たかし! こんなのってないよ」

「明夫……約束を破ったのは事実なんだから、部屋で反省してろよ」

 二人に睨まれた明夫は、ふてくされた態度で廊下を歩いていった。

「最高の一日が台無しだよ……」

 明夫が愚痴をこぼすと、二人は「明夫!」と怒鳴りつけた。

「ごめんなさい!」

 明夫は小走りに自分の部屋へと駆け込んだ。

「明夫もそうだけど、マリ子さん……君も君だよ。電話くらいすればいいだろう?」

「したわよ。誰かさんは楽しくて気付かなかったみたいだけど? そっちも連絡を入れたらどう? 晩御飯はいらないって。あなたが決めたルールよね?」

 マリ子はたかしの胸ぐらをつかんでリビングに連れて行くと、皿に並べられた料理を見て冷静になった。

 今日はマリ子が料理当番の日で、料理が苦手な彼女の日は出来合いの惣菜を買うか、デリバリーを頼むと決まっている。しかし、たかしも明夫もアニメーションパークでの楽しさから連絡を忘れてしまったのだ。

 つまり、今並べられているのは、マリ子が二人が何を食べるのかわからずに買ったものだ。並べられているのは好物ばかりで、二人のことを思い出しながら買ったのは誰めにも明らかだった。

「ごめん……オレが悪いよ」

「そうね。今回のことはあなたが悪いと思う」

「今回のことはって?」

「……ここ最近あなたに当たりが強かったでしょう? あれは私のせいよ。焦ってたの。あなただけ前を向いてあるいてるような気がして」

「そんなことないよ。歩く方向が違うから、そう見えただけ。君も前を向いて歩いてる」

「わかってるわよ。そう気付いたから、あなたにも謝れたの」

「じゃあ……お互い謝ったってことだ。今度こそ……ちゃんと友達に戻れるかな?」

 たかしが照れくさそうに笑うと、マリ子も笑みで返した。

「えぇ、もちろんよ。ルームメイトとしての相性は良さそうだし」

「それで、思い出した。明夫とゲームの約束だって? 一体どういう風の吹き回し?」

「色々あるのよ……」

「さては、今付き合ってる彼氏がゲーム好きなんだな?」

「そんなところ。大まかは正解ね。正しくは、もう二、三日後には彼氏ってとこね」

「君が本気で迫れば時間の問題だ」

「あら? どうしてそう思うの?」

「経験あるから」たかしは言ってやったと笑うと、急に真顔になった。「それじゃあ……明夫のところ行かない?」

「そうね。言い過ぎたのを謝らないといけないし、約束を破られたのは謝ってもらわないと」

「悪いところは直し合う。それがルームメイトだからね」

 たかしとマリ子は寄り添うように歩いていくと、明夫の部屋のドアをノックした。

 しかし、返答はない。

 三回繰り返しても、なんの反応もないので静かにドアを開けると、明夫は今日買ったグッズを抱きかかえて眠ってしまっていた。

「ねぇ……見て。よっぽど楽しかったみたいね」

「それはそうだろう。オレのデートを邪魔したんだ。つまらなさそうにしてたら怒ってる。それに、ほら……君との約束も守ろうとしてゲームの準備もしてあるよ」

「本当だわ……こっちも楽しみにしていたのは本当みたいね」

「まるで子供だよ」

「本当まるで子供……」

 たかしとマリ子は同時にため息をつくと、静かにドアを閉めた。

「もう無理。これ以上見てらんない……。気持ち悪すぎ……。あれが大学生の寝方?」

「同感……。まさかタオルケットまで買ってるとは思わなかった……。しかも今日撮ったナレーションをループ再生しながら寝てた」

 それからたかしとマリ子は、冷めたテイクアウトの料理を食べながら、明夫の愚痴を言い合って夜を過ごした。






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