22話:本当に行くの?
「レンタロー、スパナ取ってくれ」
「おう」
「レンタロー氏、こっちにもスパナが欲しいでござる~」
「ちょっと待て、確かもう一本あったはずだ」
「悪い、レンタロー、スパナが欲しい」
「シェアリング精神皆無かお前ら!?」
朝から野郎4人で油にまみれている。
『超大皿亭』横に天幕を設置し、その中で我らギルド『一箱』はワンボックスカーの横でひたすら作業をしていた。
所謂DIYというやつだ。
というのも、
「廃人街道な。あそこは松明必須だぞ。常に明かりを絶やしてはいけない。光がなければあっという間に『廃人』だ」
と、フォードさんに助言を受けたためだ。なんでも常に瘴気が溜まっており、街道の暗闇は精神を病ませる効果があるそうだ。
つまりはダークなソウル的な場所らしい。
「『廃人街道』では歌を歌え。光を灯せ。それが鉄則だ。『気分が落ち込む』なんてことになってみろ。そのまま生きて帰れないと思え」
というわけで車のライトやらなんかを強化改造している。
こういうのは夏人が詳しい。
リア充系の趣味ならば大体網羅している頼れる男だ。
俺達3人は、基本的に赤毛のイケメンの指示通りに動いている。俺は主に小道具を運ぶ役だ。あとドリンクを持ってきたりする。適材適所ね。
だが、そんな我らがリーダーはなんだかテンションが上がりきらないようだった。
「つかさー、行かなきゃだめかな? 全然面白そうじゃないし名前不穏だしよー。なんか俺様、すげえめんどくなってきたんだけど。ぶっちゃけもう魔王とかガン無視してよくね……?」
こいつ、自分から計画を立てる分にはノリノリになるのだが、他人に自分の予定を調整されると一気に萎えるタイプだ。
気持ちはわかるが。
てか罠じゃんね。絶対罠じゃん。俺も行きたくない。もうやめない? 行くの。
「いやいやいや! その場合【魔王】が6体も襲ってくるんでござるよ!?」
「待て、パットン。実を言うと、レンタロー達の意見も正しい面もあるんだ。当然、君らにも考えがあるんだろう?」
「マジかよ。俺テキトー言ったわ」
俺も。
「…………」
「ほ、ほら。拙者は信長氏の考え聞きたいでござるな……」
「……まあ、いいんだけどさあ。緊張感ないよね君ら。ええとだね、つまるところ魔王達に呼び出されたからといって、僕らは無事に帰れるのだろうかということだよ」
「それな。完全にカツアゲされてお前らはもう用済みだってパティーン」
でもよ。一応【大魔王】の夏人がいるんだから、味方になってくれる可能性もあるんじゃないか?
「仲間を倒されてるのにかい? それに【勇者】のパットンがこちらにいるのを忘れてはいけないよ。最悪のケース夏人だけ勧誘されて、敵対を強いられるとも考えられる」
「もうめんどくせえから【魔王核】なんて渡しちまってもいいけどな」
「そうだね。僕も正直、七核大戦なんてものには興味はない。それはそうとして、だ。6人の魔王とどうせ敵対するなら、だ。敵の本拠地に行って孤立するよりもこの『鼎立都市』に篭って、フォードさん達の力を借りた方がいいんじゃないかってことだ」
「わかったでござる。つまり『はさみ打ち』の形になるな…」
「ならねえよ! 話聞いて!」
ハハハ。ワロス。
つまりアレだろ、この冒険鼎立都市の住民たちを巻き込んで籠城戦やった方がいいんじゃねえかってことだろ。
一理あるな。またレイド戦って感じにしてもらえば、案外喜ばれるんじゃねえか?
そこんとこどうなんです? フォードさん。
「いやお前らなあ。そういう暗黒系の密談は、少なくともこの都市神のいないところでやろうぜ。割と極刑受けるぞそういうの」
「私以前に貴方が率先して止めなさい! まさか【魔王】達がこんな動きをしてくるとは……ああ、もう頭が痛い……」
どうもっす。
フォード氏が笑って、フェリシダ様がキレていた。
夏人のやつがニュッと車の下から顔を出した。
「え。うわ。フォードさんとフェリシダ様じゃないっすか。何しにきたんすか? ほらレンタロー、お茶。お茶出したげて。熱いやつ。お二人とも、しゃっせー」
「どもでござる」
なんか、最近このクソ偉い人達に対する態度が、どんどん「馴染みの取引先が来た」レベルになっている我々である。
フォードさんが何だかんだと『超大皿亭』に飲みに来て、その迎えにフェリシダ様が来るものだから、お二人のレア度が低く感じてしまうのだ。
『超大皿亭』の看板娘・シエルちゃんが近頃、妙に胃薬の素材となる薬草のクエスト依頼をしてくるのとは、無関係だと思いたい。
「気遣いはいらんぞ。君らに協力してやろうと思ってな……ああそうだ、以前、このクルマに魔術付与をしたから、仕様書を持ってきた」
フォード氏が渡した羊皮紙を手に取り、フェリシダ様がバーンと、広げた。
「最高峰の《迷彩魔術》……その明細というわけです!」
「…………」
「……………!?」
あっ。はい。
聞かなかったことにした俺達は、スネをゲシゲシとフェリシダ様に蹴られるフォード氏より説明を受ける。彼の入れ知恵か。
俺達が、というか信長君が説明を受ける。
こういう場合、真面目眼鏡が話を聞いていてくれるから大丈夫だという信頼感があるからな。
よって、俺はパットン氏とガンダムの話をしていた。
昨晩の夜、妙に白熱したトークの名残のようなものだ。
「それで結局、レンタロー氏はどのシリーズが好きなので?」
「やっぱり初代……」
「あっ出た。そういうのよくないよレンタロー氏。絶対通ぶるためだけに言ってるでしょ。それ。初代って言っておけば喧嘩にならないという姑息さ。よくないと思うでござる」
「オタクめんどくせえなマジで……つってもちゃんと観てたシリーズあんまねえんだよな……」
「拙者、わかるからね。好きなシリーズで大体の人間性わかっちゃうから。秒で。さっさと語るに落ちるでござる」
「落ちることは前提なの? えー、じゃあAGEとW……」
「えっどういうチョイスでござるか……わからぬ……」
「一番にお前が落ちてるやん……」
とかやってたら、フォード氏の説明が終わった。
「というわけだ! 例え【魔王】相手だろうが君たちの旅は、安心安全のFM商会に守られている!」
「成程……それは便利ですね」
「おおー! すごいでござる!」
すごーい!
聞いていたことにした俺達は拍手でフォード氏を讃える。信長の目が怖いがスルーした。あとで詳細プリーズ。
だが夏人は憮然とした表情で食い下がった。
「てかもう、そこまでするなら増援くださいよ増援! 俺達巻き込まれ系っつーか、【魔王】がどうのみたいな話、よくわかってないっつーか……俺らがここに居座るだけで、この都市ヤバいつーんなら、離れるメリットも欲しいっす」
「【魔王】と戦うのは【勇者】の責務です。そこの勇者がいる以上、どの道避けられない戦いですよ」
「……増援か。ふむ。この私とロバート、都市選り抜きの最強メンバーを護衛につけてやれればよいのだが……」
何かを考え込んでいたフォード氏が視線を向けたのは、意外にも俺の方だった。
え、俺? 俺すか?
「【魔王】達は先日の……【第七魔王】の顛末を知った上で手紙を送りつけてきた可能性が高いな。それに、私も含めて、この都市のトップ層は戦闘法が有名すぎる。つかめっちゃ広報したからね。みんなもう、趣味から余暇の過ごし方まで筒抜け」
「別によいのではないですか? 貴方とロバートが死んでくれれば、私としてもやりやすいです」
「ハハハ。ほざけ駄女神。要は敵さんの予想を外すような、しかも強い護衛が望ましいというわけだ。てかお前行けよもう駄女神」
「ウフフ。嫌です」
イチャイチャすんなや。
なるほど、名前が売れすぎるのも考え物らしい。
それにしてもフォード氏がちらちらコッチを見て……えっやだ怖い。ものすごく嫌な予感がするんですけど。
友人たちの視線も俺に集まってきた。「ほらお前、さっさとフォードさんに何考えてるのか聞けよ」って視線である。すごく嫌だ。
「レンタロー君、君ならあるいは……あの男を雇えるかもしれんな」
「……よもや、フォード、貴方、アレを解き放つ気ですか?」
夏人がコクリ、と首を縦に振った。
「せっかくなら美人がいいです。てかまた男!? そろそろ美人の女の子達でハーレムになるころじゃない!?」
全くだよ。俺も心の中で同調する。
ただでさえ男4人のむさくるしいパーティなのに、これ以上男を護衛に加えてどうするんだ。
つか何故に俺。明らかにおかしいでしょ。俺じゃなきゃだめ、みたいな要素一つもないでしょ。大人物に認められるような特別な人間性とか何もないっつーの。
「女の子がいい! こう……可愛い女の子のSランク冒険者を見繕ってください! 後生ですから!」
「黙れ赤毛。あの、非常に助かります。ちなみに、その人ってどんな人ですか?」
「人ではないですね」
「半分は、な。いや、今は6割くらい人間ではないんだったか? まあいい。とにかく、そいつを雇えればすごいぞ。なにせ『世界最強』とすら呼ばれている」
そして、フォードさんはあっけからんと笑った。
屈託のない、あまりにも爽やかな笑顔だった。
都市長は、地獄のような言葉を、まるで一筋の光明のように、言ってのけた。
「まあ会いに来る奴会いに来る奴をぶっ殺して、今はこの都市の『牢獄迷宮』に自発的に引きこもってるんだが……レンタロー君、君ならやれるさ! で……いつ、勧誘に行く?」
俺はポリポリと頭を掻いて、にこやかに笑って言った。
「今じゃないでしょ」
色々あったが更新していきます。




