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15話 農業国にて

 アデムが機械国グレゴリアードの前線砦にやってきたこと、そして魔族を攻撃していることを、農業国アグルダイルは通信を受けて知った。

 この知らせを執務室で受けて、ホルディ王は安堵する。


「王都の街や農作物と砦などに被害は出たものの、役目は果たしてくれているようだ」


 呟く王の横で、宰相も肩の荷が下りたような表情をしている。


「このままアデムが魔族を駆逐してくれると、大変に喜ばしいですな」

「そうなったらなったで問題があるであろう。敵意を向ける先がなくなったとき、あのアデムは人間を襲うようになるかもしれぬのだ。その際に対処する手段であった、必滅の魔法陣とやらの再現が、主要な人員が死にあの者の精神が壊れてしまったために困難となっておるのだぞ」

「……重ね重ね、王宮魔法師の魔法陣改良部の老人の頭が壊れてしまていること、残念ですな。あの者が健全であれば、アデムを御せたかのやもしれぬのですから」

「いや、あの者の精神が壊れたのは、操ろうとした結果であろう。神話においても、神を操ろうとした者は精神を病むモノと決まっておるしな」


 ホルディ王は頬杖をつき、話を続ける。


「どうにか、あの者の知恵だけでも魔法で引き出せぬだろうか。出来ると目算さえつけば、魔力は魔法陣で王都中から集められるぞ」

「人の頭の中は摩訶不思議なものゆえ、死者を蘇生するよりも難しいと見解が出ておりますれば、無理でしょうな」


 ホルディ王と宰相がそうして話し込んでいると、執務室の扉が叩かれた。


「機械国より至急の知らせでございます!」

「入るがいい」


 伝令が慌てて執務室に入り、扉を開け放ったままで、王と宰相の前で膝をつき首を垂れる。


「機械国の前線砦、魔族とアデムの戦いの余波で壊滅したとのことです。状況の確認のため、機械国本国より人員が派遣されるとのことです」

「むむっ。それはいかんな」

「はい。アデムが壊したのだからと、賠償を求められる心配がございますな」

「しかしそれほどの余波を発生させる戦いだったのだ。アデムがあげた戦果もあろう。賠償の話は、その功績を汲んでもらわねばならぬ」

「では、この伝令に命じ、機械国への返答は詳しい調査の後で改めて話し合うということで――」


 宰相の言葉の途中で、執務室に別の伝令が現れた。


「至急、王と宰相にお伝えしたいことが起きました!」


 礼儀を失するほどのあまりの焦りっぷりに、ホルディ王は苦笑いする。


「こちらの返答を待たずに、機械国が何か言ってきたのか?」

「そちらではなく、あの地竜を呼び出した咎で牢に入れていた老魔法使いが正気に戻ったのです! それだけでなく、王に面会を求めております!」


 突飛な報告に、ホルディ王と宰相は顔を見合わせ、揃って二人目の伝令に顔けなおす。


「あの者が自意識を取り戻して、そのうえで面会を求めているだと?」

「昨日まで開いたままの口から涎を垂らすことしかできなかった者が、質疑応答できておるというのか?」

「長い間自失していた影響なのか、認識が少しズレている印象はありますが、ちゃんと受け答えをしております。そして重要なことを伝える必要があると、王との面会を求めているのです」


 にわかに信じがたい事態だが、あの老人の意識と知識が元に戻ったのであれば、いま農業国が抱えつつある問題の解決が見える。

 ホルディ王と宰相は、二人目の伝令に謁見の間で面会することを決め、老魔法使いを連れてくるように命じたのであった。




 謁見の間にてホルディ王と宰相は、やってきた老魔法使いを観察していた。

 大怪獣アデムを召喚した直後と同じ、土汚れに塗れた灰色ローブを身にまとっている。しかし、自意識を失って虚空を眺めて続ける存在に成り果てたはずが、いまは目に役目を果たそうという意思を漲らせている。

 ホルディ王は老魔法使いの意識が確りとしていると見取り、宰相に目で合図を出す。


「王に申し上げた気ことがあると面会を求めたそうだが、どんな話を聞かせてくれるのか?」


 宰相の問いかけに、灰色ローブの爺は笑い声を出しながら跪き、そして頭を下げる。


「くつくつくつ。あなた様がたに、良い知らせと、悪い知らせを、一つずつお知らせしたく」


 前に面会したときとは少し違った会話の印象の彼に、王も宰相も訝しむ。だがその点を指摘せずに、話を前に進めることにした。


「良い知らせと、悪い知らせとな」

「はい。良い知らせというのは、この国が召喚した『あの地竜』が魔族を撃退し、戦線を下げさせたというものです」


 その知らせに、ホルディ王は気色ばんで問いかける。


「本当か!? そんな知らせ、機械国からは伝わっておらぬぞ! どうしてそのようなことを知っている!?」

「それはこの目で見たからに御座います。ああ、あの地竜の目を通してという意味ですが」


 付け加えられた説明に、ホルディ王は疑問顔になり、すかさず宰相が言葉を紡ぐ。


「どういうことか、詳しく説明せよ」

「あの竜に、この私の操作術は機能しませんでした。ですが、主従の繋がりは残っておりました。その繋がりを通じて、景色を見ることができたのでございます」

「……茫然自失していたあの状態でか?」

「自意識が壊れていようと、観測することは可能でございます」


 どこか嘘くさい説明だったが、ホルディ王と宰相は魔法の知識に疎く、そんなこともあるのだろうと納得した。


「なるほどの。アデムは役目を果たしたと考えていいのう」


 宰相の言葉に、老人は首を傾げる。


「アデム、でございますか?」

「ん? ああ、お主は自失しておって知らんのだったな。お主が言うとこの地竜の名前じゃよ。あの威容と破壊力から、異世界の神の名を与えておるのだ」

「なるほど。納得でございます」


 老人が頷く姿を見やりながら、宰相は更なる質問をぶつける。


「それで、アデムはいまどうしておる?」

「魔族との戦いで負傷し、いま現在、動きを止めております。恐らくは、体力の回復に努めているのではないかと」

「推測混じりの言葉だが、魔法の繋がりでわかるのではないのか?」

「竜の感情や気持ちを理解できるはずがございませんので」


 老人は頭を下げ直しながら、蹲る足の座りが悪い様子でずりずりと膝を動かし、体を少し前に前進させた。ホルディ王と宰相はいままで気付いてなかったが、謁見開始にいた地点より、老人が跪く位置が近寄ってきていた。どうやら人知れず、徐々に近寄ってきていたようだ。

 宰相はすぐに接近を見咎めて、護衛の騎士に視線を飛ばす。ある一定の距離まで老人が近づいたら牽制しろと、その騎士に言葉なく命じた。

 その後で、何事もなかったかのように、質問を続ける。


「アデムのことは一先ず置いておくとしよう。それで、悪い知らせとはなんなのだ?」

「……余人には聞かせられないことゆえ、人払いをお願いしたいのです」


 ホルディ王は望みを叶えようと身振りをしようとするが、宰相がすかさず声に出して阻止する。


「ならぬ。ここにいる者たちは忠義厚き者のみ。お主がどんな情報を伝えようと、外に漏れることはない。安心して話すがよい」

「……わかりました。ではお話をする前に、まず見ていただきたいものがあるのです」


 老人は衣服をまさぐり、そして目当てのものが見つからないかのように、ぱたぱたと手で体を叩き始める。その間にも、地面に着いている膝で、ずりずりと前に進んでいく。

 そしてホルディ王と宰相から約十メートルの距離まで近づいたところで、傍に控えていた騎士が走り寄り、老人の首に槍の穂先を突きつけた。


「それ以上近づくことは、まかりならんぞ」

「いえいえ。これ以上、必要はなくなりました。目当てのものは、見つかりましたので」


 老人はにっこりと笑顔を浮かべると、突きつけられている槍を握った。

 騎士は咄嗟に引き戻そうとするが、万力で固定されているかのように動かない。それどころか、立ち上がった老人が放った蹴り一発で、槍を手放して後方へ吹き飛ばされてしまう。

 まさかの暴挙にホルディ王が呆然としている中、老人は体に魔力を漲らせて槍を投擲する構えをする。


「王! お下がりを!」


 宰相が身を挺して庇うべく、ホルディ王の前に出る。その直後、老人が槍を力いっぱいに投擲した。枯れて細い腕だというのに、熟練した騎士の槍投げに勝るほどの力強さだ。

 投げられた槍は、狙いを間違ったのか、宰相とホルディ王のすぐ横を通過して後ろにある壁に突き刺さった。


「なにを、血迷ったか!?」


 ホルディ王が思わず告げた言葉に対し、老人は笑みを深める。老体に不似合いな力を魔力で無理やりに発揮したために、投擲に使った右腕は折れてしまっていた。


「くくくっ。おめでたいな、人間の王よ。まだこの場に立っているのが、なんであるか気付かないとは」


 老人はやおら無事な左腕を上に向ける。すると魔法の呪文もなしに、巨大な火の球が生まれた。

 人間業ではない真似を見て、宰相は持ち前の知能から導き出した答えを口にする。


「まさか貴様、老魔法使いに成り代わった魔族か!?」

「くくくくっ。ただの魔族ではない。我が名は、魔王マフィコイン! あの地竜――アデムとやらの中に精神体として入り込み、魔法の繋がりを辿って、この老人の体を動かしているのだ!」


 衝撃的な宣言と共に、掲げている腕の先にある火球が一回り大きくなる。そこから放たれる熱波によって、広い謁見の間が猛暑の有り様に変わる。

 宰相は上がる体温を下げるための汗と、魔王を前にした冷や汗を同時に流しながら、周囲に怒声を放った。


「騎士たち、なにをしておるか! 王を守らぬか! そやつを殺さぬか!」


 その声に弾かれたかのように、傍に控えていた騎士たちが武器を手に走りだす。あるものは王と宰相の前で盾を構え、あるものは魔王を名乗る老人へ槍や剣を突き出す。

 ここで老人がニヤリと笑う。

 騎士たちの初動は遅きに失してして、タイミング的に老人の身を刃で貫くことができるのは、火球の魔法が発射された後になることは確実だった。そのことを自覚し、勝利を確信して笑ったのだと、謁見の間にいる誰もが考えた。

 しかし現実は、突進した騎士たちの武器があっさりと老人を貫き、空中に浮かんでいた火球はなんの成果もあげないまま消え去ってしまう。

 誰もが予想と現実の違いに状況を理解できていない中、四方から刃で貫かれている老人の口から笑い声が上がった。


「くっくっく、礼を言うぞ、馬鹿な人間たち」


 口から血を吐きながら笑う老人に、ホルディ王は口をわななかせながら問いかける。


「な、なぜ自分から討たれるような真似をしたのか?」

「くく――ぐふっ。それはな、この老人が邪魔だったからだよ」


 途中から老人らしい口調から、魔王マフィコインらしい口調に変わりながら、説明を続けていく。


「僕は倒された直後、最後の力を使って分離した精神体と残った魔力を琥珀に保存し、それをアデムに与えることで、人間にかけられた魔法を解こうとしたんだ。『人間の命令を受け入れる』という部分は、破たんしかけていたからあっさりと解除できた。だけど『魔族に敵対意識を与える』という部分は、単純なだけにしっかりとした構造でね、力を使い果たしても解けそうになかったんだよ」


 ここでまた血を吐きながら、老人に憑依している魔王マフィコインは続ける。


「だから発想を変えたんだ。自力で魔法が解けないのなら、魔法をかけた人物を殺すことで解除しようとね。けど自殺はこの老人の肉体が本能で拒否してくるものだから、こうして一芝居打つ必要があったのは最後の難点だったよ。けど、君たちのお陰で、こうして達成できた」


 マフィコインは事情を言い終わると、力を使い果たしたかのように膝から地面に落ちて、横倒しになった。

 ホルディ王と宰相は、告げられた内容を理解するや、周囲へ声を荒げる。


「騎士たち、その者を死なすでない! 傷の止血をせよ!」

「だれか治療師を呼んでくるのだ! 魔法の治療薬でも構わぬ!」


 謁見の間が慌ただしくなるが、マフィコインは老人の口から笑い声を放つ。


「くくくっ。これからどんなに手を尽くそうと無意味だよ。この老人の肉体はもうすでに死んでいる。こうして喋っていられるのは、僕が魔力で操っているからだ。そして僕が琥珀の瞳に残した魔力も、もうなくなってしま――」


 言葉の途中で、老人の口が動かなくなった。

 騎士の一人が慌てて手袋を取り、老人の首筋に指を這わせて脈を確認するが、感じ取れない。慌てて心肺蘇生しようとするが、仰向けにした胸を力強く押した瞬間、武器でつけた傷からの出血が増して、止血に使っている布から血が染み出でてきた。


「……手の施しようがありません」


 騎士が残念そうに告げると、ホルディ王は玉座に深々と腰を落とし、悩みに沈む表情になる。


「魔王め。なんという最後の置き土産をしてくれたのだ」

「ですが王よ。魔王は、あの老魔法使いの魔法を解いただけでございます。これでアデムが魔族と戦うことはなくなるでしょうが、それだけのことでは?」


 宰相はそんな予想を口にだしたが、持ち前の頭のよさゆえか、言った本人が欺瞞を感じているような口調だ。

 宰相が楽観する言葉を放った以上、ホルディ王は自分の口で人間にとって最悪の予想を告げる羽目になった。


「アデムは、敵意を誘導しただけで魔族へ一直線に移動し、進路に邪魔なものがあるだけで破壊するような生き物だ。自分を操っている者がいたと知ったら、報復せずにはいられないはず。それこそ、人間全てを滅ぼしてしまうかもしれん」


 最悪の最悪を口にしてから、ホルディ王は人間が生き残る手段を講じなければならなかった。


「老魔法使いが作り上げていたという、必滅の魔法陣を探し、再現できるようにせよ。これは王命であり、何事にも優先されると心得よ」


 王の命令だが、謁見の間にいる全員の反応は鈍く、すぐに動き出す者は皆無だった。

 そこで宰相が喝を放つ。


「なにをしておるか! 王命は下ったのだぞ! さっさと動かぬか! ええい、死体の始末など後でよい! 魔法陣改良部に必滅魔法陣の捜索の進捗を突きに行かぬか!」

「「は、はい!」」


 騎士たちは大慌てで謁見の間から走り出て、廊下をバタバタと進んでいく。

 そんな彼らの様子を、ホルディ王と宰相はため息交じりに見送る。そして、別の者をベルの音で呼び出して、謁見の間の掃除を言いつけ、執務室へと引き上げる。

 その後、衝撃的な事実と絶望的な未来を前に、ホルディ王も宰相も日課の書類仕事を始めるために、アルコールが強い酒で気付けを行わなければ踏ん切りすら付けられなかったのだった。


と、ここまでが前半です。


次話からが後編。

大怪獣、異世界蹂躙劇が始まります。お楽しみに。

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