13話 対決――魔王マフィコイン 対 大怪獣アデム 前編
大怪獣アデムの短くも鋭い破壊光線の投射が、とうとうドゥルホボウの翼の骨組みに当たってしまった。片方の翼の先の部分が消し飛んで、一番外側の皮膜が緩み、空中に浮くための揚力がうまく得られなくなる。
『しまった!?』
ドゥルホボウは翼の無事な部分に魔力をみなぎらせて、失った揚力を力技で発生させて、空中で態勢を整えようとする。
そうして身動きが鈍っている間に、アデムは次の攻撃の体勢に入っていた。口内に光を溜めて、破壊光線の狙いを整える。そして破壊の光で射抜こうと、口を開いた。
ここで横から氷の魔法攻撃が飛来して、アデムの顔に衝突。衝突の威力で、口の位置が横に向いてしまう。この魔法の威力は、明らかに術魔将ジェクンスタが放ったものよりも強力だった。
「キィィィグルゥゥゥゥゥ」
アデムは口に溜まっていた破壊光線を消しながら、痛みにうめくような鳴き声を上げる。そして魔法を放ってきた人物を確認するために、顔を巡らせる。視線の先にいたのは、捻じれた杖を持つ男性――魔王マフィコインだった。
「さて、ドゥルホボウへの止めの一撃は阻止できたね」
マフィコインは杖を手の中で一回ししてから、再度アデムに突き付ける。そのうえで、魔法で拡声して告げる。
『ドゥルホボウは下がっていい。この相手は、こちらが引き受けるから』
『地竜を倒すために、魔王様が出陣なさるなど!』
非難めいた言葉がドゥルホボウから出るが、マフィコインは取り合わない。
『君、胴体に直撃は受けてないけど、翼がボロボロでしょう。このまま戦いが進めば、万が一のことがある。そうなったら竜激将と四魔将の二人、多数の兵が死者として計上されてしまう。それは許容できない損失なんだ』
『魔王様は、自分がこの地竜に負けると!?』
『正直に評価して、君は勝てるのかい?』
マフィコインの言葉は、悪意や変な意図のない、純粋な問い返しだった。
だからこそドゥルホボウは、咄嗟に言い返すことができない。感情に任せて言い返すには悪意への反発心が足りず、冷静な分析で返答するにはアデムに対する勝算が薄かったために。
『……難しいでしょうな。勝利を得ても再起困難な傷を負い、運と状況が悪ければ相打ちでしょう』
『ははっ。『良くて相打ち』と言わないあたり、君らしいよドゥルホボウ』
マフィコインは苦笑を漏らした後で、真剣な顔で命令を下す。
『下がれ、竜激将ドゥルホボウ。これは魔王としての命令であるぞ』
『……命令、承りました』
ドゥルホボウはボロボロになっている翼をはためかせると、魔族たちが撤退する方向へ飛んでいく。
飛んで逃げようとする相手に、アデムは破壊光線を放とうと口を開ける。しかしその行動は、魔王による魔法攻撃で再び阻止された。
アデムが行動を邪魔されて睨んでくる中で、マフィコインはドゥルホボウへの言葉を付け加えた。
『僕にもしもの場合がおきたら、この後の魔族を君が率いてくれ。まずは食料生産と人員拡大で地盤固めして、余裕ができたら再侵攻だからね』
『言葉は聞きいておきますが、魔王様は無事に帰ってくると確信しておりますので、その命を実行することはないでしょうな』
『相変わらずだなあ。なんにせよ、頼んだ』
飛び去っていくドゥルホボウを見送って、マフィコインは拡声の魔法を止めながらアデムに向き直った。
「嫌だなぁ。そんなに熱心に見つめられたら、この体が燃えてしまいそうだよ」
マフィコインは言いながら杖を一振り。魔法が展開し、その体が宙に浮いた。やがて高度が、アデムと水平に目と目を合わせるところへ。
「悪いけど、君の暴虐を止めさせてもらうよ。魔王の名に懸けてね」
「キィィィィィィシイィィィィィゴォォォォォォォウアァァァァァァァァ!!」
アデムは、やってみろとばかりに吠えると、体を反転させて尻尾で攻撃する。
マフィコインは、大木の幹より太い尻尾をの軌道を見切って、魔法で飛翔して避け切ってみせた。そのうえで、お返しとばかりに杖の先から、炎、氷、宝石、それぞれの柱を生み出して、すかさず発射。その全てを命中させる。
アデムは魔法攻撃で体が大きく傷つくが、再び湯気のような煙が傷口から生じ、徐々に損傷が復元されていく。
マフィコインは、その復元スピードに眉を寄せる。
「その七首竜以上に凄い再生能力は厄介だな――」
マフィコインは言いながら、目を眇めてアデムを『強く』観察した。
「――なるほど、君は『異世界からの来訪者』だったのか。それなら、その再生の速さにも納得がいくな。そして、この状態のまま相手にするには、分が悪いということも分かった」
マフィコインは宙を飛翔して距離をとると、体の周囲に四重の魔法陣を展開する。
アデムは追いかける素振りをしたが、結局は脚を止めて状況を観察することにした。
その間に、魔法陣からは輝く粒が噴き出し、マフィコインの体を覆いつくす。そして、ドゥルホボウが竜と化したときと同じように、輝く卵のような形になる。しかしそれからの変化は、竜化のときとは違っていた。
輝く球形の上に切れ込みが入ると、引き剥かれた玉ねぎの皮のように、ペロリと外側が捲れて垂れ下がった。その現象は連続して起きていき、やがて姿は硬い蕾が綻んで大輪の華を咲かせたかのように。
その宙に浮く魔力の華は、秒ごとに大きさを増していき、アデムの上半身を包み込めそうな大きさへ。そして華の下部が割れて、一本一本が樹木の幹ほどもありそうな根が多数生え、地面へと伸び下りる。しっかりと根が地面に降り立つと、魔力の華の輝きが散っていき、中身が現れる。
出てきたのは、バラのような形の超巨大な華を頭に乗せた、二十メートル大の男性を形作り磨き抜かれた木像のような存在。華を頭上に固定して支えるかのように、触手のような樹木の根と蔓が像に巻き付き、地面へと伸びている。
およそ仏像を使った前衛芸術のような見た目だが、これこそマフィコインの真の姿である。
その像――マフィコインの意識がある場所の目が開かれる。変身前は人間と変わらない瞳だったが、いまは琥珀を丸く磨き上げたハチミツ色の眼球がはまっている。
『最初から全力で行かせてもらうよ。見た目通りに、こちらは植物だからね。君のように、火を纏う相手には相性が悪いんだ』
「キィィィィィィシイィィィィィゴォォォォォォォウアァァァァァァァァ!」
マフィコインの挑発を受け、アデムは力強い咆哮を飛ばす。そして自分から挑みかかるように、重々しく一歩前へと踏み出したのだった。
怒りを露わに接近してくるアデムに対し、その動きを同じ視線の高さで見つめるマフィコインは冷静だった。
『その燃える肉体に抱き着かれるのは、とても痛そうだからね』
そんな呟きを漏らしながら、触手のような根の一つを高速で振るって打ち据えた。
「キィィシィグルルゥゥゥ!」
アデムはその一撃で後ろへ押し飛ばされ、あっという間に踏み込んだ分の距離を失ってしまった。
一方で、攻撃したマフィコインも痛手を受けている。
『一番細い根を使ったのだけれど、十分に水分がある根が一発当てただけで燃えてしまうとは思わなかったな』
マフィコインが眼前に掲げた根は、アデムを打ち据えたところが炭化して燃え上がっていた。それ以上延焼が起きていないのを見れば、普通に火をつけただけでは燃えたりしないことがわかる。それにも関わらず一瞬触れただけで燃えてしまうほど、怒るアデムの体温が高いという証拠でもあった。
『接近戦と物理攻撃は、止した方がよさそうだ』
マフィコインは自戒を込めて呟くと、燃えている部分の根に魔法で凍り付かせる。一瞬にして火が消え、そして氷の中で炭化した根が再生していく。そしてすぐに氷が割れ、攻撃する前と変わらない根の姿が現れた。
『では、君を接近させないように、魔法攻撃主体で戦わせてもらうよ』
マフィコインは戦う相手に礼儀を尽くすために告げ、頭上の華と体を支える根と蔓の半数を持ち上げる。根と蔓の先は、アデムへ向けられる。
そして、それら数十の先端に割れ目が生まれ、そこから声が出てくる。
「ベヴロレン、グランゼンダ「ドンカァ「サアアイ」ディエップ」グロエンロゥド「ゲェル、スチル「ルイドルティチグ「クラケンド」ラッケンド」スキエテンド」
根と蔓の口たちは、それぞれが違う呪文を唱える。そんな雑踏のざわめきのような言葉の羅列が進んでいくと、根と蔓の先に魔法の輝きが生まれた。その数十の輝きは、全て魔法攻撃である。それも一発一発が、術魔将ジェクンスタが渾身の魔力を込めて作り出すようなものばかりである。
そんな魔法たちが発射を今か今かと待っていると、根と蔓の口たちが異口同音に同じ呪文で言葉を締めくくった。
「「「マニフェスタティエ!!」」」
大合唱による厚い言葉の圧力に押し出されるようにして、魔法たちは宙へと発射された。もちろん向かう先は、再度マフィコインに近づこうとして来ている、アデムである。
着弾した魔法たちは、次々に己の現象をまき散らす。炎は爆発して破壊と延焼を、氷は突き刺さって周囲を凍らせ、硬石は肉体を貫通してから割れて傷口を広げる。
そして魔法が放たれた直後には、再び根と蔓たちが呪文を語り出し、間髪入れずに二発目が発射された。
絶え間なく降り注ぐ魔法攻撃に、アデムは痛みと怒りを訴える声を上げる。
「キィィィィィィシイィィィィィゴォォォォァァァァァァァァ!」
アデムは鳴きながら、魔法の圧力に押されて、一歩二歩と下がる。その後で、これ以上は下がるまいと語るように、両足に力を込めて踏ん張ってみせた。そして降り注ぐ魔法の群れに挑みかかるかのように、一歩一歩前へと体を運び始める。
魔法の連打に、肉体派爆破され、凍らされ、穿たれ、抉られるが、肉体の再生力任せに前へと進んでいく。
そんなアデムの意地の行動の迫力に、今度はマフィコインが気圧されて退いてしまう。
『くっ。やはり来訪者だけある。耐久力が化け物だ』
マフィコインは苦々しく呟きながら、いまの魔法攻撃では効果が薄いと判断した。
いままでは体を支え移動するために半数、攻撃に半数と、蔓と根を使い分けていた。しかしここで、三分の一を移動と体を支えるために、さらに三分の一をいままでと同様の魔法攻撃に使う。そして残りは、三本一組になるように縒り合わせていく。そしてより合わさった三本は、異口同音に魔法の呪文を唱え始める。
「「「サメンウェルク、フェノミィン、ゲブールテ、エンロン、グルウム――」」」
呪文が進むにしたがって、縒り合わさった三本の蔓ないし根の先には、いままでマフィコインが放ってきた魔法とは力強さが段違いな輝きが生まれ始める。そして、やがて出現して発射待機状態になった魔法現象――火炎や氷に鉱物の大きさもまた、いままで以上のものとなった。
「本来なら魔法使い三人以上が息をピッタリと合わせなければ使えない秘儀――【同調増幅魔法】を食らえ!」
「「「マニフェスタティエ!!」」」
蔓と根たちが異口同音に呪文を紡ぎ、マフィコインの必殺魔法を射出した。
同調増幅魔法は目にも止まらない速さで空中を進み、軌道の途中にいた他の魔法を蹴散らしながら、アデムに着弾する。
強化された炎の球は、大爆発と共に火に耐性のあるアデムの肉体の一部を炭にした。氷の柱は突き刺さるや、周囲を瞬間的に氷結させ、そして灼熱の体温にさらされようと一向に溶ける気配がない。硬石の刃はアデムの腹に深々と突き刺さると四方八方に棘を出現させて、傷口をさらに傷つけながら抜け出ないような形状に変化した。
これほどの痛手はアデムでも辛いものがあったのだろう、片膝が自然と曲がり、地面に膝をついてしまっていた。




