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大艦隊

 王国が戦場に定めたのは、大地から離れた海上だった。


 そこに浮島を運び込み、補給や整備を行い戦う準備を進めている。


 使用した浮島は、リオンが見つけた浮島だ。


 一度は王国の手に渡り、その後に帝国との戦争で再利用するために大幅な改修が行われた。


 飛行船から王国の大艦隊を見るのは、ニックスだ。


「親父、上も下も飛行船ばかりだぜ」


 前後左右、そして上も下も王国の飛行船が浮かんでいる。


 これまでにも戦場を見てきたニックスだが、味方の数の多さに驚いていた。


 それはバルカスも同様だ。


「俺もこんな数は初めてだ」


 飛行船の艦橋では、バルトファルト家の船乗りたちが緊張した様子で持ち場についている。


 船長がバルカスに話しかけてきた。


「それにしても、リオン坊ちゃん――おっと、リオン様がこれだけの飛行船を率いるとは考えてもいませんでしたよ」


 バルカスが髪をかく。


「本当にあいつは突然変異だよな。まさか、俺の子供がこんなことになるとは思わなかったぜ」


 ニックスも同様だ。


「これだけいれば、帝国にも勝てる気がしてきたな」


 リオンの浮島からは、改修が終わった飛行船が飛び立っていた。


 無償で整備と補給、そして改修が急ピッチで行われている。


 そんな浮島の下部から、大きな飛行船が姿を現した。


 ニックスは出て来たパルトナーを見て腰に手を当てる。


「あれ、パルトナーだよな? なんで、でかい筒がいくつもついているんだ?」


 改修されたパルトナーの他には、平べったい飛行船も出てくる。


 空中空母のファクト本体だ。


 他にも王国の飛行船と形の違う飛行船――いや、宇宙戦艦たちが出てくる。


 バルカスは額に手を当てる。


「古代の兵器だったか? 人がいなくても動くとか、ご先祖様たちも凄いな」


 ご先祖様と聞いて、ニックスが一つ思い出した。


「親父、そう言えばうちにも何かご先祖様の伝説があるとか昔言っていたよな?」


「馬鹿。こんなものを見た後に、うちのご先祖様の話をしても惨めになるばかりだぞ」


「どんな話だよ? この際だから聞かせてくれよ」


 バルトファルト家の飛行船は、戦場では前の方に配置されている。


 これはバルカスが「リオンの親族だからこそ前に出なければ、あいつに迷惑がかかる」と言ったからだ。


 バルトファルト家が後ろにいては、士気に関わるからと前に出ていた。


 つまり、死亡する確率が高い。


 この際だからと、ニックスは聞いておきたかった。


「――うちのご先祖様は、どちらかというと冒険者として成功した類いじゃない。これは知っているな?」


「戦争で成り上がった人だろ?」


「それよりずっと昔の話だ。うちのご先祖様は、外から流れてきた冒険者だったのさ」


「初耳だな」


 ホルファート王国は冒険者が認められており、ご先祖が冒険者であるならそれをアピールするのが普通だった。


「何でも仲間に裏切られたとか、そんな話だったな。だから、冒険者はこりごりだとさ。うちの島に来たのも、農業でノンビリ過ごすためだったらしい」


「何だかリオンみたいな人だな」


「そうだな。そうすると、突然変異じゃなくて――先祖返りかな?」


「でも、確かにこんな光景を見た後だと、小さな話に感じるな」


「だから言いたくなかったんだ。ま、俺らのご先祖様だから、冒険者としても有名どころじゃないだろうけどな」


 親子が談笑をしていると、通信機から耳が痛くなるような音が聞こえてくる。


 その後、人の声が聞こえてきた。


『偵察から報告! 帝国の大艦隊を発見! 数は――三千以上!』


 艦橋が一気にざわつく。


 何しろ、敵はこちらの二倍近い戦力を用意してきた。


 それに、正確な数字は分かっていない。


 下手をしたら三倍もあり得た。


 バルカスが声を張り上げる。


「狼狽えるな! 作戦通りに動けば必ず勝つ!」


 帝国の大艦隊が迫る中、ニックスは冷や汗を拭うのだった。



 リコルヌの艦内。


 広い部屋を用意し、そこに聖樹の若木を植樹していた。


 リコルヌは大気中の魔素を吸い込み、それを若木に供給している。


 若木を通してエネルギーに変換し、それをリコルヌの動力炉としていた。


 リコルヌの制御を行うのはクレアーレだ。


『魔素の濃度が上昇してきているわ。アルカディアが近付いているわね』


 その魔素を吸収し、若木に与えることでリコルヌはエネルギーを更にため込んでいく。


 若木の様子を見守るのは、ノエルとユメリアだった。


「この子でエネルギーをため込むのは分かったけど、それを何に使うの?」


 ノエルの素朴な疑問に答えるクレアーレの瞳は、リビアを見ていた。


『このエネルギーを防御シールドに使うわ。敵の攻撃から味方を守るのが、私たちの役目だからね。後は――』


 窓の外を見ていたリビアが、クレアーレに振り返る。


「王家の船の装置を使うんですよね」


 ただ、その使い道は公国との戦いの時とは違っていた。


『敵は対策を立てているから、味方に使用するわ』


 クレアーレが室内に映像を表示する。


『装置の精神干渉を通信に利用するわ。これ、魔素の影響を受けないから凄く便利なのよね』


 ユメリアが首をかしげている。


「え~と、どういうことですか?」


 そんなユメリアに説明するのは、カイルだった。


「心で会話が出来るようにする、ってことだよ」


「は~、凄いですね。はっ!? そ、それって、心の中の恥ずかしい声も聞こえるってことですか!? ど、どうしよう。カイルのこと、いつも大好きって思っているのが伝わっちゃう!」


 顔を赤らめるユメリアに、カイルは恥ずかしくて耳まで赤くしていた。


「――母さん、もう黙ってよ」


『正確には言葉を届けるだけよ。こちらは受け取れるから、それを処理して味方に状況を伝えるわ。情報処理は私も手伝うけど、リビアちゃんの負担が大きいのよね』


 それを聞いたリビアは、むしろ安堵した顔をしていた。


「私は大丈夫です」


「リビア」


 心配するアンジェがリビアの手を握る。


「すまない。私は手伝うことが出来ない」


 リビアは首を横に振る。


「いいえ、アンジェはここに来るまで頑張ってくれました。だから、今度は私の番です。ようやく、私もお手伝いが出来ます」


 アンジェが瞳に涙を溜め、それを指先で拭う。


「――私がしたのは準備だけだ。お前のように、直接リオンを助けることは出来ないよ」


「私にはその準備が出来ませんでしたから」


 二人のそんな会話を聞いたクレアーレは、マリエを見るのだった。


 思い詰めた顔をしている。


『どうしたの、マリエちゃん? お腹でも痛いの? だから、食べ過ぎは駄目って注意したじゃない』


「――あんた、私を普段からどんな目で見ているのよ?」


『え? 違うの? だって、用意したおにぎりを十個も――』


「九個よ! そんなに食べてないわ! ちょ、ちょっと懐かしくて、普段より少し多めに食べたけど」


 そんなに変わらないと思いつつ、クレアーレはマリエにも協力を求める。


『リコルヌのエネルギーをマリエちゃんにも貸すから、聖女のパワーで防御をお願いね』


「任せなさいよ。私はやれば出来る子よ。それよりもさ――この船って、どうやって動かしているの?」


 マリエが色々と聞いてくるので、クレアーレは説明を行うのだった。


 ノエルがポケットに手を入れる。


「何か一人だけ場違いに感じるわね」


 そんな事を呟くと、室内に一つ目の球体――空母型の宇宙船を管理するファクトから通信が入った。


『高熱源反応感知』


 それを聞いたクレアーレが、即座に指示を出してくる。


『シールド出力最大』


 直後、リコルヌの前方に平面的な淡い光が幾重にも展開される。


 それはまるで半透明なカーテンのようだった。


 ノエルが目を見開く。


「え? 何?」


 遠くで何かが光ったと思った次の瞬間には、リコルヌは光に包まれ激しい揺れに襲われた。



 空母であるファクトは、肉眼では見ることの出来ない敵を感知していた。


『この距離で攻撃を当ててくるか』


 ファクトをサポートするため側にいる人工知能たちが、被害状況について報告してくる。


『シールド艦、一隻大破』

『王国の艦隊の被害はなし』

『次のシールド艦を前へ』


 王国側の艦隊から、一隻の宇宙船が出てくる。


 それは、アルカディアの主砲を防ぐために用意されたシールド艦――防御シールドを展開して味方を守るための宇宙船だ。


 強力なアルカディアの主砲からも守ってくれるが、一撃で大破して沈んでしまう。


『敵、次弾までの発射時間――推定一千八百秒後』

『帝国軍の艦隊、アルカディアの前に展開』

『敵支配下のモンスター、こちらに急速接近』


 ファクトはすぐに指示を出す。


『迎撃する。機動兵器部隊を展開』


 空母から次々に無人機である鎧が出撃していく。


 そして、旧人類の宇宙船たちがその武器をモンスターたちに向けた。


『撃て』


 ファクトの命令で一斉に大砲から光学兵器や実弾兵器が放たれ、それに続いてミサイルも次々に発射される。


 モンスターの大群を貫いた光学兵器が、アルカディアを守ろうとする帝国の飛行船に迫ると――魔法障壁により守られていた。


『敵のシールドを確認』

『アルカディアの魔法障壁と断定』

『こちらの光学兵器を無効化』


 ファクトはその一つ目で、外から送られてくる映像を解析していた。


 アルカディアの周辺からモンスターたちが、次々に出現している。


 魔素を放出し、それらをモンスターとして作り替えて支配下に置いていた。


 ほとんど無尽蔵にモンスターを生産し、兵器として利用できる状態だった。


 対して、ファクトたちは応急修理をした状態だ。


 性能は万全とは言い難い。


『こちらの性能が思うよりも出ていない。――アルカディアに接近する。王国の艦隊を前進させる』


 ファクトが指示を出すと、それを受け取ったリコルヌが各艦に命令を伝える。


 王国の飛行船が動き出すが、人間が動かしているために動きに乱れがある。


 ここの練度にもバラツキがあり、オマケにこれだけの大艦隊戦を経験していないため、うまく動けていなかった。


『王国軍の評価を下方修正。前進速度を下げ、二隻を後方へ回せ』


 王国軍が前進するのにも苦労している。


 それは、数が多すぎてうまく動けないのが理由だ。


 対して、帝国軍はこれまで準備してきたのか、その動きは王国軍よりもマシだった。


 ただし――。


『帝国軍の評価を下方修正』


 ――こちらも、準備期間の割には練度が思ったよりも高くなかった。


 サポートする人工知能たちが騒ぎ始める。


『モンスターの集団、こちらの攻撃を突破してきます』

『王国軍の速度、急激に落ちました』

『王国軍、機動兵器――鎧を展開』


 その報告を聞いて、ファクトは一つ目を光らせる。


『無視して前進を優先させろ。アルカディアに接近できなければ、こちらは一方的に攻撃を受けるだけだ』


 王国軍は、帝国に近付くためにアルカディアの主砲やモンスターが突撃してくる中を突き進むしかなかった。



 帝国軍。


 アルカディアの内部にある司令室では、バルトルトが主砲の威力に焦っていた。


「この程度か」


 敵艦隊をどれだけ沈められるかと期待していたが、結果は一隻だけしか沈められなかった。


 飛行船を百隻単位で飲み込んでしまうようなビームが放たれたのに、結果が伴っていない。


 魔法生物がバルトルトに説明する。


『油臭い機械共が、宇宙船を犠牲に防いだ。だが、撃ち続ければこちらが勝つ』


 ブレイブと同じ丸い黒い体に大きな一つ目という姿だが、その大きさは直径で一メートルはある。


 主人はミアであるからと、皇帝であるバルトルトに対しての物言いもどこか冷たい。


『目覚めたばかりで、ろくな整備も受けられなかったようだな』


 主砲を防げるだけの宇宙船がどれだけあるのか分からないが、有利なのは自分たちだと言っていた。


 バルトルトは腕を組む。


「簡単には勝たせてくれないか。次はどれくらいで撃てる?」


『四十五分後だ』


「それでは遅すぎる。もっと早く撃てないのか? 予定では三十分だったはずだぞ」


『光学兵器へのシールドと、モンスターたちの生産でエネルギーを主砲に回せない。そもそも、アルカディアは完全に復活していないからな』


「王国軍がこちらに向かってきているが?」


『接触するまでに数は減るだろう』


 有利な状況ではあるが、バルトルトは不安があった。


 顔には出さないが、魔法生物たちからリオン――ルクシオンの情報が得られない。


「敵の主力はどうした?」


『ルクシオンは確認できていない。どこかに隠れて、こちらの様子をうかがっているのかもしれないな』


「すぐに探し出せ!」


 リオンがどのように動くか警戒しているバルトルトに、魔法生物は安心させるように言う。


『ルクシオンは確かに脅威だが、奴の一撃を防ぎつつ主砲を当てれば問題ない。それに、王国軍には主砲を使わずともこのまま疲弊させたところを通常戦力で叩いてもいい』


 バルトルトは天井を見上げる。


「だといいがな」


 バルトルトは思う。


(フィンから聞いた情報では、このまま終わるとは思えないな)


 魔法生物が言う。


『ルクシオンは本来移民船だった。ならば、既に一部を乗せて宇宙に逃げた可能性もある』


 バルトルトも、それならどれだけ楽かと考える。


(いっそ逃げてくれれば、こちらも楽なのだがな)


 同じ転生者だ。


 出来れば戦いたくないが、転生先と――立場が悪かったとしか言えない。


 バルトルトが命令を出す。


「全軍後退しろ。王国軍の接近を許すな」


 帝国軍は、王国軍と距離を取るように動くのだった。


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