三位一体
王都上空。
共和国から派遣されてきたのは、イデアルによって建造された飛行船だった。
あの戦いを生き延びた飛行船は、今では六大貴族たちによって分割管理されている。
その戦力を率いてやって来たのは――。
「レリア! 来てくれたのね!」
――レリアだった。
ノエルが近付くと、レリアは両手で頭を抱えている。
「私だって本当は来たくなかったわよ! けど――けど! ここであいつの敵に回ったら、絶対に酷いことになるから!」
涙を流しているレリアの側では、クレマンがオロオロとしていた。
共和国の旗艦には、聖樹の苗木が存在している。
レリアたちも、考えていることはノエルたちと同じだった。
聖樹の苗木からエネルギーを得て戦うつもりだ。
普通の飛行船よりは強いだろうし、ノエルも期待する。
「ありがとう。本当に感謝しているわ」
「――私は打算込みだけどね」
「それでもいいのよ。――私はリオンを助けたいから」
そして、レリアの側にはセルジュの姿もある。
以前よりも少し老けたように見える。
ノエルがセルジュに声をかける。
「セルジュも来てくれたのね」
セルジュはあまり喋ろうとしなかった。
「――借りを返したいだけだ」
クレマンが、ノエルに事情を話すのだった。
「ノエル様、実は共和国でも艦隊を派遣することに不満の声がありました。それを、エリク殿が黙らせたのです」
「エリクが?」
かつて自分に首輪を付け引きずり回した男が、王国のためにと軍隊を派遣したのを聞いてノエルは複雑な気分になる。
「セルジュ殿も同じです。セルジュ殿は、あれから随分と苦労されました」
レリアは肩を落とす。
「――うちに恨みを持つ国が、空賊の真似事をしてくるのよ。それを、セルジュが一人で戦って」
共和国では、セルジュはいいようにこき使われているようだ。
そんなセルジュだが、空賊退治には積極的に参加していた。
本人もそれが罪滅ぼしになると考えているのか、常に戦場に身を置いている。
「セルジュ、あんた――」
「――この程度で許されるなんて思っていない」
どこか死に場所を求めているようにも見えるセルジュだった。
◇
「姉御ぉぉぉ!」
そして、共和国の艦隊を率いる実質的な司令官であるエリクは、マリエのところに来ていた。
マリエがエリクの頭を撫でる。
「来てくれたのね、エリク」
「はい! 姉御の危機だって言われたら、いても立ってもいられませんでした。反対するユーグをぶん殴ってきましたよ」
「そ、それはやりすぎじゃないの?」
エリクは涙を拭う。
「姉御のために頑張らせてもらいます! それはそうと、そちらの女性は?」
エリクが見たのは、マリエと話をしたそうにしているヘルトルーデだった。
エリクに誰? と言われ、不満そうにしている。
「共和国の六大貴族様には眼中にも入らないのね。ま、それはいいわ。久しぶりね、駄目な聖女様」
マリエは照れる。
「あんたも来てくれたのね」
エリクはマリエが聖女と呼ばれ「姉御凄ぇ!」と大喜びである。
ヘルトルーデは溜息を吐く。
「あんたも駄目な男ばかりに好かれているわね。それはそうと、新しい王様は誰になったのかしら?」
マリエは首をかしげる。
「新しい王様?」
「あら、聞いていないの? こちらにはローランド王が王位を退くと通達が来たのよ。この時期に面倒なことをすると思ったけれど、よく考えれば正しくもあるわね」
ガタガタの王国を建て直すために、もっとも穏便に事を進めるなら新しい王を用意すれば良かった。
これまでとは違い、新しい血筋があればいい。
ただし、誰もが認める血筋――力が必要だった。
普通なら大貴族がその有力候補だが、王国には全ての条件をクリアする存在がいる。
ヘルトルーデは腕を組む。
「新しい陛下に恩を売れば、ファンオース公爵家も安泰だからね。ここは帝国よりも王国に力を貸した方がお得だもの」
そう言うと、エリクからツッコミが入る。
「俺は王国内の事情にそこまで詳しくないが、他国の動きを見ると帝国寄りに動いている国がほとんどだが? あんた、損得に関係なく来たんじゃないの?」
言われたヘルトルーデが顔を赤らめる。
「う、五月蠅いわね。こっちにも色々と事情があるのよ」
マリエは二人を前にして、少し安堵していた。
「よかった。これで兄貴は一人じゃないわね」
マリエを見て、ヘルトルーデが心配そうにする。
「あんた、前みたいな元気がないわね」
「そ、そう? まぁ、帝国との戦いを前に、緊張しているのかもしれないわね」
エリクが驚く。
「え!? 姉御も戦場に出るんですか!?」
マリエは頷き、王都上空に浮かぶ一隻の飛行船を指さすのだった。
「あの子に乗るわ。リコルヌ――綺麗な船でしょ」
リコルヌを見て、すぐにエリクは気が付いたようだ。
「あの飛行船、もしかして聖樹を積み込んでいませんか?」
「あら、気付いたのね。そうよ。聖樹を積み込んだわ」
そして、ヘルトルーデもリコルヌを見て気が付く。
「――王家の切り札と雰囲気が似ているわね。貴方が乗り込むのも、それが理由なのかしら?」
かつての王家の船――ヴァイスは、聖女が乗り込むことで本来の性能を発揮した。
だから、ヘルトルーデもそう思ったようだ。
「本当は沈めたままにしておきたかったのにね」
マリエは、ヴァイスを再び利用しようとするリオンの気持ちを考える。
「きっと兄貴は、この子を使いたくなかったはずよ」
リコルヌを使うと言うことは、マリエだけではなく――オリヴィアやノエルの力も必要になってくる。
マリエは手を握りしめる。
(私がみんなを守らないと。せめてそれくらいは――)
◇
控え室。
オリヴィアは着替えを終えて、リオンと向かい合っている。
リオンは微妙な表情をしていた。
「本当に戦場に出るのか?」
心配しているリオンの顔を見て、リビアは少しだけ嬉しくなる。
自分の身を案じてくれているからだ。
だが、同時に腹も立つ。
「リオンさんだけを戦わせると、もう帰ってきそうにありませんからね」
リビアの言葉に、リオンは何も言い返さなかった。
(この人は、放っておくと手が届かなくなりそう)
リビアはリオンの手を握る。
「リオンさん、この状況はアンジェが作ってくれました」
「本当に感謝しているよ。俺なら絶対に無理だった」
「だから、ここから先は私がお手伝いをします。私と、ノエルと――そして、マリエさんがリコルヌに乗ります」
今のリコルヌには、王家の船が積み込んでいた装置がある。
そして、聖樹の若木も積み込んだ。
装置を動かすために、リビアとマリエが乗り込む。
聖樹の若木を使用するため、ノエルが乗り込む。
そうすることで、リコルヌは決戦兵器となり得るのだ。
リビアがリオンに抱きつくと、背中に手を回した。
「リオンさん、今度は私が頑張ります」
リオンがリビアの頭を優しく撫でる。
「危なくなったら逃げていい。そうしてくれないと、俺が安心して戦えないから」
リビアは顔を上げてリオンの顔を見た。
本当に心配しているようだが、今のリオンは自分の命を軽く考えている。
「もしもリオンさんが死んだら、私は生きている意味がなくなります」
「いや、そんなことは――」
「あります! 私は――私はリオンさんから沢山のものをもらいました。まだ、私はお返しをしていないんです。それに――ずっとリオンさんと一緒にいたいんです」
顔をリオンの胸に埋め、リビアは涙を流す。
「私はアンジェのように、リオンさんのために働けません。だから、ここで頑張らないと――みんなと一緒にいる資格がないんです。私にも手伝わせてください。今の私には、これくらいしか出来ないから」
リオンのために頑張ろうとした。
だが、出来たことは――少ない。
アンジェのように王国をまとめ上げることも出来なければ、ノエルやマリエのように伝を頼ることも出来ない。
それがリビアには歯がゆかった。
「リオンさん、約束してくれませんか? 絶対に死なないでください」
「それは――無理だよ。流石に生きて帰れると約束が――」
今回の戦いはそれだけ厳しい。
リオンはそれを覚悟しつつも、どこか命を投げ捨てているようにリビアには見えた。
「――リオンさん、自分の命を軽く見ていませんか?」
「え? そんなことないって。俺は自分の命が重いと理解しているよ。だってほら――死ぬのって怖いし」
ヘラヘラと笑って見せるリオンを見て、また嘘を吐いているとリビアは確信する。
「嘘を吐きましたね。リオンさん、嘘を吐く時の癖が出ましたよ」
「嘘!?」
自分でも知らない癖を見抜かれ、リオンは慌てて顔を手で触り確認する。
リビアは、リオンの事をよく見ている。
だから、嘘にも気が付くようになった。
「沢山の人が、リオンさんが戻ってくるように祈っています。リオンさんが死んだら、悲しむ人が沢山います。もちろん、アンジェやノエル――そしてご家族の皆さんも悲しみます。沢山の人が悲しみますよ」
それを聞いて、リオンは暗い表情になる。
「――でも、一番悲しむのは私です」
「え?」
「リオンさん、私は貴方を愛しています。だから、死なないでください。私の大好きな人を奪わないでください」
リビアが強くリオンを抱きしめる。
リオンは本音を吐露する。
「俺だって戻ってきたいんだ。死にたくない。けど――」
そんなリオンにリビアが怒鳴りつける。
「いい加減にせんね!」
「――え?」
リビアの言葉に、リオンは度肝を抜かれる。
感情が高ぶってしまい、リビアは地元の言葉が出てしまったが気にしない。
「いつまでグチグチ言うておると! 男ならもっとしっかりせんね!」
「は、はい!」
リオンがリビアの剣幕に驚き、姿勢正しく返事をする。
リビアは口元を押さえ、そして少し恥ずかしくなったので顔を赤らめた。
「す、すみません。地元の言葉出てしまいました。で、でも、リオンさんを心配しているのは本当ですよ」
「う、うん」
リオンが微妙な顔をしているので、リビアは両手で顔を隠す。
「ごめんなさい。今まで隠していたんですけど、声に出ちゃって」
恥ずかしがっているリビアを見て、リオンは笑顔を見せた。
「いや、驚いたけど大丈夫。その――可愛かったし」
そう言われて、リビアはもっと顔を赤らめるのだ。
そんなリビアを見ながら、リオンは言う。
「そうだよな。生きようとしないと駄目だよな。それに、こんなに可愛い婚約者を置いて死ぬとか勿体なさ過ぎるし」
リビアは頬を膨らませ、リオンの服を指でつまむのだった。
「納得できません。さっきまで駄目で、私の方言を聞いたら納得するなんて」
「いや、うん。なんか笑ったらスッキリしたよ」
リオンがリビアに抱きつき、そしてお礼を口にする。
「ありがとう、リビア。これで俺も頑張れそうだ」
そしてリビアは気が付く。
(――リオンさん、また嘘を吐いた)
リオンがリビアを安心させるために、嘘を吐いたと見抜いてしまった。
それが悲しく、同時に嬉しくもある。
(なら、私が頑張らないと)
リオンを絶対に死なせないと、リビアは決意するのだった。
◇
窓の外に浮かぶリコルヌを見ていた。
部屋にいるのは俺とルクシオンだけだ。
「クレアーレの奴、やりたい放題だな。ヴァイスの装置を秘密で積み込んでいるとか、勘弁して欲しいよ」
クレアーレへの文句を呟くと、ルクシオンが俺に話しかけてくる。
『マスター、オリヴィアとの話ですが、本気で命懸けの作戦を止めてくれるのですか?』
その問いかけに、俺は目を伏せながら答える。
「今更作戦の変更はない。俺は命を賭けるし、リビアたちを死なせるつもりはない。――俺の命と引き換えでも、リビアたちは守る」
あの場では生きて戻ると約束をしたが、俺から言わせてもらえれば――命を賭けないのは敵にも味方にも悪い。
これが戦争ならどうでもよかった。
ただ、生存競争――生きるか死ぬかの戦いだ。
それに、俺に大事な人がいるように、敵にも大事な人たちがいるわけだ。
「戦争って嫌だな。なんで人間は戦うんだろうな」
『人間だけが同種で争うわけではありませんけどね』
「滅びるまで戦えるのは人間だけだろ」
旧人類と新人類の戦いが、まさに滅びるまで殴り合っていた。
そして、今は俺が帝国と戦うことになった。
「俺が生き残るって事は、帝国の連中が――」
『敵に情けをかけるよりも、味方が多く生き残れるようにする方が効率的です。マスター、帝国はマスターの提案を拒否しました』
どちらも生きていけるように、俺は帝国に提案をした。
魔素を大気中にばらまく装置を用意するから、戦争を回避しよう――同じ星で生きていく仲間でいよう、と。
だが、帝国の人間からすれば、装置のない場所では生きていけない。
そんな負担を受け入れるわけがなかった。
逆に、俺たちに魔素が届かない場所を用意するから、そこで暮らせと言われたら――やっぱり拒否するだろうな。
俺一人なら納得できるが、大勢を巻き込むとなると無理だ。
『オリヴィアに嘘を吐いたのですか?』
「嘘も方便だろ? 別に絶対に死ぬってわけじゃない。運が良ければ生き残れるさ」
誰かを叩き落とさないと生き残れない世界――あのゆるふわな乙女ゲーの世界にしては、酷く残酷な世界だよな。




