幕間 クレアーレレポート 五章その1
これはアルゼル共和国での事件が終わった頃の話だ。
夏休みが終わってしまう前に、国に帰ることになったアンジェとリビアに付き添ってクレアーレもホルファート王国へと戻ってきた。
『もう最悪ね』
戻ってくると、アンジェは王宮に呼び出されてしまう。
リビアもその手伝いで忙しく、クレアーレはそんな二人のサポートをしていた。
アルゼル共和国が聖樹を失った。
これにより、ホルファート王国は魔石の輸入先が一つ消えてしまった。
リオンの責任を求める声もあるが、同時によくやったという声もある。
ホルファート王国以外も情報を集めるために奔走しており、アンジェやリビアに近付く虫たちを排除するのに忙しかった。
排除と言っても、命を奪うものではない。
だが、リオンからの命令で二人を守らなければならないクレアーレにしてみれば、忙しいことに変わりがなかった。
『私ももっとイデアルが残したパーツが欲しかったのに!』
今頃、ルクシオンはイデアルが残したパーツを根こそぎ奪っているのかと思うと、クレアーレは悔しかった。
自分もバージョンアップがしたいのだ。
『この不満は、新人類で実験して晴らしましょう。――そういえば、一人面白い個体がいたわね』
クレアーレの周りに集まってくる作業用のロボットたちは、目をチカチカ光らせている。
手を使いジャスチャーも加え、クレアーレに【アーロン】の現状を報告した。
それを確認したクレアーレは、
『何それ面白い! 悪ぶっていたあの子が、女の子になりたがっているですって。これは実験を続けるべきね』
ルクシオンへの腹いせや、自分の趣味のためにクレアーレは行動することにした。
朝早くから、アンジェとリビアが眠る部屋で騒いでいる。
部下であるロボットたちから、次々に報告を受けては反応していたが――そのロボットたちが喋らないので、クレアーレ一人が喋っているようにしか見えない。
『女装をして男子寮を徘徊?』
『アーレちゃんですって!? そんなの許せないわ。愛称は必ず変更してやるわ』
『男子が大騒ぎ? あぁ、今まで大変だったからね。仕方ないわね』
そもそも、クレアーレにとって新人類とは敵だ。
何をやっても問題ない相手でもある。
『いっそ望み通りにしてあげるわ! ちょっと性別の壁を越えさせてあげましょうか。ルクシオンがいらない医療ポッドをくれたから、それを使って実け――夢を叶えてあげましょう』
ノリノリのクレアーレに、作業用ロボットが困ったようなポーズで目を光らせていた。
電子音を『ぴぽぴぽ』と言わせ、クレアーレに疑問をぶつけている。
『何故そこまでするのか、ですって? 腹が立ったからに決まっているじゃない』
それでも、作業用ロボットは『止めた方がいいんじゃないですか?』的なことを言っていた。
クレアーレはそれを無視する。
理由は――。
愛称が同じだった。
ルクシオンにお宝を奪われた。
他にも色々とあるが、ようは八つ当たりだった。
『そうね、手始めに女性ホルモンからはじめましょうか! いや、エステで釣って、そこから徐々に――楽しくなってきたわね!』
一人はしゃいでいるクレアーレに、寝起きのアンジェが上半身を起こす。
『あら、おはよう、アンジェ――』
だが、アンジェは何も言わずに枕を投げ付け、クレアーレを黙らせるとまたベッドに横になる。
連日、取り調べや、今後の対策で疲れているのか機嫌が悪い。
ベッドに横になった際に、枕にしたのはリビアの胸だった。
クレアーレは静かに部屋を出るのだった。
◇
アーロン改めアーレは、学園の外で買い物をしていた。
「みんな、無理しなくていいのに」
大量の荷物を持った男子たちが、アーレの買い物に付き従っている。
「これくらい問題ないって」
「そうだよ。もっと洋服を買えばいいんだ」
「俺たち鍛えているから大丈夫!」
毎日のように誘われるアーレは、男子たちから非常に人気が高かった。
最初こそ、毛嫌いする男子たちが多かったのだが――。
「俺、アーレちゃんに酷いことを言ったから、これくらいさせて欲しいんだ」
一人の男子が謝罪してくる。
アーレは、以前とは違い謙虚だった。
「気にしてないよ。自分が同じ立場だったら、気持ち悪いって思っちゃうかもしれないし」
「そんなの駄目だ! 頼むから償いをさせて欲しいんだ」
男子たちが大きく何度も頷いていた。
そんな様子を、街に出ていた女子たちが見ている。
以前は自分たちが引き連れていた男子たちが、今は男に奪われてしまった。
専属使用人が廃止され、表向き奴隷を持てなくなった女子たち。
女子三人が、アーレたちを見て、
「何よ。あれ、男じゃないの?」
「あんなのがいいとか、変態なんてこっちから願い下げよ」
「男子って馬鹿よね。男が男に走るとか、意味が分からないわ」
口では色々と言っているが、彼女たちも内心焦りがあった。
急激に変わっていく王国の現状に、彼女たちは追いついていない。
慌てて男子にアプローチする女子も増えてはいるが、多くの女子は「女子から声をかけるなんてあり得ない」と思っていた。
彼女たちの母親――同じ学園のOGも「どうせすぐに元に戻る」などと、楽観視している場合も少なくない。
多くの貴族が消え、まだ半年しか過ぎていなかった。
彼女たちが現実を知るのはまだ先である。
「男が女装なんかして――気持ち悪いわ」
吐き捨てるように女子がそう言うと、それを聞いていたアーレが悲しそうな顔をしてこの場を去ろうとする。
だが、男子たちは、
「おい、何だその言い方は!」
「そうだ。アーレちゃんに謝れよ!」
「お前ら、嫉妬なんてみっともないぞ」
女子も言い返す。
「はぁ? どうして私たちが嫉妬なんかするのよ?」
だが、男子たちは本気で嫉妬していると信じ込んでいた。
だって――。
「嫉妬しているじゃないか。だって、アーレちゃんはお前たちよりも可愛いし」
「え? 美人だろ」
「馬鹿。美人で可愛いんだろうが」
アーレの方が本当に美人だと思っていたから。
女子たちが絶句する。
「は? 嘘でしょ。だって、そいつは男よ!」
「それが何か?」
「だ、だって、おかしいでしょ!」
「いや、俺たちもよく考えたんだ。酷い女子より、美人で優しくて、そして可愛いアーレちゃんの方が正義じゃないか、って」
「俺も思った!」
「俺も!」
唖然とする女子たちを残し、男子たちがアーレに言う。
「ほら、行こうぜ、アーレちゃん」
「う、うん。でも、みんな女子にあまり酷いことを言ったら駄目だよ。みんな結婚とかあるし、悪い噂が流れたら大変だよ」
「――気遣ってくれるアーレちゃん、尊いわ」
移動するアーレたちを、女子たちは本当に理解できないという顔で見ていた。
すると、アーレは新しい店に気が付く。
「あれ、ここに新しい店がオープンしたんだ」
公国との戦争から、復興も随分と進んでいた。
なくなった店も多いが、新しい店が次々にオープンもしている。
女性向けの店が少なくなった印象が強い中、そこの店はエステを売りにしていた。
「名前は――「エステサロン クレアーレ」か。ね、ねぇ、見てみるのは駄目かな?」
アーレに頼まれ、男子三人は快く了承した。
◇
店内に入ってきたアーレを確認し、クレアーレは用意した人型ボディに入る。
頭部に球体を入れると、人型が動き出した。
不自然さはまるでない。
「素晴らしい出来だわ。普段は必要ないけど、こういう時は便利よね」
女性の体を手に入れたクレアーレは、アーレたちを見て笑みを浮かべた。
「さぁ、ここからどこまでいくのか見せてもらうわよ。ついでに小遣い稼ぎでもしてみようかしら」
せっかくだから目標があった方がいいと、クレアーレはお金を稼ぐことにする。
「縛りプレイって楽しそう。お金を稼いで、私もマスターみたいにマリエちゃんに土下座をしてもらうわ。ゾクゾクしちゃう。マリエちゃんは可哀想だと輝く素敵な人!」
変なテンションのクレアーレは、アーレに近付いた。
表情を営業スマイルにして、物腰柔らかい店員として不自然なく接近した。
四人が少し緊張しているのを感じ、笑顔で言う。
「いらっしゃいませ。あら、可愛い男の子たちね」
「えっと、今日はその見学というか――」
アーレがそう言うと、待っていましたとばかりに、
「なら、今回限りのサービスを受けてみない? オープンしたばかりだから、宣伝も兼ねてうちのサービスを体験してほしいの」
「い、いいんですか?」
喜ぶアーレに、クレアーレは内心で思った。
(よし、獲物が罠にかかったわ)
こうして、クレアーレの悪事は続くのだ。




