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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
二章 ≪賽は投げられた≫
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共存する弊害 2


 昼休みが始まると同時にクラスメイトの大半、それも女子生徒ばかりが一斉に席を立った。

 一糸乱れぬ動きで教室を出て行くクラスメイト達に、リーリウムは首を傾げる。まだやることがあり、昼休みではなかったのかと。


「ティッシュと増血用の食べ物を買いに行ったのですわ」


 疑問に答えるようにプリムローザは言う。


「今頃購買で同じような人が餌に群がる蟻のごとく集まって、それはもう激戦を繰り広げているこてでしょうね」


 去年よりも今年はひどい。絢草が嘆く。


(…ヴァンパイアの魅了の後にこんな現実があるなんて、ちょっと残念な感じ)


 やはり物語のように魅了されて人間が興奮を覚えて終わり、ということはないようだ。


「なーなー早くご飯にしようぜー。お腹すいたぁー」


「すぐ行くからちょっと待って。…リリィはどうする?アタシ達はいつも食堂で食べるけれど」


「お弁当を持ってきていても一緒に食堂で食べられますわよ」


 三人が当然のごとく昼食に誘ってくれ、リーリウムは嬉しく思いながら頷く。


「一緒に行きたい。だけど――—」


 言い終わる前に教室に見知った気配が足早に入ってくる。


「…その、リンデも一緒でもいい?」


 気まずさを隠せずに告げた。



 食堂はどちらかと言えばカフェに見える内装だった。

 体育館なみに広いそこは、大きな窓から差し込む光とインテリアの観葉植物が美しい、レストランのような場所。大学なら珍しくもないだろうが、高校にはそうはないだろう。


「こっちはリンデ。隣のBクラスで、私の…従者」


「リンデ・フルウム。リリィ様に全てを捧げていますので、付属物とでも思っていただいて結構です」


 騎士と言えば頭の痛い子認定は確実。ヴァンパイアにしか理解できない制度であり価値観なので、表向き人間に説明する時は従者と言うのが一般的らしい。

 事前に教えられていた通り、リーリウムはそう紹介した。


 リンデは誇らしげに予定にない説明もしているのが、御愛嬌だろう。


「あー…つまりローズにとっての浅黄と同じ立場だと思っていいのよね」


 納得する絢草に、友はふーんと聞き流しながらガツガツとかつ丼を食べる。プリムローザは微笑ましげに様子を見ていた。


「……小夜風と同じとは、かなり抵抗があるのですが、ね」


「えーひっどいなぁ。いろいろフォローしてるのに、その言いぐさはなくない?」


「っふ」


「ああー!なにその馬鹿にしたような笑い方っ」


「フォローを頼んだ覚えもなければ、先達として尊敬できる点も今の所ないですから」


「へーそんなこと言っちゃうんだ。クラスメイトと壁作りまくった挙げ句、孤立してリリィ様に心配かけさせても知らないよ」


「ご心配なく。例え孤立しても人心を掌握する事は可能です。そもそもボクは慣れ合う気などサラサラありません」


 浅黄の挑発的な視線を一笑にふすリンデ。


 従者組―—浅黄もプリムローザの従者と認知されている―—のやり取りを見ていた絢草は、頭痛で頭が痛いというような心境に陥る。


「…また面倒そうな子がきたものね」


「むずかしー事ばっか言ってて訳わかんないけど、面白そうな奴だな!」


「…ごめん。リンデは、悪い子じゃないんだけど」


「リリィ以外には良い子でもありませんわね」


 プリムローザの台詞にぐっとつまる。


「主を思う忠誠心は従者の鏡ですが、主以外に関心を持たないのでは、いつか足元をすくわれますわ」


 言いたい事は分かっていた。リーリウムも愚かではない。


 リーリウムにとっては全力で支え寄り添ってくれる良き騎士だ。しかし他者に対してのリンデが冷たい、というよりドライであることは知っている。

 それこそ気を許すのは親であるキーファと間接的な主君たるウィスタリアくらいだ。キーファと同様にウィスタリアに仕える他の専属達のことは、同じ屋敷にいる身内として多少気にかけるが、従僕ファミュルスの使用人は歯牙にもかけない。


(うーん…なんでリンデがこうなのか知らない訳じゃないけど……リンデの気持ちまでは私にも分からないし、変えたいとも思わない)


 リンデの気持ちはリンデのもので、選択するのもまた彼女である。専属騎士だからと言って、その意思まで縛るつもりはない。それがリーリウムの考えだった。



『ある時、ひどい瀕死の狼から生まれた特殊な子狼がいた。生まれて間もなく群れからはぐれたその子狼は、たった一匹で暗い森の中を彷徨っている』


 リンデをそう例えたのは、ウィスタリアの妹イーリス。


『何も知らない子狼は、己の境遇に欠片も興味がない。過酷な世界でひたすら生き続けた。だが知らない中、過酷な世界である日、本能的に惹きつけられるものを見つけた。それは初めてできた宝物なのだ』


 大事に大事に守ろうとするのは、当然であった。生きることだけに必死だった狼は、やっと心に安寧を得たのだ。


『心許すことを知らぬ狼が、唯一腹を見せるその宝物は、我が姪にして最も危険な月の剣アルゲントゥム・ルーナエ


 君だよ、リーリウム。



「リリィ様?」


 リンデの声ではっと我に返る。


「新しい環境で疲れたのかもしれません。帰ったら一度休まれた方がよいでしょう」


「ん、大丈夫」


 なんだかんだと賑やかな昼休みは終わり、午後は授業の簡単な説明があっただけで下校となった。チャイムが鳴り、帰りのホームルームが終わるとすぐにリンデが教室に迎えに来た。


 リーリウム達は帰り支度をし、他愛ない会話をしながら校舎からいくらか歩いた乗降場所で足を止める。送迎の車が並んでいた。


「どうぞ、リリィ様」


「うん」


 登校時と同じアルゲントゥム家の黒塗りの高級車が待機していたので、リンデのエスコートで乗り込んだ。

 ドアを閉める前に、友人達に挨拶をしようと顔を向ける。


「じゃーな、リリィ」


「また明日」


 友は無邪気に笑って、絢草は大人びた微笑で手を振ってくれた。


「またね」 


 じんわりと湧き上がる嬉しさにくすぐったく感じつつ、リーリウムも僅かにはにかんだ。

 そんなリーリウムを見て少し挙動不審になる友と目元を薄紅に染める絢草。


「ごきげんよう、リリィ。慣れないことばかりで疲れたでしょう?本日はゆっくり休んでくださいな」


「ありがと。ローズには助けられてばかり…」


「気にしないでくださいませ。ウィスタリア様に頼まれたという以上に、ワタクシがリリィに構いたいだけですから」


「うん。それでも嬉しかったから」


 プリムローザにはプリムローザの思惑あってのことだというのも、リーリウムは感づいていた。しかしそれでも、それだけではない、純粋な好意も感じている。


 故に、リーリウムは自信の感情を躊躇わずに表した。一人のヴァンパイアとして、気遣いが嬉しかったから。


 雪解けの春を彷彿とさせる、儚くも柔らかで温かい微笑みで。


「Grātiās tibi agō. Salvus sis.(ありがとう。さよなら)」


「!…Tu nimium grata.(どういたしまして)」


 一瞬呆けた顔でリーリウムを見て、次の瞬間、年相応の少女らしく心底嬉しげな笑みをプリムローザは浮かべた。

 古きヴァンパイアの言葉で会話した二人は、表情も相まって、幻想的でこの世のものとは思えない美しさを醸し出した。


「っ、リリィ様は誰にでも優しいだけなので、勘違いしないでくださいね!」


 誰に対する忠告なのか捨て台詞なのか。

 周囲を威嚇し、リンデは自身も乗り込みドアを閉める。


 静かに車が発信すると、リーリウムが窓越しに振り返って小さく手を振った。その視線の先にいるのは浅黄。

 リンデやプリムローザを面白そうに眺めていた最中のことであった。


「おぉ?…これは参ったなぁ」


 苦笑いで手を振りかえす。

 プリムローザのおまけでしかない自分の事はそこまで気にしていないと思っていた。


(ローズ様も素の笑顔だったし…人タラシのアルゲントゥム。侮れない血筋だよねー)


 困ったような、嬉しいような。浅黄は複雑な感情で、未だに機嫌よく笑っているプリムローザの横顔を見つめた。





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