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短編

無名の城

作者: 青井渦巻

1年前くらいに書いたものです。

ある日無名くんは公園の砂場に砂の城を建てた。


誰に見てもらうわけでも無かったが、彼は出来上がった砂の城を見て満足していた。無名くんは砂の城をまた作ることを決めた。


翌日になり公園の砂場に向かうと、昨日作った城を見つめる少女が居た。


「君、これがそんなに珍しいかい?」


無名くんは尋ねた。すると少女は


「こんなに綺麗なものは見たことがないわ。」


と、返す。


「今から砂の城を作るつもりなの?私もそばで見ていていい?」


少女は尋ねた。

無名くんは昨日作った城の隣にもう一つの城を建て始めた。


「僕は構わないよ。」




そして数時間後…2つ目の砂の城が完成した。無名くんが満足していると、少女は言う。


「とても素晴らしいわ。」


その呟き。無名くんはそれを期待していたわけでは無かったが、なんとなく嬉しくなった。


「ありがとう。」


と、少女に伝えた。


「えへへ。また作る時は私も誘ってね。」


そう言い残し、少女は公園を去った。無名くんは少女の言葉もあって、『明日また彼女を誘おう』と決めた。








翌日、無名くんが少女と共に公園に行くと、今度は数人の大人たちが2つの砂の城を眺めていた。


無名くんは『あの人たちも僕のお城に興味があるのかな』とぼんやり考えながらも、特に気にすることもなく数時間後には3つ目の城を作り終え、明日も作ることを少女に伝えてから家に帰った。


翌日、少女と共に公園に行くと砂場には人だかりがあった。無名くんは少し驚いたが、とにかく砂の城を作ることに専念した。数時間後に城を完成させ、明日も作りにくると少女にのみ伝え家へ帰った。


そんな風に日を送る毎に、公園で待機している人の数はどんどん増えていき、いつしか無名くんはたくさんの人間の中心に居た。


無名くんには誇らしいという気持ちが確かにあった。それは少女に「素晴らしいわ」と言われた時の感情と同じものだ。




…だが、それ以上に煩わしいと感じていた。




なぜなら、見物人の中には自分のやることに口出しするものが居た。


自分を異常に持ち上げたり、執拗に貶したりする者も居た。


支離滅裂な相談してくる者も居たし、かと思えば意味不明な提案をして自分のやり方を変えさせようとする者も居た。


手をすり合わせながらすり寄ってくる者、凶器を持って殺しに来るもの、後ろでは狂ったように妄言を放つ者、秩序を乱して自分の邪魔をする者…




無名くんはうんざりしていた。自らが中心に居るように見えるこの場所には、自分の居場所などありはしないと。


ここに存在する全ての人間はあらゆる方法をもって自分をここから追い出そうとしている。その自覚があるかないかなど、無名くんには関係なく…


ただ邪魔だった。

無名くんはいつしか周りの人間達を恨むようになった。








そんなある日のこと、無名くんは少女を誘うのをやめることにした。




特に深い理由はなく、思いつきで実行したことだった。


少女が居なくても砂の城を無駄に誉める人間は腐るほどいるし、的外れな批判を偉そうに語る連中も居る。




無名くんに少女を誘う理由は無かった。誘うのをやめたこの日から、無名くんは少女のことを忘れていった。








少女を誘わなくなってから数日経ったある日。


いつものように公園に向かおうとした無名くんは、道中で誰かに話しかけた。


しかし話しかけた方には誰も居ない。無名くん自身も無意識の行動であり、首を傾げる。




無名くんは考え込んだ。


さっきの行動はなぜしてしまった?




寂しい?




虚しい?








思い出した。




少女に初めて会った日。


自分の城を初めて素晴らしいと言ってもらった日。


少女と笑いあった日。






―彼は少女の家に走った。






二人で一緒に砂の城を作った日。

雨の日は彼女の指してくれる傘の下で、泥の城を作った。



誰かが自分を色眼鏡で見ようとも、彼女だけはありのままの自分を見て、微笑んでくれた。






―少女は病気で亡くなっていた。














無名くんは公園に行かなくなった。


何人かの人間が家に訪ねてきたが、全て無視して家に籠もった。




頻繁に少女の夢を見て、うなされ、彼女が幻のように消えかかると汗まみれで起き上がった。


無名くんは今の自分の状況、感情が上手く理解できなかった。

それでも繰り返し呟く。


「昔に戻りたいよ。」

無名くんって名前はどうにかならなかったのかな。読んで頂きありがとうございました。

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