91話 あなたを殺しにきました
魔物の大群はもう扉からでてこない。
魔王の手下はこれですべてうち倒したのかもしれない。
ニナが大声で泣いている。
「グラナチャ様、グラナチャ様。魔王様に謝りましょうよー」
「まだいってるの? わたしはグラナチャじゃないわ。カスミよ。本物のグラナチャは、そこの佐藤に殺されたの」
カスミは仮面をゆっくりと外した。
ニナは彼女の素顔を見るなり、悲鳴のような声を発した。
「ふええええええええ」
泣きやまないニナの首根っこを、カスミが掴んで立たせる。
「あなたはどうしたいの、ニナ? 魔王のところに戻って即刻処刑されるのと、命をかけてわたしたちの盾となるの、どっちか選びなさい」
悲壮感を漂わせて泣くニナには、同情したくなってくる。
そいつは魔物とはいえ、たぶん痛みも苦しみもあるのだ。それならば……。
「待て待て。こんなに怯えてるじゃないか。可哀そうだろ。どうせ死ぬのなら苦しみが少なくて済むよう、この場でスパッとやっちゃった方が、結果としてはニナにとって幸せなことだと思うし、そうしてやろうぜ」
「わーん、殺さないでくださーい」
ますます激しく泣いてしまった。
ニナの手をとったのはトアタラだった。
「大丈夫です、ニナ。2人はあのようにいっていますが、あなたさえ、わたしたちのお友達になると誓えば、きっと殺されずに済みます。ですが、もしそれを拒むようでしたら残念ですけど……」
トアタラは黄龍の聖剣に手をかけた。
「なります、なります! お友達になりますから殺さないでくださーい」
「まあ、嬉しい。お友達がまたできました」
彼女は屈託のない笑顔でニナを抱きしめた。
「トアタラ。あなたも相当なものね」とリリサが横目を送る。
玉座の間に通ずる闇の扉を潜りぬけた。
前方には広々とした道がある。
魔王の姿はまだ見えないので、このまま真っ直ぐ歩いていく。
突如として恐ろしい音が響いた。それはまるでピアノの鍵盤すべてを勢いよく叩いたような、そんな感じのものだった。
おれは思わず身をすくませた。皆も立ちどまる。
ニナについては最後尾に隠れてしまった。盾としての仕事をしてくれないと困るのだが。
黒煙の渦が生じ、前方を塞ぐ。
いよいよ現れるのか、魔王!
しかし黒煙の渦は4つに分裂した。それぞれが人間の形を為した。
おれは目を丸くする。
「魔王って4人もいたのか」
「違います。魔界のアビジャヌース四天王です」とニナ。
魔王の手下にも四天王とかいるのか。
だったら一気に片付けてやるぜ。
「おい、ニナ。あいつら、ちゃんと強いんだろーな?」
「はい、さきほどまでの魔物たちとは雲泥の差です」
「そうこなくちゃ」
魔人のウルミに手をかける。
ところが……。
「メガフレアーーーーーー」
リリサの叫び声だ。
指の菱形から炎が噴射された。さきほどのフレアどころではない。
この世のものとも思えないほど強烈な灼熱の炎だった。
せっかく現れた4匹の魔物は、あっという間に灰燼に帰した。
「リリサ、てめえ、横取りしやがって」
「早い者勝ちよ。魔王と闘う前に、全力の新魔法を試してみたかったの」
おれたちはふたたび歩きだした。
どこまで進めばいいのだろう。
この先は何も見えない。
「なあ、ニナ。どのくらい歩きゃ、魔王のもとに辿りつけるんだ」
「どのくらいって……決まってません。魔王様は現れたいときに現れます。それまでの間、道はどこまでいってもループした状態です」
おれは思いっきり足元を踏みたたいた。
「それを早くいえ。んじゃ、ここで待ってれば、奴が現れるんだな?」
「でも……魔王様は気まぐれですから。ああ、そうです! ループを抜けだすためには、戻ればいいんです! 扉に戻りましょう」
踵を返すニナの背中に、カスミが声をかける。
「ふうん、わたしたちを裏切るつもり? ねえ、トアタラ、聞いた? あの子、わたしたちとの『お友達』をやめるって。じゃあ、殺しちゃってもい……」
「じょ、冗談です、冗談です! いやですねえ、本気にしないでください」
ニナの笑顔はひきつっていた。
「なーんだ、冗談か」とカスミ。
実際、弱小魔物のニナがいたところで、戦力にはなんのプラスにもならないだろう。
しかしカスミがここに留めたのは、ニナが魔界の外の魔物たちを呼び集めて、おれたちに対抗してくることがないようにするため、といったところか。おれにはそれしか理由が思いあたらない。
リスク回避を考えるならば、この場でニナを殺してしまうのが1番いい。でもそうしなかったのは、たぶんカスミの優しさなのだろう。
急激に冷えこんできた。体がぶるっと震える。
前方に目の眩むような青白い光が現れた。
青白い光は次第に少年の姿を為した。
髪はブロンドで、肌は白く、結構イケメンだ。何もない空中を歩いてくる。
ニナに尋ねる。
「あいつはなんだ」
「魔王様です」
あれが魔王だと? 外見の年齢はおれとあまり変わらなそうではないか。どう見ても娘のグラナチャより幼く見える。魔王といえば約300年前にインドラの雷をぶっ放しているので、老翁の姿を想像していたのだが。
「あんな奴が魔王って……信じられん」
「佐藤、ニナの話は本当よ。あの憎たらしい顔は絶対に忘れない。わたしに呪いをかけたのはそいつなの」
リリサが険しい表情を見せている。
トアタラも首肯した。
「リリサのいうとおりです。あれこそがわたしたちに呪いをかけた魔王です」
魔王は足を止めた。片手を水平に広げ、片足を後ろにずらして一礼する。
「ようこそ魔界に。用件を聞こうじゃないか」
するとリリサが前にでて微笑んだ。
「はい、魔王様。あなたを殺しにきました」
「うん、知ってた」
魔王の口もとがほころぶ。
リリサは指で菱形を作った。
「メガフレア!」
強力な火炎魔法をうち放った。
いきなりの先制攻撃だ。しかもそれを連発する。
「メガフレア、メガフレア、メガフレア」
凄絶な炎だった。
しかし何故か魔王に届かない。
続いてトアタラが黄龍の聖剣を撫で、真っ白な瘴気を噴射させた。
やはり魔王のもとには届かなかった。
その魔王が首をかしげる。
「キミたち弱いんだね」
今度はおれがカラリパヤット改を発動。
魔人のウルミでの物理攻撃だ。
超長剣が魔王を襲う。
その剣先が止まった。
魔王の人差し指と中指の間だ。
「ああ、これ、娘にあげた玩具だね。どうしてここにあるのかな」
「はい。魔王様の御愛嬢につきましては、畏れ多くもこのおれが、聖なる河で清めてあげました。死んじゃいましたけどネ」
「あっ、そ」
なんだよ、『あっ、そ』って。その感想は。
娘じゃないのか。
「娘を土で作ったからすぐ溶けちゃったのかな。今度は火で作ってみようか。それとも光にしようか」
グラナチャの父親ってあんなのだったのか。
魔人のウルミは魔王の指の中に消えてしまった。
あの剣があってこそのカラリパヤット改だったのに……。
いいぜ、おれの特技はそれだけじゃない。
久々にあれをだすか。
タララッタ、タァータァー、ターターター♪
魔界の空間に懐かしい音楽が鳴りひびいた。




