第六十三話 失意の先
「落ち着きましたか?」
毛利先生に連れられてきたのは応接室のような少し畏まった部屋。
分厚い扉を何枚か通ってきた先にある名札も書かれていなかった奇妙な部屋やった。
何に使われるところなんやろうかと少し考えたがそんなことはもうどうでもよかった。
「・・・・・・・。」
今までの生き方を否定された相手に何もできんかった。
いや、何もさしてもらえんかったと言った方がええか。
私は詠唱の隙が大きすぎる。だから龍穂達がおらんと何もできん。
別に怠けてきたわけや無いけど・・・何も出来ん所を引き出されてしまった。
「少し・・・話しましょうか。」
意識の無い平田をどこかに置いて毛利先生が対面のソファーに座ってくる。
何も話したくない。放っておいてほしい気分やった。
「見た目以上にやられたようですね。」
「・・・ああ。」
「悔しかったでしょう。
あのような負け方は一番精神的に来ますから落ち込むのも無理もない。」
「・・言いたいことがあるんやったらはよ言ってや。」
ご機嫌取りはいらない。遠回しや無くて直接的に言ってほしい。
きっと長話しをしたら今の私は思わずイラついてしまうと思い毛利先生に伝えた。
「・・後悔してほしくないと思いましてね。」
「こう・・かい・・?」
思いもしない言葉が飛んできて聞き返してしまう。
てっきり私の弱さを指摘されると思っていた。
「純恋さん。あなたがこの東京校に来た理由は一体何なのでしょうか?」
「それは・・・大阪校が息苦しかったから・・・。」
「それだけではないのでしょう?
現に先生方への反発はしていたようですが
桃子さん以外にも仲の良いお友達を作っていたと聞いています。
もし本当に息苦しかったのであればもっと早くに大阪校を出れたはずです。」
確かに・・・じいちゃんに言えばもっと早く出れたのかもしれん。
居心地がいいとはいえなかったがそれなりに仲の良いと言える友達もおったし
転校すると伝えた時は引き留めのメッセージも届いた。
「あなたがここに身をおきたかった理由は深く
詮索するつもりはありませんが・・・・このままではいずれ後悔する。
身を置きたい、そばにいたいのに自ら身を引くことになるのが私には目に見えています。」
「なんや・・・わかっとるんかい。」
龍穂がおるからここに来た。
でも小さい頃の記憶を頼りにそう思ったわけやない。
龍穂のほどの実力があれば私が暴走してもきっと抑えてくれる。
それに・・・桃子のことも支えてくれるはずや。
現に出会って間もないけども桃子も大きな信頼を寄せている。
「無理やり身を置けば周りの人間が被害が出てしまう。
そして性格を考えれば・・・それはおそらく龍穂君。
命に関わる大けがを負ってしまうかもしれません。」
「・・・そうかも・・な。」
「例えば・・・片腕が無くなってしまうとか・・・ね。」
興味の無い私を注意を引くためか毛利先生は具体例を出してくるが
少しうつむきながら影が差した表情を浮かべたのが気になって思わず尋ねてしまう。
「・・それは実体験か?」
「・・・・・・・・ええ。」
これは演技だろうと高を括っていたため
本当にだと言う答えが返ってきた時、胸が大きく跳ねあがる。
「ほんま・・・なんですか?」
どうしたらいいかわからずいつも使わない敬語が思わず出てしまうが、そのまま尋ねる。
「まだ業の所属する前の話しですが・・・
実力はあったものの精神的未熟だった私は戦闘中に不意を突かれてしまいました。
既に迫っている攻撃に刀を構えながら諦めたの様に目を瞑ったのです。
このままだと確実に死ぬ。暗闇の中で敵の攻撃に震えているが私の体に届く気配がない。
その代わりに肉が割かれる音が耳に届き
恐る恐る目を見開くと・・・とても大切な方の腕が無くなっていました。」
「その人は・・今・・・。」
この先の言葉を尋ねるのが怖い。
腕を切り取られとなれば・・・当然命に関わってくる。
「戦場で腕を斬り落とされたのにも関わらずそのまま戦って敵を殲滅。
その後力尽き私が何とか病院に連れて行きました。
止めようとしても止まるはずのない大出血が服や体にべったりとつき
呼吸が浅くなると顔から生気が無くなっていく。
その姿を見た私は彼を手術室まで見送った後、
絶望に打ちひしがれながらしまった扉の前で立ち尽くしていたことを今も覚えています。」
毛利先生の心に深く残っている傷。
この人はこの先の人生でこの出来事が頭から離れることはないのだろう。
「・・純恋さんは私が体験したような場面に直面したいですか?」
「・・・・・いやです。」
もし、今の話しが龍穂と私で起きたら・・・耐えられる気がしない。
自ら命を絶とう・・と考えてしまうかもしれへん。
「そうでしょうね。そう思うのならあなたが今やらなければならないことは二つに一つ。
一つはここから立ち去る事。そうすればそんな最悪な事態に遭遇することはないでしょう。」
それはつまり・・・逃げ出すってことか。それだけは絶対に嫌や。
「・・もう一つは力を付ける事です。
鍛錬を積み重ねることであなたの才能はさらに開花するでしょう。」
「努力・・・か。私にできるかな・・・。」
「出来る、というよりかはあなたは努力を積んで来たのでしょう?」
自信が真っ二つに折れた私の手を毛利先生が身を乗り出して握ってくる。
「出るタイミングを伺っている時に見させていただきましたが平田さんに煽られた後、
あなたは薙刀で立ち向かっていきましたね?
それはおそらくあなた自身が努力を積んだと言える技術だからなのではないですか?」
私の手のひらにできた固い豆を指の腹で撫でてきた。
「・・・私を守ってくれる桃子に申し訳ないと思って・・・それで・・・・。」
幼い身とはいえ私の体の中にいる妖怪は強力な力を持っている。
それを利用しようと何度も襲われたことがあるがそのたびに桃子が傷つき、
必死に守ってきた姿を見て何かできることはないかと薙刀を始めた。
「良い理由じゃないですか。
あなたを守ってくれる従者への心遣い、きっと桃子さんもそんなあなたを見て
自らもさらなる努力を積み上げたことでしょう。」
毛利先生は私の手を両手で握りしめる。
「その理由を龍穂君に置き換えてみてください。
あなたを必死で守ろうとしてくれた龍穂君の力になりたいとは思いませんか?」
・・龍穂は私を守ってくれた。
交流会で襲われた時も、ついさっきも私の前に立って刀や魔術を使い敵を倒してくれた。
「・・・・・・・・・なりたい・・です。」
龍穂を傷つける奴はこれからもやってくる。近くにいたら私も危ない目にだろう。
やけど・・それでも私は龍穂の傍にいたい。
傍にいる権利を勝ち取るためには・・・強くなるしかない。
「分かりました。あなたがそう望むのであれば私達も全力で支援をします。
この国學館東京校は才能を持つ者が集う場所。
未来ある生徒達が力を伸ばす環境はそろっていますし
あなたのような”天才”を育て上げるのにはうってつけの場所です。」
天才・・か。
そう呼ばれたことは何度かあるが私自身、自分を天才であるとは思ったことが無い。
「天才と才能がある人物とは大きく差があると私は思っています。
才能がある人物とはは潜在能力が高い人を差しますが
天才とは人が力を付けるための時間を短縮することが出来る人物を差します。
幼い身でもそれだけの魔術を使いこなすことが出来るあなたであれば
同じ天才である龍穂君と肩を並べることもすぐに出来ると思いますよ?」
折れた心を直してくれただけではなく、次への第一歩を踏み出す手助けしてくれた。
これが・・・教師・・か。
(大阪校にはこんな人はおらんかったな・・・。)
入学した当初から少し反発しただけで上から押さえつけてくるような奴らばっかりやった。
でも・・・この人は違う。
拗ねた私を放置することなく最後まで寄り添ってくれる人や。
「・・・分かりました。」
この人なら信頼できる。
他の人はどうかわからへんけど・・・頑張れば手助けをしてくれるはずや。
「いい返事です。
やる気が起きたようですが今回の落とし前をつけなければならない。
決してここから出ようとはせずに私と大人しくしていましょう。」
そう言うと立ち上がりウォーターサーバーから出したお湯で作ったコーヒーを持ってきてくれる。
「・・・でもなんで平田は体育館に入ることが出来たんやろうか・・?」
間を置いて冷静になった頭でふと今までの出来事を思い出す。
授業参観で外部から人を入れていたとはいえ
あのようなことがあったのだからかなり厳重に警戒していただろう。
「我々も厳重に警戒していました。
やってくる保護者のリストに怪しい人物がいないことを調査していましたが・・・
それでも侵入を許した。
このようなことが起きたのは我々の責任です。」
そう言うと毛利先生は頭を下げてくる。
「いや、言うても襲ってきた奴らが悪いんやし・・・・。」
「それを抑えるのが我々の務めです。
ですが・・・あなた言う通りどうやって侵入を許したか。
平田さんが言っていた師と言う人物は有名な方でこの授業参観に参加していたのです。」
「参加って・・・確かあらかじめ出席をとってたやん。そしたら・・・・・。」
自分で言っていて恐ろしい事実に気が付く。
「ええ。生徒達の中に敵を招き入れた人物がいます。そしてそれは・・・・」
目を瞑りながら言うのをためらっている。
裏切者がいるなんて信じたくはないのだろう。
「・・・・京極涼音。彼女は義父として主犯を招き入れたのです。」
仲良くしていた同級生の名前が飛び出して唖然としてしまう。
一体彼女は何者だろうか?龍穂達は大丈夫かと思わず心配になってしまう。
(龍穂・・・・・。)
龍穂と仙蔵さんの戦いに加勢する前、
私達が待機している時に龍穂から大儀を引き出す時に話していた内容を思い出す。
(死ぬんやないで・・・・。)
敵は三道省にいるとばかり思っていたがもっと身近にいる。
だけど今は祈る事しかできない。
もどかしい気持ちは緊張を生み、差し出されたコーヒーに手を付ける事さえできなかった。
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