第四十九話 賀茂家の使命
「全員、揃っているな?」
兼兄と共にこの部屋に入ってきた皇。
思いもよらない人物の登場に俺達は急いで体制を変え、頭を畳みに向かって下げようとする。
「やめろ。畏まられるのは好まん。それに足を怪我しているのだからあまり無理をするな。」
俺の体を気遣い制止をしてくれた。
疲れたと扇子で顔を扇ぎながらこちらへやってきて座布団に座り毛利先生が入れたお茶を啜る。
「じいちゃんお疲れみたいやな。
あんだけ身を隠してたんやから会議なんてへっちゃらやろ?」
なんと純恋が悪態を突き始めた。
畏まられるのが嫌とは言っていたがそこまで言うのダメなんじゃないかと俺は動揺してしまう。
「歳を取ると座っているだけでも体が悲鳴を上げる。純恋もいずれ分かる。」
そんな心配をする俺を横目に肩を叩きながら言葉を返していた。
「二人共、あとにしてくれ。皇、龍穂に用があるのでは?」
兼兄まで不遜ともとれる発言を皇に放つが
当人は気にすることなく煎餅を手に取りいい音を立てて食べ始める。
「少し疲れた。兼定よ。お主から先に用を済ませ。」
「それでは物事の順序が狂います。まずは皇からお願いしますよ。」
兼兄は毛利先生からもらったお茶を啜りながら皇を急かす。
(一体何なんだ・・・?)
俺は目の前で行われている会話の流れについていけなかった。
「まあ・・・そうか。それが一番都合がいいか。」
手に持っている煎餅を全て口に詰めてお茶で流し込んだ後、俺の方を向いてくる。
「上杉龍穂よ。此度の活躍耳にしておるぞ。仙蔵の企みを阻止してくれたこと、礼を言う。」
こちらに向けて頭を下げてきた皇に対し、俺は必死に止めに入る。
「え、い・・いや!そんな頭を下げてまで感謝なんて俺にはもったいないですよ!」
「龍穂や。受け取ってやれ。」
突然俺の中から出てきた青さんはちゃぶ台に肘をつきながら言ってきた。
「青さん!そんな・・・・。」
「そこにおるのは皇ではない。友人を救われたただのジジイじゃ。
受け取ってやらんとずっと頭を下げ続けるぞ?」
その言葉通り皇は頭を上げる気配はない。
徳川さんと面識があるのなら、その友人である皇とも青さんは親交があるのだろう。
そんな青さんが言っているのであればそうに違いない。
「・・分かりました。受け取ります。」
礼を受け取ると言われるとどうすればいいか思いつかないのでそのまま言葉を返す。
今までに謝罪を受けたら大丈夫だと素直に受け取ることが無かったので
こういう場面での引き出しが少ない自分の浅さを後悔した。
「・・・ありがとう。」
俺の言葉を受け、やっと皇が頭を上げてくれる。
「わしの親友の願いを叶えてくれて嬉しいぞ。」
「叶えるなんて・・まだ・・・。」
「実はあの事件の後、わしのもとに一通の手紙が届いてな。
差し出し人は徳川仙蔵。中には謝罪と千夏ちゃんを守ってやってくれと書いてあった。」
「え・・・・?」
「達筆なあいつが字を崩していた所を見るといつも冷静なあいつらしくなく
切羽詰まっていたようで敵の情報は全く書かれていなかった。
筆跡から察したわしはどうにかして千夏ちゃんを助けようと模索したが、
立場上強引に動けば疑いをかけられ三道省に潜む仙蔵を引き入れた者達に隙を与えてしまう。
あの場で疑わしい者達の意見を抑えつつ、
千夏ちゃんを預けるにふさわしい行動を取ってもらわねばならなかったんだ。」
俺達が同時にあの場に集結させた理由が明かされる。
「千夏ちゃんと純恋ちゃん達はすぐに目を覚ましたから口裏を合わせることが出来た。
とはいっても純恋ちゃん達には全貌は明かさず、素直に話してくれとお願いしたけどな。」
兼兄が口を挟んでくる。
悲壮感溢れる皇の表情からこれ以上説明をさせないように気を使ったのだろう。
「なんで言ってくれなかったんや?」
見るからに不機嫌そうに純恋は文句を兼兄にぶつける。
「全部話せば純恋ちゃんは怒ってしまうだろう?
怒った純恋ちゃんはあの場にいる怪しい人物全員に襲い掛かってもおかしくないんじゃないかな?」
優しい笑顔で純恋に答えるが純恋の逆鱗に触れるような内容だった。
「・・・まあ、そうかもしれんけど。」
怒るかと思ったが、素直に認める純恋。
「その感情自体は正しい。だけど怒りと言う感情は使いどころを間違えれば痛い目を見る。
コントロールが大切だ。まだ未熟だと思い伝えていなかったが・・・
どうやらその様子だと今回の件で思い当たることがあるみたいだね。」
思い当たる事・・・?一体何なのだろう。
「深くは聞かない。自分で分かっているだろうからね。
君の力は強力だ。特に怒りの感情で使った時はね。
だけど消耗も激しいから長時間の使用は難しい。
これからは感情のコントロールの訓練をした方がいいな。」
玉藻の前と神融和をした純恋は強い。
だが、ずっと力を放出しているので燃費が悪いのは確かだ。
「少し話が脱線したな。
三人にはお膳立てをしてもらい龍穂に千夏ちゃんを庇ってもらう。
ここに関しては確実性は無く、賭けだった。
龍穂が仙蔵さんとの約束を破ることがあればその時点でこの計画は頓挫。
だけどうまくやってくれて助かったよ。」
別に・・俺じゃなくてもよかったのではないだろうか?
純恋達が怪しい者達の動きを封じることが出来れば後は誰だって・・・。
「・・龍穂。ここからが本題だ。あまり思いつめるな。」
兼兄は本当に周りを見る人だ。俺の表情から察されてしまった。
「何故龍穂を選んだか。それは徳川さんと約束したからじゃない。大きな理由がある。」
皇が立ち上がり、俺に背を向けながら歩き出す。
「・・龍穂や。今自分が置かれている状況は理解しているか?」
「置かれている・・状況ですか・・・?」
どこまで話していいものだろうかと考えていると兼兄がこちらを向いて頷く。
「大丈夫だ。親父から許可が出ている。」
深くまで知っている親父が言っていたのであれば問題ないと俺の一族について話し始めた。
「命を狙われています。遠い先祖に・・・。」
「そうだ。平安時代から現代まで行われてきた賀茂忠行の大虐殺。
自らの子孫達の命を奪い、寿命を延ばして生き延びてきた奴だが・・・
なぜそんな化け物を国を挙げて討伐しないのか。・・分かるか?」
「・・それは千仞と呼ばれる組織がそうならないように立ち回っていたんだと思います。」
徳川さんが戦いの中で教えてくれたがいざ考えてみると恐ろしい事実だと感じる。
千と何百年もの間、闇に潜みながらの殺人。
俺の両親を殺したということは現代でもその影響力は絶大なのだろう。
「仙蔵が教えたか。そうだ、奴は永遠の命を得るために
陰陽頭の力を使い裏でひそかに組織を立ち上げ死を偽装した。
そして息子である賀茂保憲を陰陽道を広めさせ
日ノ本に賀茂家の力を示させ多くの血を残す準備を行った。
陰陽寮は神道省の前身の組織。
現在も賀茂忠行は生き残っており三道省にも強く影響している。」
「・・あまり言いたくないんやけど、
そんな組織相手に龍穂が逃げ切るのはかなり難しいんじゃないですか?」
桃子が口を開く。
確かにそれだけ長く日ノ本を裏で支配していたのなら俺が殺されるのは時間の問題じゃ・・・。
「・・賀茂忠行の存在が隠しきれていたそうだろうな。」
兼兄が煎餅を食べながら桃子の問いに答えた。
「江戸時代の明暦三年。将軍で言えば徳川家綱の時代だ。江戸三大大火を知っているか?」
江戸三大大火・・・?
授業で名前ぐらいは聞いたが詳しくは分からない無い。
「火事と喧嘩は江戸の華って言われているぐらいだから
記録できないくらい大小の火事があったはずだ。
その中でも多くの被害あった三つの火事。
そして一番の被害が出たのが先ほど言った時代の明暦の大火だ。」
「それが・・・賀茂忠行と関係があるの?」
「ああ。大ありだ。その火事の出所は諸説あるが、その一つに本妙寺火元引受説という説がある。
当時の老中、阿部忠秋の屋敷が火元だったがそんなことが触れ回れば幕府の威信が失墜してしまう。
なので隣にあった本妙寺から火が上がったという話を
幕府が広めたと言われているが・・・この話には裏があった。」
そんな昔の話の裏・・・。
歴史の裏側の話しを聞けるなんて少し緊張してきた。
「阿部忠秋は政治で手腕を振るった有能な徳川家の忠臣であり義理高い人物だ。
当時の浪人が起こした慶安の変で混乱した社会を鎮めた功績もあり、
大の子供好きで捨て子を何人も拾い優秀な人物へと育て上げた徳の高い人物だが
その中に賀茂家の血を引く人物がいてな。
それに気づいた賀茂忠行は千仞を差し向け引き渡すように脅したんだが、
忠秋は応じずこのことを内密に主君である家綱に伝えた。
そのことに気付いた忠行は怒り狂い、阿部忠秋の屋敷に火を放ったんだ。」
兼兄から語られる内容はおとぎ話様で真剣に聞き入ってしまう。
「屋敷の中には捨て子達が残されていてな。
何とか救出されたそうだが一人だけ犠牲になった。
火が回る前に遺体は回収されたそうだが火傷の跡はなくその代わり・・・
体に大きな穴が開いており何故か干からびた状態だった。」
「え・・・・?」
「明らかに火事での死因ではない。
それが奪い取ろうとしていた賀茂家であることを確認した忠秋は
明らかにおかしい、調べさせてほしいと掛け合うが将軍は許さなかった。
正確に言うと幼い将軍をまだまだ支えてほしいと周りの忠臣から制止が入ったんだ。
だが忠秋は譲らない。どうしてもと意志を曲げることはなかった。
だったら将軍が成長するまで傍にいてくれ。
隠居をした後であれば何をしてくれてもいいと言われた忠秋は
その約束をきっちりと守りつつ、密かに賀茂家について調べ始めた。」
「江戸の大火の裏にそんな話があったんですね・・・・。」
「ああ。だが、当時の幕府にも当然千仞が潜んでいてな。
忠秋を動きを察知し、亡き者にしようとしたが手を出せずにいた。
それほど阿部忠秋と言う人物が有能であり幕府に必要だという事が分かっていたんだ。
千仞の目的は賀茂家の血を集める事。
決して幕府や日ノ本を手にすることではないので奴らは自らの保身のため、渋々忠秋を泳がせていた。
忠秋は必死に探したんだが、何百年と潜んで来た
賀茂忠行や賀茂家についてなかなか情報が得られなかったがとある出来事に自体が一変する。」
「とある事件・・・・?」
これだけ壮大な話にまだ何かあるのだろうか?
「あまり広く知られていないが、近江若狭地震って知っているか?」
近江若狭地震・・・聞いたことが無い。
地名的に関西で起きた地震だろうかそれが何か関係あるのだろうか?
「近江地方北部で起きた地震で当時の京都に大きな被害を及ぼした。
その時代はまだ皇の住まいは京都にあってな。
安否や被害を調べるために幕府から調査隊が派遣されたがその中に阿部忠秋の家臣がいた。
約一か月後京から帰還したその家臣が忠行に内密で会わせたい男がいると言ってきたんだ。
そして丑三つ時のとある宿の一室、
明かり一つしかない部屋に一人で待つ忠秋の元へ一人の男が尋ねてきた。」
男・・・この人も賀茂家なのだろうか?
「その男の名は文吉。
どこにでもいるような名前で格式高い格好もしていなかった。
この男が本当に家臣が言っていた奴なのかと忠秋は疑ったそうだが、
その男が話す内容を聞き探していた人物だと確信した。」
「その人も・・・賀茂家の血を・・・?」
「いや、その男は血を引いていなかったんだが
奥さんが血を引いていたみたいでな。
地震があった前日に子供を連れて遠い場所へ逃げろと言われていたそうなんだ。」
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兼兄は語る。
その男の妻は生まれながらに持った強い神力を
近くにあった神社の神主に見いだされ巫女として働いていた。
男との間に男児を授かり幸せな毎日を過ごしていた
とある日、見るからに格式の高い衣服を身にまとった男に名を尋ねられた。
このあたりでは見たことない姿にどこからお侍様かと思い
疑いながらも名を答えるとそうかと一言だけ残し去って行った。
その場はあまり気に留めなかったがその日の晩、
辺りが静まった頃に外から物音が聞こえ何事かと思い
外の様子を伺っているとそこには大きな妖怪が何かを探して辺りを見渡している。
妻と子供はすやすやと寝ている。
自分が何とかするしかないと近くにあった鎌を持ち
外に飛び出たが妖怪に鎌を弾き飛ばされ絶体絶命。
鋭い牙が喉元を狙い飛んできてもう終わりだと目を瞑ったが
牙は飛んでくることは無く、目を開けるとそこには札を持った妻の姿があった。
あんたの度胸は認めるけど、次は私を呼べ。
そう言って部屋に戻りすやすやを子供に寄り添うとすぐに寝息を立てはじめた。
不甲斐ない自分が情けないと思いつつよかったと胸を撫で下ろし床に就いた男。
だが、次の晩、その次の晩も妖怪は現れた。
妻は持ち前の神道の力で妖怪を蹴散らすが日に日に強くなっていき、
中で子供を守っていた男は妻の帰りが遅くなっていくことが心配になり
妻に黙って神主に相談を持ち掛けた。
それを聞いた神主は神社に泊まるといい、
ここなら結界が張ってあると申し出てくれ
親子三人で神社に泊まった晩、妖怪が襲ってくることは無かったという。
これで安心できる。そう思った男だったがその次の晩、
大きな物音が外から鳴り、何事かと目を覚ますとそこには
今までより比にならないほどの巨大な妖怪とその上に立つ妻。
そして鳥居に血だらけになって寄りかかる神主の姿だった。
唖然として何もしゃべらない男の元に妻が
近寄り一言、『どこか遠くへ逃げてくれ。』と言い放った。
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「それで・・子供と一緒に逃げたと・・・。」
「説明を求めた文吉に妻は自分の生まれと事情などを事細かく説明した。
それを聞いた男は最後まで一緒だ、俺も死ぬと言ったようだが
奥さんの真剣な顔と零れ落ちた涙をみて泣く泣くその場を離れた。
男は安全な場所を求めて京にたどり着くと
地震の影響を調べに来ていた幕府の調査団を発見した。
そして義理高く子供好きという噂を聞いた阿部忠秋の名を
思い出し切り捨てられる覚悟を決め話しかけたらしい。
男から深く話を聞いた忠秋は危険だからと新しくできた屋敷に止まって行けと言うが男は拒否した。
おそらく妻はもうこの世にいない。次に危険なのは幼い息子だ。
私は妻が残した息子を少しでも長生きさせるため
時間を稼ぐと宿で寝ている息子を置いて立ち去った。」
「その男の人はどうなったの・・・?」
恐る恐る尋ねる。
「亡くなったよ。あとを追わせた部下がその最後を見届けたらしい。
この話を受けた忠秋は古くからの知り合いで信頼できる陰陽師に地震の原因の調査を依頼。
極秘に進められた調査の結果、北近江で大きな神力を使った跡と干からびた女性の遺体が発見された。」
「地震・・大鯰・・ですか?」
「流石千夏ちゃんだな。その陰陽師は地震の原因を地震を起こす妖怪である大鯰と断定。
遺体は原型をとどめていなかったが文吉の妻として埋葬された。
このことをひそかに将軍に報告した忠秋は即時対応を要請した。
だが、京の被害を耳にしていた将軍は地震を起こせる賀茂忠行の討伐指示を躊躇した。
その代わりに賀茂忠行討伐のために、賀茂家を支援することに決めたんだ。」
幕府が賀茂家の支援・・・か。
そんなことは千仞が許すのだろうか?
「阿部忠秋に引き取られた男子は幕府の支援を受けながらすくすくと育っていった。
内通者がいると察していた忠秋は将軍に忠誠心が高い信頼できる者を指名することを依頼し
極秘に支援することでその存在を隠しつつ成人したのち、各地へ旅をさせた。
幕府から遠ざけることで江戸への被害を無くし、さらなる支援者を求めるためでもあった。
それは大政奉還が行われた後も皇に役割を引き継がれ現在までに至るってことだ。」
遠くで何かがぶつかる音がする。
その場所に目をやると少し離れた場所で皇が煙管を吸っていた。
「・・忠秋は引き取った男児が旅立つとき姓を賀茂とさせ将軍に対し二つの要求をさせた。
一つは先ほど兼定が言って追った旅先での支援者の斡旋。
男から話を聞いていた忠秋はこれは長い戦いになると踏み子をこしらえた際、
今回の忠秋の様に安心して託せるような支援者が必要だった。
そしてもう一つ。それは討伐時の報酬。
遠い血縁関係であったのにも関わらず襲われた文吉の妻。
その時点で賀茂家の血が入っている人物はほぼいない事を示している。
もし賀茂忠行討伐を成すことが出来ればその血を広めるために援助をしてほしい。
その二つを約束させ、将軍から賀茂忠行の討伐の命を受け旅立っていった。」
煙管を吸いながら背を向け、こちらに語りかける皇。
「龍穂よ。その命は代々引き継がれ今お前に託されている。
本来なら言う必要もないが・・・・改めて命ずる。
お前の先祖達を亡き者し、食いつくしてきた賀茂忠行の討伐をな。」
そして一拍置いた後、こちらに振り返り俺に向けて言い放った。
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