第百八十七話 千夏の居場所
開いた傷口を縫ってもらい、雫さんが待つ千夏さんの病室に戻っているが
後ろからの鋭い視線が俺の背中に突き刺さっている。
「今度同じことをしたら承知せんからな。」
先生だけではなく、付き添ってくれた全員から怒られ終いには手を覆うギプスまで付けられてしまった。
これでは刀さえ触れられないが・・・感情に任せて無茶をした自分が悪いと何も言えない。
「本当ですよ。これから何が起こるか分からないって時に自分の体を顧みないなんて
殺してくださいって言っているようなものなんですからね!」
追い打ちをかけてくる楓。
「・・ごめん。」
俺は謝る事しかできなかった。
「まあでも、龍穂が千夏さんの事をそれだけ大切に思っているってことは伝わったで。」
責め立てられている姿を見た桃子がフォローをしてくれる。
一応千夏さんに会えることになったが看病してくれていた桃子に千夏さんがどんな風だったのかを
聞かなければならない。
「・・桃子。千夏さんの事なんだけど・・・。」
言いにくいかもしれないと、恐る恐る尋ねると一拍置いた桃子の表情は暗くなっていく。
「あんま・・話せなかったけど・・・それでもええ?。」
前置きを置いた桃子に対して頷くと語り始める。
「千夏さんが塞ぎこんでいるって聞いたのは賀茂忠行に受けた傷の療養をしている最中やった。
毛利先生がどれだけ話しかけても口を開いてくれない千夏さんの事を相談されたんやけど・・・
その理由に私は心当たりがあった。」
「心当たり?」
「ここや。」
純恋の問いに桃子が頭を指差して答える。
「頭?」
「純恋と楓は途中離脱してもうたから分からんかもしれんけど・・・
土御門との戦いの最中、私と千夏さん、そんで龍穂も頭痛に襲われたんや。
私はあんま痛くなかったけど・・・千夏さんと龍穂はかなり痛そうにしてて病院で目覚めた時、
その理由が判明した。」
体を上手く動かせないような激しい頭痛に襲われた俺は
何もできずに泰兄が心臓を貫かれる原因を作ってしまった。
今振り返ると心臓を貫かれ記憶の封印が解かれた後、謎の頭痛が収まっていた。
「・・記憶の封印だな。」
「・・・うん。毛利先生に状況の説明を求められて話したんやけど
記憶の封印が溶けかかってたからやって言ってたんや。
あふれ出しそうな記憶が脳に負担を与え頭痛を引き起こすみたいなんやけど
封印されていればされているほど頭痛が重くなる。
だから封印された記憶に千夏さんが苦しめられているとすぐに分かった。」
「そうだったんか・・・。」
「という事は桃子も泰兄と・・・?」
桃子は大きく頷く。
「護国人柱の時にお世話になってな。そん時に軽い封印をされた。
龍穂達のような強い封印や無いし・・・落ち込むような思い入れはないで?」
「そうだったのか・・・。」
その時の事を聞いてみたいが、今は塞ぎこんでいる千夏さんが優先だ。
時間がある時に尋ねることにしよう。
「でな、そのことを雫さんに伝えて千夏さんに話しを通してもらって会えることになったんや。
ゆっくりやけど・・色んな話しを聞いた。
土御門との思い出とかお世話になった日々とか聞いたけど・・・
なんていうか核心に触れる話しは聞けなかった。
落ち込んで身の回りに気が回っていなかったのを見て看病ついでに綺麗にしてたんやけど・・・
一人になりたいって言われてしもうてな。
龍穂が来るまで一緒におれるように説得したんやけど・・・だめやった。」
俺が寝ている間、桃子は千夏さんのために色々やってくれていた様だが
落ち込んだ千夏さんの心を開くには至らなかったようで無念の表情を浮かべている。
「それで今に至るわけど・・・ごめんな。力になれなくて。」
「そんなことはない。むしろお礼を言わなきゃいけないくらいだよ。」
落ち込んで下を向く桃子の肩に手を添える。
心を開くことはなかったとしても千夏さんは桃子がしてくれた事を覚えているはずだ。
それがきっとこれから会う千夏さんに良い影響を与えるだろう。
「・・そうか。」
添えられた手に気が付いた桃子がこちらを向くと俺の言葉を受け取り、再度下を見つめる。
先程の落ち込んでいるような感じではなく、少し逆方向を向いたように見えた。
「純恋達は起きてから何があったんだ?」
再び背中が刺さり始めたので純恋達にもどんなことがあったのかと尋ねる。
「・・お前より早く目が覚めてずっと近くにいたんやけど?」
・・かなりお怒りのご様子。
謝る・・のはおそらく不正解。ここはしっかりと感謝をしておくべきだ。
「そうか・・・。ありがとうな。」
桃子と同じように感謝を伝えると二人は誇らしげな表情でこちらを見る。
俺を守ってくれて本当にありがたい。仲間に支えられていると実感する。
「私達も桃子さんと同じように毛利先生に今の現状の詳細を聞いていますが、
色々踏まえると私達の口から説明するのはあまり良くない気がします。
ですから千夏さんにお会いして落ち着いてから毛利先生とお話しする方がよろしいかと。」
青さんの話しを途中で抜け出したのでまだ聞いていないことが沢山あるだろうが、
楓の言う通り今聞いたとしても頭の中に入ってこないだろう。
そんな話しをしていると千夏さんの病室まで戻ってきていた。
「来たね。やんちゃの代償は大きかったみたいだね。」
俺達を待っていた雫さんは手に巻かれたギブスを見て言ってくる。
部屋の隅には青さんが座っており、奥には俺の血を拭いたタオルが置かれていた。
「まあ小言を言う役目は置くと後ろにいる式神さん達にお任せして・・・
千夏ちゃんの元へ行こうか。」
青さんからも後で説教が待っているだろうが、今は目の前の事に集中するだけだと黙って大きく頷く。
「だけど・・・条件をつけさせてもらうよ。」
「なんや。傷を治すのが条件やないんかい。」
「あれは常識的に考えて至極まっとうな事でしょ?
傷ついている人間じゃなくても手から血を流している奴を連れて行けるはずないよ。」
文句を言う純恋をいなしつつ、こちらへ近づいてくる。
「来るのは龍穂君だけ。他の人には申し訳ないけどお留守番してもらおうか。」
雫さんが突きつけてきたのは俺だけで千夏さんの元へ来ること。
それを聞いた後ろの三人は不満そうな表情に変わり、純恋に至っては殺気を放っている。
「言いたいことは分かるよ。この状態の龍穂君を単体で外に連れ出すリスクは高い。
居場所が分からない弱った得物がわざわざ無防備な状態で出てくるんだ。
襲われたらひとたまりのないだろうね。」
決して戦えない状態というわけではないが、長い時間眠っていた体の動きは確実に鈍っており
片方の手はこんな状態だ。確かに誰も引き連れないで外に出るリスクは非常に高い。
「それに・・・私は服部家の生まれだからね。
今までずっと仲間だと偽ってこれを機に襲うなんてことも考えられる。」
服部家は代々忍びの家系だ。
任務の達成のためならどれだけ時間がかかろうと最も成功率が高い状況まで辛抱強く待ち、
その時が来たら最低限の動きで敵の首元を刈り取る。
それが忍びでありこの人であればそんなことをしてしまうかもしれないと
心の隅にほんの少しの疑念を浮かべてしまうだろう。
「それでも龍穂君。君は千夏ちゃんに会いに来てくれるのかな?」
試されている。俺の強い気持ちだけではだめだ、仲間達の説得するくらいの気持ちではないと
認められないと雫さんは言っているんだ。
だが断念するという選択肢は俺の中に存在しない。
全員を説得するためにみんなの方を向くと、それを見た全員が不満そうな表情を浮かべながらも
ため息をつき始めた。
「・・行くんやろ?」
吐き出した息を再び吸い込み、口を開いた純恋が開口一番に放ったのは諦めたような一言。
「あ、ああ・・・。」
あれだけの殺気を放っていたのにも関わらず、
すんなり認めてくれそうな雰囲気になっていることに驚いた俺は戸惑いながらも返事をする。
「絶対に行くと決めた龍穂さんは意地でも曲がりませんからね。
私達がいくら引き留めたとしても無理やり押し通す姿が目に見えています。」
楓も同じくと言わんばかりに断った先の光景を口に出す。
確かに断られても無理やりにとは言わないが押し通すつもりではあった。
「それに・・千夏さんの事はみんな心配しとる。
明らかに危険な所へ踏み込むのは私達からしたら嫌な選択やけどそれしか方法がないのなら仕方ない。
行ってきや。」
不満を胸に抱えている上でなお、俺の事を送り出す判断をしてくれた。
「・・青さん。」
残るは青さんだけと声をかけるが、まるで会話に参加していないような
抜けた声で返事をすると行ってこいとすぐに答えをくれる。
「ありがとうございます。」
「精々頑張ってこい。泰国に対して後悔を抱いているのなら、
奴が残した罪を少しでも清算して来ることじゃな。」
泰兄の罪。それは残された俺達へ何も伝えることなくこの世を去った事だろう。
その一因を作った俺にも当然非はある。完全な清算をすることはできないだろうが
悲しみを共に背負う事は出来るはずだ。
「・・分かりました。」
強い決意を胸に秘め大きく頷いた。
「思っていた以上に話しが早くまとまったね。じゃあ・・・こちらへどうぞ。」
全員の承諾を得た事を確認した雫さんは俺の前に影を作り上げる。
「私が先に入るから後から続いてね。」
影に沈んでいった雫さんを見ながら深呼吸をして続く。そして影の上に立つと視界が闇に包まれた。
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真っ暗な視界に光が差し込まれると、見覚えのある光景が映し出される。
「ここは・・・。」
今年のお正月、みんなで過ごした仙蔵さんのお家のリビング。
「懐かしい・・って言うほどでもないか。
仙蔵さんのお家。千夏ちゃんがここに行きたいって言いだしたんだ。」
両親を失った千夏さんはここで多くの時間を過ごしてきた。
落ち込んだ時、思い出したのがこの場所という事なのだろう。
だが人がいた気配を感じられないほどに整理整頓された部屋には千夏さんの姿はなかった。
「・・こっち。」
部屋を見渡している俺を尻目に雫さんがドアを開けて廊下を歩く。
背中を追いかけ歩いていくと、兼兄が俺達を説得する場に使った書斎の前で立ち止まった。
「ここに千夏ちゃんがいるよ。」
仙蔵さんが使っていた書斎だが、ここに深い思い入れがあるなんて話しは聞いたことが無い。
どれだけここで悩もうともこの奥に答えが待っているので無駄だとドアノブに手を掛けようとすると、
伸ばした手が叩かれる。
「せっかちさんは嫌われるよ?最初に私が話しをしてくるから呼んだら入ってきて。」
優しくノックをした後、ゆっくりと中に入っていく雫さんだが隙間から千夏さんの姿は見えない。
「・・・・・・・・・。」
落ち込んでいる千夏さんに何を話せばいいか。
勢いでここまで来たが、いざ目の前にすると立ち直らせるビジョンが全く浮かばない。
(でも・・やるしかないよな。)
だからと言って何もしない訳にはいかないと両手で頬を強く叩き、弱い心を叩き直した。
「・・入ってきて。」
扉の奥から雫さんの声が聞こえる。
一呼吸おいてノックの後、ドアを開くと本に囲まれた書斎の中に立つ見慣れた姿。
「・・・・・・・・・・・・。」
髪は結んでいるが手入れをしていないのか上手くまとまっておらず、表情は暗い。
見るからに弱っている千夏さんが本棚を見つめながら立ち尽くしていた。
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