第百八十六話 泰国の死の影響
泰兄の死。そして魔道省、惟神高校の動きを聞いた俺は泣いている場合ではないと
ベットから降りようとする。
「龍穂。まだ話しは終わっておらん。それに大きな傷はないとはいえ、
手に空いた穴の傷は癒えておらんはずじゃ。」
降りようとしてついた手からは激痛が走る。だがそんなことを気にしている場合じゃない。
「っ・・・。話しはまだ後で聞きます。今は千夏さんの所へ行かなければいけません。」
危険が迫っている事だけじゃない。悲しんでいる千夏さんの傍にいるのは俺でなければならないはずだ。
「阿保。危険だと分かって言うのに誰も近くに置かない訳がないだろう。
部屋に入れずとも業が病室の前に立っておる。」
そうであっても・・・行かなければならない。
泰兄が俺に残してくれた言葉。家族や仲間を頼る事。それは俺だけではなく千夏さんにも言える事だ。
絶望の淵に立たされても、仲間に頼ることで一歩を踏み出せる。
仙蔵さんに託されて、泰兄の言葉を聞いた俺が今、あの人の近くに居なければ
式神契約をした意味がない。
青さんの言葉を聞かず、ベットを降りて病室を出ようとする。
「わしの言う事を聞かずに行くんじゃな。」
その姿を見た青さんは低い声色で尋ねてくるが、構わず扉に手をかける。
「ええ。今しかできない事、そして仙蔵さんとの約束を果たすために俺は行きます。」
扉を開けると後ろから青さんのため息が聞こえ、急いで駆けてきた二人が俺と共に歩いてくれた。
「こちらです。」
どこの病室にいるか分からない俺を楓が先導してくれる。
塞ぎこんだ千夏さんは俺を拒むかもしれないが・・・それでもいい。
ひとまず会いに行かないと気が済まなかった。
廊下を少し歩くととある病室の前で話し込む二人の姿が見える。
「手の打ちようがないですか・・・。」
「悔しいけどそうやね。私やなくて龍穂なら・・・。」
加治さんと桃子が真剣に話し合っており、近づいている俺達に気が付かない。
「・・二人共。」
「あっ、龍穂!」
「もう大丈夫なんですか?」
声をかけると二人が心配そうに駆け寄ってくる。
もう大丈夫だと伝え、千夏さんの病室はここかと尋ねた。
「そう・・なんやけど・・・。」
病室の扉を見ながらばつが悪そうに答える桃子。
看病していると聞いていたが・・塞ぎこむ千夏さんに追い出されたのだろう。
「今は誰とも会いたくない・・・か?」
「うん。一人にしてほしいって・・・。」
「そうか・・・。」
励まそうと無理に会おうとした所で逆に千夏さんを傷つけてしまうかもしれない。
「・・龍穂君。魔道省の話しを聞きましたか?」
何もできずに歯がゆい気持ちでいると加治さんが一番の心配な所を尋ねてくる。
「青さんが大まかに教えてくれたよ。」
「そうですか・・・。私は新学期を境に国學館に転校予定ですが
現在はまだ惟神高校に籍を置いています。
大きな動きを見せたのは土御門泰国が亡くなってからですが
その前から動きがあって兼定さんの指示で千夏さんの従者である雫さんと監視をしていたのです。」
雫さんか・・・。
服部忍の息子という事は雫さんの弟。繋がりがあるからこそ兼兄は任せたのだろう。
「泰兄との戦いに姿を見せなかったのはそう言う事か・・・。」
「・・増援に向かえなかった事は申し訳ないと思っています。
ですが惟神高校で動きが徐々に大きくなっていき、監視の目を離す事が出来なかったんです。」
そんな意地悪を言うつもりはなかったとすぐに謝る。
今起きている事件に対処出来ているのは間違いなく監視をしてくれた二人のおかげだ。
「大丈夫ですよ。気にしていません。
大まかとおっしゃいましたので詳細をお伝えしましょう。
始まりは八海の事件を起こしたと言える魔道省の高官を父に持つ惟神高校の生徒。
今振り返れば服部忍の息子、服部善三が唆したと分かります。
その生徒に八海高校を襲わせることで惟神高校の生徒に対してあまり警戒はされておらず、
水面下で動けば時が来た時用の準備程度を行えると理解させてしまった。」
「それが・・今だと。」
「ええ。副長官が事件を起こし、わずかですが神道省が傾いている今が好機だと
整えていた策を奴は動かし始めました。
生徒達を率いて国學館高校に攻め込み、実力を認めさせ転入を試みています。」
「・・でもそんなことをしてもなんにもならんやん。
国學館高校になったとしても三道省に関わる事なんて・・・。」
「服部忍の息がかかっているという事はそこに狙いはない。
青さんも言っていただろ?狙いは千夏さんだって。」
俺の話しを聞いた加治さんは大きく頷く。
「謀ったように酒井様が姿を見せない今、奴は魔道省の長官の座を狙っています。
奴の狙いは心に傷を負った千夏さん。皇學館大學に入学する前の千夏さんに近づき・・・
息子と親密な仲にして服部家の家系に徳川家の文字を刻む気なのでしょう。」
それは・・・聞き捨てならない。
「・・龍穂さん?」
江ノ島で俺と婚約を結ぶと息巻いた千夏さん。
あの時は受け答えに困ってしまったが、今であればあの言葉に秘められた決意がはっきりとわかる。
加治さんの話しを聞いた俺は言葉を発っすることなく千夏さんの病室の扉に手をかける。
あの言葉はどんな手を使っても魔道省長官の座に就くという宣言だ。
俺が生き残り、俺と共に魔道省を成り上がるという大いなる宣言を無駄にしてはいけない。
それに・・・あの人に惹かれている。
自らの野望のために使おうなどという奴にどんな状況でも頼りになる千夏さんを
易々と渡してたまるものか。
静止しようとする楓達に構うことなく病室を開けるとそこには窓を眺めながら佇む影が一つ。
「・・ノックもしないで入ってくるなんて感心しないね。」
そこにいたのは千夏さん・・ではなく、雫さんの姿があった。
「千夏さんは・・どこですか。」
沸き上がる怒りを抑えつつ、千夏さんの行方を雫さんに尋ねる。
「お出かけ中。一人にしてほしいんだってさ。」
平然と答える雫さん。塞ぎこんでいる千夏さんを一人で外に出すなんて一体何を考えているのだろうか?
「俺もそこに行きます。場所を教えてください。」
「話し聞いてた?今あの子には時間が・・・。」
空気の読めない態度に飽きれ、再度断ろうとした雫さんの目線が俺の足元に落ちていく。
「アカン!あんた手に穴が開いてたんやで!!」
後ろから桃子の声が聞こえてくると俺の手を必死に開こうとして来る。
見ると傷を塞ぐために巻かれていた包帯から血が滲んでいるどころか指の隙間から溢れ、
床にポタポタと落ちていた。
「・・馬鹿だね。」
怒りのあまり手の激痛に気が付かず、傷口が開いてしまっていた様だがそんなことは関係ない。
一人でいる千夏さんの傍に今すぐにでも行かなければならないと
俺を心配してくれる桃子に構わず雫さんの元へ歩いていく。
「・・千夏さんはどこですか。」
逃げられないように距離を詰め、再度尋ねる。
手を出すわけにはいかない俺にできる精一杯の威圧感で迫るが雫さんは表情を崩すことなかった。
「相手から情報を引き出した時にするのがそれなの?
千夏ちゃんの従者である私だからこそなのかもしれないけど・・・褒められたもんじゃないね。」
俺の威圧を躱すように移動する雫さん。
「でも・・・今のあの子にはそんな強い気持ちで助けようとする君みたいな子が必要なのかもね。
いいよ、教えてあげる。」
気持ちが伝わったのか。雫さんは俺の頼みを聞いてくれる。
「それじゃあ・・・。」
「だけど。まずはその手の包帯を何とかしてもらってきな。そんな恰好であの子に会わせられないよ。」
こちらに歩きながら合わせる条件を伝えてきた雫さんは俺の額を軽く叩くと、
後から鋭い手刀が飛んできた。
「阿保!今すぐ先生の所へ行くで!!」
後ろを振り返ると怒った純恋がおり、傷のついていない方を手を引くと病室の外へ俺を引っ張った。
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「あの子も随分と重い使命を背負っているはずなのに・・・
千夏ちゃんはとんでもない子に狙いを定めたのかもしれないね。」
龍穂の血で汚れた床を置かれていたタオルで拭く雫。
先ほどまで一人になりたいと外に出した自分の行動を後悔しながら外を眺めていたが、
怒りに支配されながらも決意ある龍穂の姿を見て、少し心が晴れやかになっていた。
「そう言う奴じゃ。心配なのは分かるがあまり気にしてやるな。」
独り言で口に出した気になっていたが、まさか返答があるとは思わず急いで顔を上げると
そこには青龍、そして春の姿があった。
「あら。独り言を聞かれてしまいましたね。龍穂君に会いに来たのなら先生の元へ行きましたよ?」
「そのつもりで来ましたが・・・お邪魔だったみたいですね。」
若者たちの青春劇が繰り広げられていた病室にこのまま留まる気はないと、春は雫に向けて語る。
「・・今の千夏ちゃんには支えが必要です。以前彼女を支えた泰国さんのような人が・・・。」
「分かっています。我々が抱えている問題は山積みですが
魔道省、そして惟神高校の問題は迅速に対処しなければならない。
千夏さんに立ち直ってもらわなければなりません。」
春は水を差すつもりはないと胸元から名刺を取り出し、雫に渡す。
「一段落つき次第連絡をいただきたい。”我々”は・・・龍穂君達に話さなければならないことが
多くありますから。」
背を向け病室から去ろうとする春に向けて雫が口を開く。
「私が言うべきではないことは分かっていますが・・・あまり無理をなさらないで下さい。
今回の一件で真に心を痛めているのは”あなた方”なのですから。」
龍穂も千夏も泰国に支えてもらっていたが・・・それ以上の関係を持っている彼らの心中を察した雫は
いてもいられなくなり思わず声をかけてしまっていた。
「・・お心遣い感謝いたします。」
短い礼を述べた春はそのまま病室を後にする。
自らの記憶を封印し、家族のために動いていた泰国を失った白達は大きな動きを見せていない。
この問題は各々が解決できる問題ではなく、全員で支え合って再び立ち上がらなければならない。
そのためには彼が残した謎を全て解き明かし、彼が望んだ結末にたどり着かなければならないだろう。
「大変なことになったもんです。」
その結末にたどり着くための道のりは、今まで以上に厳しいことは全員が察している。
本当じゃなと呟いた青と共に雫は龍穂達の帰りを待っていた。
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