中途半端を維持する方が儲かる場合も割とある
「師匠、いい加減機嫌直してくださいよ」
「うるせぇ、何が師匠だ! 調子のいいこと言っといて肝心な時に見捨てるような奴を弟子にした覚えはねぇ!」
もはや日常となった昼食時。こちらも定番となった分厚い肉の挟まるサンドイッチを食べながら言う俺に、師匠が豊かな髭を震わせながらそっぽを向いて言う。普通に会話こそしてくれるようになったが、どうやらまだまだおかんむりらしい。
「いやでも、あの場に俺が残ったって何の役にも立たないじゃないですか。それとも師匠が忙しく書類に目を通したりサインしたりしてる横で、何もせずにぼーっと突っ立ってる方が良かったですか?」
「……それはそれで面白くねーな」
「でしょ!? ならやっぱり帰って良かったじゃないですか!」
「チッ、屁理屈ばっかり上達しやがって! そこはオメー、差し入れを持ってくるとか色々あるだろ」
「泥棒に入られた直後に店をがら空きになんてしたくないですよ! かといって勝手に店を閉めるわけにもいかないですし、そもそも師匠の差し入れって酒ですよね? 詰め所で書類仕事してる人に酒なんて差し入れできないですって!」
「こまけーこたぁいいんだよ!」
「いや、細かくはないですよ!?」
「クッ、フフフ…………」
と、そこで俺と師匠のやりとりを見ていたティアが口を押さえて笑い始める。むさい男二人がいぶかしげな視線を向けるも、ティアの笑いは止まらない。
「何だよティア」
「ご、ごめんねエド……二人ともすっごく仲がいいんだなって思って」
「ハァ!? おい嬢ちゃん、それは聞き捨てならねーな。俺とこの薄情者のどこが仲がいいってんだ!?」
「そういう風に言い合ってても、喧嘩にならないところかしら? エドのことが本当に許せないんだったら、ドルトンさんならとっくに殴って追い出してるでしょ?」
「……チッ。勝手に言ってやがれ」
ティアの言葉に、師匠がそう言ってサンドイッチを囓る。ここまでならば照れ隠しだが、これ以上いじると本当に機嫌が悪くなることはこの短期間でもティアにはわかっているらしく、チラリと俺を見て笑ってから露骨に話題を変えてきた。
「そういえば、泥棒っていうか、勇者? の人は結局どうなったの?」
「あ、それは俺も気になってました。どうなったんですか師匠?」
「アン? あー、アイツなら普通に釈放されて国に帰ったぜ」
「そうなんだ。話は聞いてるけど、本当に無罪放免で良かったの?」
ティアの素朴な問いかけに、師匠は難しい顔で腕組みをする。
「うーん、いいか悪いかで言うならよくはねーんだろうが、勇者を犯罪者扱いすると色々と面倒くせーからなぁ。下手に追求しようとすると、アイツの言ってた寝言が本当になりかねん。なら最初から何も無かったことにするのが一番無難なんだよ。
筋を通してーって気持ちはあったが、そんなもんのために国に喧嘩売るほど若くもねーしな」
「へー。明らかに悪いことしたのに捕まえる方が面倒って、やっぱり勇者の権限って凄いのねぇ」
「それに見合うだけの成果を出してりゃいいんだがな。ったく、五〇〇年も前に決めた約定をそのまま使い続けるなんざ、どだい無理な話なんだよ。そもそも今の奴らは本気で魔王を倒そうとなんてしてねーだろうしよぉ」
「え、そうなの!?」
驚いたティアが、俺の方に顔を向けてくる。が、俺だってこの世界の情勢にそこまで詳しいわけじゃない。必然師匠の方に視線を向けると、師匠があごひげを撫でながら話を続けてくれる。
「そりゃそうだ。魔王が現れてから、もう五〇〇年。これだけ長い時間がありゃ、利権ができあがるにゃ十分だ。魔王と戦うって大義名分がありゃ税金だって搾り放題、何か困ったことがあっても『魔獣がやった』『魔王のせい』にしときゃとりあえずは収まる。
どんな悪事を押しつけても問題にならない相手なんて、もったいなくて倒せねーさ」
「そんな……じゃ、じゃあ何であの勇者の人は、お店の剣を盗んだの? 魔王と戦うために強い武器が欲しかったってわけじゃないのよね?」
「さあな。見栄を張りたかっただけか、あるいは俺が断ったせいで『勇者である自分』を否定されたのが我慢できなかったのか……どっちかって言うなら後者か? そうじゃなきゃ国に連絡してお偉いさんを引っ張り出してきたはずだ。そうなると流石に俺も断れねーから、アイツに剣を打ってやっただろうしな。
まあ、その結果できあがるのは結局あの数打ちと同じ程度の性能に、ゴテゴテと装飾をつけまくった見栄え重視の『勇者の剣』だろうけどよ」
そう言って、師匠がニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。子供どころか大の大人でも裸足で逃げ出しそうな恐ろしさだ。
「うわー、師匠めっちゃ悪い顔してますよ?」
「けっ、うるせーよ! 客の望むとおりの剣を打ってやるってんだからいいだろうが。実際そういう依頼も無いこたーないんだぜ? 装飾はあんまり得意じゃねーから、その場合は別の鍛冶師を紹介してるけどな」
「えっ!? 師匠にそんな気配りができたんですか!?」
「言ってろ!」
「ぐはっ!?」
俺の脳天に石より硬い師匠の拳骨がめり込む。頭蓋骨を超えて響いてくるその衝撃は下手な戦士顔負けの攻撃力だ。
「さあ、くだらねー話は終わりだ! おいエド、今打ってる剣、できたら見せてみろ」
「あ、はい。わかりました」
「あーあ、楽しいとあっという間ね」
師匠がさっと席を立ち、俺が慌てて支度を始め、ティアはやや残念そうにその場を片付けて昼食の時が終わる。それからしばらくしてできあがった剣を渡すと、師匠が真剣な表情でじっと見定めてくれる。
「ど、どうですかね……?」
「……………………まあまあだな」
「また『まあまあ』ですか……」
初日からずっと、俺の剣を見た師匠の感想は「まあまあ」しかもらえていない。その代わり映えのなさに言い知れぬ不安を感じなくもないが、そんな俺の内心をお見通しとばかりに、師匠が口元をゆがめて言う。
「あのなぁ、鍛冶の腕なんてのは五年一〇年かけて磨くもんだ。たかだか一ヶ月かそこらで目に見える上達なんぞするわけねーだろうが」
「いや、わかってはいるんですけどね……精進します」
「へっ、腐らねーでそう言えるなら、いずれはちったぁ上達すんだろ……ところでエド、こいつは随分薄刃に打ってあるが、何でだ?」
「え? ああ、ちょっと切れ味を追求しようと思ったというか、そういう剣を使ってた時期がありまして」
師匠に問われて、俺は通常の半分程度の厚さしかない剣の理由を説明する。思い浮かべていたのは当然「薄命の剣」のことだが、こいつはただの習作なので完成度は比べるべくもない。
「そうか……この前の鉄格子を切らせたときに改めて思ったんだが、テメー相当な使い手だよな? 何で勇者じゃねーんだ?」
「何でって、それを俺に言われても……勇者の選考条件なんて知りませんし」
最大の理由は当然俺がこの世界の人間じゃないからだが、勇者の選考基準を知らないことも本当だ。一般的には国王なり皇帝なりが指名しているらしいと言われているが、貴族と同じく国家が認定する存在なので単に強ければいいというものでもないんだろう。
「ま、そりゃそうか。俺だってそんなの知らねーしな。だが……ふむ」
俺の鍛えた剣をあらゆる角度から眺め、金属疲労度なんかを調べるための小さな金槌でカンコン叩いたりしていた師匠が、その剣を足下に置いてから改めて俺に話しかける。
「なあエド。テメー、俺の鍛えた剣を使ってみる気はねーか?」
「ふぇっ!?」
全く予想していなかったその提案に、俺は今回も間抜けな声をあげてしまった。




