落ち込むほどに下ではないが、思い上がるほど上でもない
「来たか」
入ってきた俺を一瞥して、ドルトン師匠が短く呟く。その体はよどむこと無く鍛冶の準備を進めていたが、俺はあえて何もせずその場で指示を待つ。超がつくほど一流の職人となれば、準備一つだってそう簡単に他人には任せないからだ。
「これでよし……それじゃ俺は仕事をするが、テメーはまず剣を一本打ってみろ。道具はそこのを使っていい。材料の鉄もそっちのインゴットを使え。できるか?」
「わかりました」
ぶっきらぼうに言う師匠の言葉に、俺は頷いて隣にある炉の準備を始める。師匠の使う炉に比べれば幾分年季の入った感じだが、手入れはしっかりとされているため鍛冶仕事をするのに問題は感じられない。
専用に加工された石炭を炉にくべて、温度が上がればインゴットを熱し、後はひたすら金槌で叩く。カン、カン、カンという音を響かせて作り上げたのは、何の変哲もないごく普通の鉄剣だ。
ごくありきたりな材料と道具を使うとなれば、幾ら俺が「見様見真似の熟練工」を使ったとしても、質のいい鉄剣という域を出るものは作れない。だがこれがこの場での俺の全力。ならば何も恥じることはない。
「できました、師匠」
「おぅ」
俺の呼びかけに、師匠が剣を受け取り子細に観察していく。だがその顔はどういうわけか渋めで、口元を歪める様子は俺の不安をこれでもかと煽ってくる。
「あの、師匠? そんなに駄目ですかね?」
「あん? いや、そうじゃねえ。そうじゃねえんだが……どうしたもんかと思ってな」
「えっと……?」
「……いいか? 別に鍛冶に限った話じゃねーが、人が何かを作ればそこには必ず作り手の癖ってもんが現れるんだ。で、この剣にもテメーの癖が出てる。それはいいか?」
「はい」
妙に神妙な顔で言われたが、あまりにも当たり前の内容に俺は素直に頷くことしかできない。だが師匠の表情はそこで怪訝そうに歪み、それに合わせて言葉が続いていく。
「だが、テメーの作った剣には、二人分の癖がある。正確には全く癖のない他の誰かの痕跡があるんだが……これがあり得ねーんだよ。
癖ってのは、いわば力の強弱だ。どっかで強く叩きすぎたなら、どっかを弱く叩くことで帳尻を合わせる。そうやって最終的に全体を均一にするわけだが……テメーの打った剣には、この強弱がこれっぽっちも無い部分がある。それがどうにも理解できねーんだ」
「あー……」
「その様子だと、心当たりがあるんだな?」
「まあ、はい……」
問い詰めるような師匠の目に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。どう考えてもその「強弱の無い部分」ってのは「見様見真似の熟練工」を使ったところだろう。にしても、そんな違いがわかるのか……やっぱり師匠はスゲーな。
「なら、命令だ。その打ち方は二度とするな。少なくとも俺のところにいる間は禁止だ」
「へ!? えっと、理由を聞いても……?」
スキルを使わなかったら、俺の鍛冶の腕は一気に落ちる。いきなり変な声をあげてしまった俺に、師匠がしかめっ面のまま答えてくれた。
「そのくらいテメーで考えろ……と言いてーところだが、まあ教えてやる。鍛冶をするにあたって、常に均一の力で金槌を振るうなんてのは基本中の基本だ。が、本当に全く同じ力で打ち続けるなんざ人間業じゃねぇ。どっかをほんの少し強く打てば、どっかをほんの少し弱く打って帳尻を合わせる。それが鍛冶における職人の個性ってやつだな。
だってーのに、テメーの変な打ち方はその波が全く無い。それは完璧な仕事とも言えるが……逆に言えば伸びしろが無いってことでもある。自分でも気づいてんだろ? だから全体をこの完璧な打ち方にしてねーんだろうしな」
「それ、は……」
完璧に図星を指され、俺は言葉を詰まらせる。この追放スキルを手に入れた瞬間、俺は何の苦労も無く一流と呼ばれる職人と同等の力を手に入れることができた。
だが、そこ止まりだ。俺の追放スキルは使えば使うほど成長するなんてことはない。最初から一流、だが最後まで一流。一流を超える超一流になるためには、俺自身の腕を……借り物のスキルじゃなく、この体に染みこませた技術を鍛える必要があると思ったからこそ、俺は今ここにいるのだ。
「でも、それが無いと俺は……」
「フンッ、精々二流ってところだな。その辺の店で数打ちを打てるくらいの技量はあるだろうが、俺の店に並べるような商品は無理だ。正直なところ、この腕なら弟子にはとらねぇ」
「なら、何で俺を弟子に……?」
「ケッ、弟子じゃなくて雑用だって言っただろーが! あとはまあ……テメーの剣を見たからな」
「剣?」
「そうだ。あの姉ちゃんの剣は、テメーが打ったんだろ? あれには使い手に対する気配りが、いいモノを作りてーって情熱が、最高を目指したいって志が……作り手の魂が確かに感じられた。
足りない技術をよくわからねー力で補ってるのも、別に悪いとは思ってねぇ。それで完成度があがるならドンドン使えばいい。テメーの矜持のために持ってる力を使わねーで駄作を仕上げるなんざ、職人の風上にもおけねーからな。
だが、そいつに頼ったらテメーはこれ以上成長しない。だから俺のところにいる間は禁止だ! 普通に打って普通に腕を磨け。いいな?」
「師匠……っ」
「カーッ! んな顔すんじゃねーよ。ケツに殻のついたヒヨコがいたら、殻くらい蹴っ飛ばしてやらねーと俺のケツが痒くなるんだよ! わかったらそいつを鋳つぶして、今度はテメーの腕だけで一本打ちやがれ!」
「はい!」
不機嫌そうにそっぽを向く師匠の背に、俺は心からの感謝と尊敬を込めて返事をする。ああ、ここまで純粋に誰かを自分の上位者だと認めたのはいつ以来だろうか?
(知らねーうちに、糞みたいに思い上がってたんだろうなぁ)
追放スキルという借り物の力が揃っていくことで、俺はドンドン強くなった。それに加えて今は二周目……過去の出来事を知っているという事実が、無意識のうちに関わる全ての人間を「俺が守り導いてやる存在」だと考えていたのかも知れない。
それは何と傲慢で自分勝手な考え方だろうか? ちょっと力をもらっただけで大した成長もしてない若造が、勇者なんて世界に選ばれた存在に対し、どれだけ思い上がった態度をとっていたのか?
(うっわ、超恥ずかしい! めっちゃドヤ顔とかしてたの、超恥ずかしい!)
今までの自分の言動を思い返すと、顔から火が出そうになる。あー、ティアがこの場にいなくて本当によかった。いたら絶対からかわれるやつだ。「フフッ、エドったら元気がいいのね?」とか言いながら笑顔でほっぺたをプニプニされるのだ。
いや、それとも実は顔に出してなかっただけで、今までもこっそりそんな風に思われてたりしたんだろうか? うわー、うわー! たまらん! これはたまらんぞ!?
「おいテメー、さっきから何をワチャワチャしてやがる! ちったぁ落ち着きやがれ!」
「す、すみません!」
俺の精神的動揺を感じたのか、振り向いた師匠が呆れた顔でどやしつけてくる。
落ち着け俺。平常心だ。心を無にして鉄と語らい、剣を打つのだ。
「ったく、俺としたことが早まったか……?」
「いやいや、そんなことないです! 大丈夫ですから!」
「テメーが自分で言うのかよ!? まあいい、ちゃんと打てよ?」
「はい!」
師匠の言葉にまっすぐに返事を返し、俺は心と体を整え、炉に向き合う。
心機一転。気づかせてくれた師匠への感謝を込めて、俺はただ俺の力だけでその金槌を振るった。




