妥協とは諦めではなく、現実と向き合う決断のことだ
「……お? お、おおぉぉぉ!?」
次の世界に一歩踏み出し、周囲の景色を見回した俺は思わず声をあげてしまう。遙かに見上げる大きな山と、幾筋もの煙が立ち上る麓の町……わかる、わかるぞ! 今回はしっかりと覚えている!
「ここが次の世界? ねえエド、ここは……きゃっ!?」
「やった! やったぞティア! お前のくじ運は最高だ!」
「な、何!?」
戸惑いの表情を浮かべるティアを、しかし俺は満面の笑みで抱きしめまくる。俺のこの喜びはそんなことでは止められないのだ。
「エド! ちょっとエド! もーっ、いい加減にして!」
「あてっ!?」
が、思いきり臑を蹴られると流石に止まる。ぐぅ、痛い。だがこれは甘んじで受け入れるべき歓喜の痛みだ。
「で、ここは何なの? 何でそんなに喜んでるわけ?」
「ふっふっふ、ここはな……俺の師匠のいる世界だ!」
「師匠? それってこの世界の勇者様が、エドの師匠ってこと?」
「まーな! ってわけで、早速行こうぜ!」
ティアの手を取り、俺は意気揚々と街道を進んで行く。そうして辿り着いたのは、最初の世界のアトルムテインのような鍛冶の町だ。
ただし、そこにいるのは人間じゃない。町中を闊歩するのは俺の胸ほどの背丈しか無い人ばかり。だが当然子供というわけじゃなく、男は大抵筋肉ムキムキ、女の方はぷっくりと丸い感じで、それは俺やティアの良く知る種族と酷似した特徴を持っている。
「ねえエド、ここってドワーフの町なの?」
「多分な。彼等は『鉱人族』って呼ばれてる種族で、やや背が低かったり酒が好きだったり鍛冶が得意だったりするんだが、それがティアの知ってるドワーフと全く同じかと言われるとわからん」
「うーん、同じにしか思えないけど……でも、世界が違うんだからそうよね」
「そういうこった。ま、普通に接すれば何の問題もねーよ」
似ているからという理由で、同じかも知れないものを「同じ」だと断定して思い込むのは極めて危険だ。が、相手は同じ人族。会話も通じるし種族的に敵対しているとかじゃないんだから、礼節を持って普通に接すれば何の問題もない。
「どういうことだ!?」
と、そこで通りの奥からそんな怒鳴り声が聞こえてくる。俺達がゆっくりと歩きながら近づいていくと、そこには俺より少し年上くらいに見える人間の男と、如何にも頑固そうな鉱人族の男が向き合って立っていた。
「どうもこうもあるか。テメーみたいなガキに打ってやる剣はねぇ。さっさと帰れ」
「ガキだと!? この俺がアクトルの勇者だと知ってのことか!?」
「目の前で名乗られて知らねーわけねーだろ。馬鹿か?」
「ぐっ!? な、なら約定に従って、剣を――」
「だからそいつを持ってけって言ったじゃねーか!」
鉱人族の男が、近くの壁に立てかけられている一本の剣を指さした。だがそれを見た自称勇者の男は更にいきり立って声を荒げる。
「ふざけるな! そいつは店売りの数打ちだろ!? 勇者のために剣を打つ、それがアンタの仕事だろ!」
「そうだぜ。だからテメーにその剣を売ってやるんだ。ちゃんと打って欲しかったら、相応の腕になってから来やがれ!」
「……クソッ! 後悔するなよ!」
「ハッ! 口より腕を鍛えて後悔させてみやがれ、バカヤローが」
取り付く島も無い態度を取る鉱人族の男に、自称勇者の男が捨て台詞を吐いてその場を去って行く。それに合わせて鉱人族の男もまたその場を歩き去って行き、辺りには平穏な喧噪が戻ってきた。
「よし、じゃあ行くか」
「うん……あれ?」
再び歩き出した俺の手を、不意にティアが不思議そうに引っ張る。
「ねえエド、何処に行くの?」
「ん? 何処って、そりゃ師匠のところだけど」
「いや、だって、あの人が勇者でエドのお師匠様なんでしょ?」
「へ? あ!? あー、そうだな。へへへ、最初の俺と同じか」
ティアの言葉に、俺は一周目の自分を思い出して苦笑いを浮かべる。そうだよな、別に俺が間抜けだったわけじゃなく、知らなきゃそうなるよなぁ。
「むー、何その顔?」
「いやいや、俺も同じ失敗したなって思っただけ。大丈夫、今から向かう先にいるのが本物の勇者だから」
「本物? ってことは、さっきの人は偽物なの?」
「そういうわけでもねーんだが……その辺の細かい話は後でゆっくりするよ。それより今のうちに師匠に挨拶しときてーんだ。鍛冶場に引っ込まれるといつ会えるかわかんねーし」
「ん。わかんないけどわかったわ。じゃ、後でちゃんと教えてね?」
目で訴えかけてくるティアに大きく頷くと、俺はさっきの鉱人族の男が入っていた店に足を踏み入れた。するとそこでは不機嫌な態度を隠そうともしていない男が店内に飾られた武具をしかめっ面で眺めている。
「ん? 何だテメーは?」
「初めまして。私は流れの鍛冶師をしております、エドといいます。鍛冶師ドルトン様に是非とも教えを請いたく参上致しました」
「ケッ、気取った事言いやがって。今の俺は機嫌がワリーぞ? つまんねーものを見せられたらへし折っちまうくらいにはな」
「覚悟の上です。ティア、その剣を貸してくれ」
「あ、うん」
一言断り、俺はティアから霊銀の剣を受け取り、そのままドルトンに差し出す。するとドルトンは剣を受け取り、真剣な目つきでそれを見つめながら俺に声をかけてくる。
「問うぞ。これはテメーの最高傑作か?」
「違います」
「……なら、何でそんな半端なものを見せた?」
「最高の環境、最高の材料、最高の道具、最高の使い手……理想とする全てが揃うことなど現実的じゃありません。だからこそその剣は、その時俺に与えられた全てで打ったものです」
存在を知っているだけの究極の金属や、かつてあったとされる魔法の釜。そんな夢物語を追求した最高傑作なんて生涯をかけても作れやしない。ならば目の前にある現実で可能な限りの結果を出す。そんな俺の決意を耳に、ドルトンは顎に蓄えた髭をしごきながら深く考え込む。
「……筋は悪かねぇ。念のため聞くが、これはテメーが一人で打ったのか?」
「? ええ、そうですけど……?」
「フン……」
鼻を鳴らしてなおも剣を見つめるドルトンの姿に、俺の額に汗が一筋流れる。
一周目の時、俺は単なる素人で、ここでやったのは雑用がほとんどだった。最後の方ではいくらか教えてもらい、その後の世界で「見様見真似の熟練工」を手に入れてからは本格的に鍛冶をするようになったが、だからこそこの世界でのドルトンの腕が今も目に焼き付いている。
ここは第〇四八世界。つまりこの後五〇年ほど俺は鍛冶に勤しんでいたわけだが、勿論あくまでも勇者パーティの一員としての活動が優先されるため、本気で打ち込めた時間はそれほどでも……?
(ん? よく考えると俺が鍛冶に専念できた時間って、言うほど大したことないんじゃねーか? でもその割には……実は俺って鍛冶の才能があったとか?)
何となく、頭の隅に何かが引っかかる感じがする。が、俺がそれを気にするよりも前にドルトンが口を開いた。
「まあいいだろう。とりあえず雑用くらいにゃ使ってやる。見て盗めとまでは言わねーが、手取り足取り教えてやるほど暇でもねーぞ? それでいいか?」
「勿論です。宜しくお願いします、師匠」
「ケッ、何が師匠だ!」
俺の言葉に、押しつけるように剣を返してきたドルトンが口元を歪めて作業場の奥へと消えていく。一見すると不機嫌そうに見える態度だが、さっきと違って今回のそれは微妙な照れ隠しであることを俺はちゃんと理解している。
どうやらあの日の俺の全力は、最初の関門を突破できる程度には高まっていたようだ。
「おら、さっさときやがれ雑用!」
「あ、はい! 悪いティア、多分この町に長期滞在することになると思うから、宿をとっといてくれるか?」
「わかったわ。じゃ、また後でね」
「おう!」
笑顔で送り出してくれたティアに腕を掲げて応えつつ、俺は灼熱の鍛冶場へと足を踏み入れていった。




