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【Web版】追放されるたびにスキルを手に入れた俺が、100の異世界で2周目無双  作者: 日之浦 拓
第五章 荷運び勇者の逃避行

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たとえ名人だろうと、「知らない」を演じることはできない

 無事に王国軍から逃げ切り、聖スロウン法国へと入国を果たした俺達に対する追撃は、一気にその過激さを失った。


 と言っても、何もしてこなくなったわけじゃない。直接的な暴力に訴えることがなくなったかわりに、買収やら色仕掛けやらの比率が著しくあがっただけだ。


 もっとも、国内に入ってしまえばエクリルまでは二週間、しかもその大半が移動時間だ。途中の町に滞在した時にここぞとばかりにやってきた美男美女と商人の群れはそれぞれが牽制し合うように潰し合い、結果として大した苦労をすることもなく俺達は無事に町まで辿り着くことができた。


「私達はここまでにしておきますわ」


 乗合馬車を降り、町の門までの僅かな距離。そこで不意にパームがそう声をあげ、俺達は全員で賞金首のお嬢様の方を見る。


「何だ、中には入らねーのか?」


「はい。流石にここまで来てしまうと、もうトビー様から奪う機会も無さそうですもの。後は神殿から奪うことに致しますわ」


「ははは、奪うのを諦めてはくれないんですね」


「当然ですわ! そのお宝に相応しいのが私であるという確信は、今も全く揺らいでおりませんので。ですが、本当に宜しいのですか? たとえ中立を謳う国の大神殿だろうと、力に目を眩ませる輩は確実におりますわよ?」


「それは……と言っても、他に適当な場所もないですし」


 パームの言葉に、トビーは力の無い苦笑を浮かべる。


「人の手に渡らないってだけなら海にでも捨てればいいんでしょうけど、それだといつの間にか力が漏れ出したりしそうですし……かといって壊すのも、壊したら何が起こるかわからないわけで。


 そうなると不安が残ったとしても人の手で封印して監視し続けるのが一番確実だろうっていうのが陛下のご判断ですから」


「まあ間違ってはおりませんが……それなら私の手元に置いて、私が管理するのでも同じなのでは?」


「いや、永世中立の独立国家と賞金首のアジトじゃ違うだろ」


「まあ、エド様は無粋ですのね」


「正論ってのは無粋なもんさ」


 肩をすくめて言う俺に、パームが不満げに唇を尖らせる。


「ふぅ、殿方というのはもっとおおらかに生きた方が良いと思いますわよ? では皆様、ごきげんよう」


「失礼させていただきます」


 そう言って一礼すると、思った以上にあっさりとパーム達が離れて行った。その背を見送るトビーの顔が、どことなくしょぼくれて見える。


「何だ、ひょっとして寂しいのか?」


「……正直、ちょっとだけ」


「お宝を狙う賞金首とは言え、ずーっと一緒にいたものね。気持ちはわからなくもないけど……」


「ここは気持ちを切り替えるしかねーだろ。ほれ、行こうぜ」


「はい、そうですね」


 俺とティアの言葉に、笑顔を取り戻したトビーが答える。改めてエクリルの町へと入り早速神殿に行くも、流石に即時では対応できないと言われ、予約だけとってその日は宿に泊まり……そして翌日。


「これが陛下からの書簡となります。ご確認下さい」


 対応に出てきてくれた女性神官に、トビーが見るからに上質な紙で作られた書簡を渡す。それを受け取った神官は躊躇うこと無く書簡を開くと、その中身を見てから改めてトビーに話しかけた。


「確かに確認致しました。では『魔王の心臓』の入った箱をこちらにお引き渡しいただけますか?」


「えっ!? いや、それは大神官様に直接お渡ししたいんですけれど……」


「そう申されましても、こちらとしても実物を調べてからでなければ大神官様にお渡しすることはできないのです。万が一にも大神官様の身に直接的な危険が及んでは大変ですから」


「あー、それは確かにそうだと思いますけど、でもほら、国王陛下の書簡を見せたじゃないですか? それで保証にはなりませんか?」


「この書状は半年以上前に書かれたものですよね? それだけの期間で箱の封印が劣化している可能性をどうして否定できるのですか? 我々で調べてからでなければ大神官様にお引き渡しはできません」


「わかります、わかりますよ? ならせめてこちらに大神官様に来ていただいて、その上でこちらで調べてもらうのはどうでしょうか?」


「ハァー……じれったいですわね」


 目深にフードを被った女性神官とトビーの話し合いは、何処までも平行線を辿る。一向に進展しない事態に小さくため息をついた女性神官が不意にトビーに近づいてくると、素早くその口をトビーの口に押し当てた。


「むぐっ!?」


「わっ、何!?」


 驚いたトビーが体を硬くし、ビックリしたティアが両手で顔を覆いつつ指の隙間から見ているなか、数秒ほどピチャピチャという水音が響いてから女性神官が離れる。つぅっと糸を引く小さな唇には会心の笑みが浮かんでおり、その手にはトビーが持っていた金属製の箱が掴まれている。


「…………はっ!? な、何を!?」


「ふふふ、対価はそのくらいで宜しいですか? トビー様?」


「えっ、その声は、まさか……っ!?」


「オーッホッホッホッホ!」


 バッとローブを取り払えば、そこに現れたのは昨日別れたばかりのパームの姿。勝ち誇る姿に俺が素早く駆け寄ると、その軌跡に立ち塞がるのは執事服を着た初老の男。


「おっと、行かせませんぞ!」


「チッ、ここで来たか! ティア!」


「ごめん、ここじゃ無理」


 クロードと対峙する俺の言葉に、しかしティアは顔をしかめて言う。神殿内部は壁も床も全てが綺麗に磨かれた石造りで、ここでは森の時のような拘束魔法は発動させることができないんだろう。


「全ては計算通りですわ! ということで、今度こそごきげんよう!」


「さらばです!」


「あっ、オイ! もっと無駄話とかして行けよ!」


 神官になりすました方法やどうやって声を変えていたのかなど、ありがちな悪党なら得意げに語るはずの話を一切口にすること無く、目的を果たしたパーム達が猛烈な勢いでこの場から走り去っていく。それを俺が見送ると、呆気にとられていたトビーが遅ればせながら騒ぎ声をあげた。


「ちょ、ちょ、ちょ!? ど、どうするんですかエドさん!? 魔王の心臓がうば、奪われて……っ!?」


「まずは落ち着けトビー。大丈夫だから」


「大丈夫って、何がですか!? ここまできて盗られちゃったんですよ!?」


「そうだな、盗られたな。ということで、ほい」


 俺は腰の鞄から、奪われたばかりの金属製の箱を取り出してトビーに手渡す。そのあり得ない光景に、トビーが激しく混乱して俺と箱とを凄い速さで何度も交互に見ていく。


「!?!?!? え、え? えぇぇ!? な、何ですかこれ!?」


「何って、『魔王の心臓』が入ってる箱だよ。知ってるだろ?」


「そりゃ知ってますけど! え、あの一瞬で取り返したんですか!?」


「いや、違うぞ。こんなこともあろうかと、最初から偽物にすり替えておいたのさ」


「はぁぁぁぁ!?!?!?」


 帝国兵に襲われたあの日、俺はトビーから借りた本物を鞄に入れるふりをして「彷徨い人の宝物庫ストレンジャーボックス」にしまい込むと、そのまま「半人前の贋作師(コピーアンドフェイク)」で作った偽物を返した。要はトビー本人にすら秘密で、絶対に盗まれない場所に本物を保管したのだ。


 敵を騙すならまず味方から。最後まで隠し通したとっておきの毒は、どうやら最高のタイミングで効果を発揮してくれたようだ。まあ昨日の夜の段階でティアにだけは伝えておいたんだけどな。


「いつか何処かの段階でパーム達が仕掛けてくるのはわかってたから、備えてたのさ。あ、これも用意しといたから、アイツ等が騙されたって気づいて戻ってくる前にさっさと封印を終わらせようぜ?」


「書簡まで!?」


 書簡に関しては、トビー達が話している最中に複製したものだ。こっちは当然偽物なわけだが、書簡なら見た目が同じってだけで十分だし、何より書かれている内容自体は間違いなく国王からの言葉なので問題はない。


「ほれトビー、最後の仕事だろ? 別の神官を捕まえて、今度こそちゃんと対応してもらえ」


「そ、そうですね……ああ、なんだこれ、頭がぐちゃぐちゃだよ……」


 色々な事が一度に起きすぎたせいか、フラフラしながらトビーが遠くを歩く神官を改めて呼び止め、話をしていく。そんなトビーから少し離れた場所で、ティアが俺にそっと話しかけてくる。


「何だか悪い事しちゃったわね」


「仕方ねーさ。本当の事を言うわけにもいかなかったわけだし」


 さっきのやりとりはともかく、トビーは何処かのタイミングで必ず箱を手放さなきゃならない。そしてその時パームの脅威が排除されていなければ、俺達の目の届かない場所で奪われる可能性が残ってしまう。


 そうさせないためには、この段階でパームに偽物を奪わせ、それが偽物だとバレる前に全ての作業を終了させる必要がある。だからこそ少しでも疑う余地をなくさせるために、トビーにだけは真実を伝えられなかったのだ。


(それでもどれだけ時間が稼げるかは未知数だが……ま、後は何とかなるだろ)


 ここに潜入する手段を事前に用意していたとしても、これだけの短期間に二度連続で使えるようなものだとは思いづらい。そこに「魔王の心臓」の重要性やそれを狙う賊の情報まで伝えておくのだから……これで奪われたら、いっそ賞賛の拍手でもしてやろう。


「エドさん、ティアさん! すぐに大神官様が来てくれるそうです!」


「ああ、わかった! さ、ティア」


「ええ、行きましょう」


 俺とティアは顔を見合わせ、ゆっくりとトビーの側に歩いて行く。仕事の終わりと永遠の別れは、もうすぐそこまでやってきていた。

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