手段も理由も色々あるが、解決手段は力ずく
その後も、俺達はそこそこの頻度で厄介事に巻き込まれた。とは言え毎回馬鹿の一つ覚えのようにどこぞの刺客が襲ってきたわけではない。敵も手を変え品を変え、様々な形でこちらを陥れようとしてくるのだ。
たとえばそれは、自分の手を汚さずに俺達を始末し、お宝だけを奪い去ろうとする策略――
「くっそ、多いな!? ティア!」
「下がって! 解放、『ストームブリンガー』!」
街道沿いを歩いていた俺達を襲う、数え切れない程の魔物の群れ。明らかに不自然な勢いで押し寄せてくるそれを避けるために今は随分と街道から離れたのだが、それでも敵の勢いが衰えることは無い。
「ちょっと多すぎますわね。薙ぎ払います、五秒保たせなさい!」
「お任せ下さいお嬢様」
俺達の背後では、当然パーム達も戦っている。人間と違って駆け引きの通じる相手ではない魔物に全方位から襲いかかられれば、如何にパームだろうと出し抜いてどうこうというのは無理なんだろう。
「我が魔を食らいて我が敵を燃やせ! 我は真魔を屠る者! 焼き尽くしなさい、『ヴォルカニックナパーム』!」
「うおっ!?」
背後に生まれた莫大な熱にチラリと視線を向けてみれば、パームの手から放たれた炎の吐息が魔物の群れを撫でていく。その通り道にあった命は悉くが燃やし尽くされ、描いた軌跡では消えることの無い炎が更なる贄を求めて燃え続けている。
「エド、あの子凄いわね」
「だなぁ、こっちも負けてられねーぜ!」
改めて目の当たりにしたパーム達の実力に、俺とティアも気合いを入れて魔物を倒していく。なおそんな俺達に挟まれる形で中央に立つトビーは、ただひたすらに「頑張れー!」と応援してくれるだけだ。
「ホントに暢気だなトビー」
「いや、仕方ないじゃないですか! 僕が逃げるだけなら何とかできると思いますけど、こんなのと戦うのは絶対無理です!」
「この群れから逃げられるって本気で思えているなら、それはそれで凄いわね」
「ティアさん! そんな、それほどでも……へへへ」
「褒めて……いや、褒めてるか」
確かにこの状況から生きて抜け出せるなら普通に凄いし、ティアも間違いなく褒めてるだろう。まあそれはいいとして。
「それにしても、何故これほどの魔物が私達の所に集まってきているのかしら? これを偶然と呼ぶほど寝ぼけてはおりませんわよ?」
「そうでございますね。何か原因があるとは思うのですが……トビー様達には何か心当たりがございませんか?」
「俺はねーな。ティアは?」
「私も特には……えいっ!」
「じゃあトビーだな。お前なんか変わったこととかしてない? 町を出る前にちょっと浮かれてただろ?」
「変わったことなんて……浮かれてたのは、通りすがりの露天で『素敵な出会いに恵まれる』ってお守りを買ったからで――」
「それだっ!」「それよ!」「それですわね」「それでございますね」
トビーの言葉に、本人以外全員の声が重なる。
「トビー、それ見せろ!」
「こ、これだけど……ああっ!?」
トビーが取りだした小さな木彫りを奪い取ると、俺は思いきり遠くに投げ捨てる。すると魔物の群れが微妙にそちらに引き寄せられ、すぐにその動きから統率力が失われた。おそらく踏んだかどうだかで木彫りが壊れたんだろう。
「よーし、これで増援はもう無いだろ! 残敵を掃討するぞ!」
「わかったわ!」
「うぅ、巨乳のお姉さんが手渡ししてくれたお守りだったのに……」
「トビー様……お望みでしたら私が慰めて差し上げますわよ?」
「パームさん……はっ!? だ、騙されないぞ!」
「お前等遊んでるんじゃねー! ちゃんと戦え!」
「チッ、仕方ありませんわね」
トビーの懐に手を伸ばそうとして拒絶されたパームが、軽く舌打ちをして戦闘に加わる。そうして全ての敵を倒し終わると、ティアに正座させられたトビーがしょんぼりと……でもちょっとだけ嬉しそうに説教をされることになった。
そしてたとえば、あからさまな危険物を運ぶ俺達を信じられぬ者達からの、苛烈な試し――
「――フッ!」
「ぬぅ!?」
俺の振り下ろした剣を、虎顔の獣人がその爪で受け止める。その顔をしかめる理由は獣人の誇りたる爪に明確に亀裂が入ったからだ。
「解せぬ。まさか魔剣でもないただの鋼で、我が爪にヒビを入れるとは!」
「へっへっ、これぞ人の極めし剣の業だ。爪も牙も持たぬが故に、我が刃はその身に届く!」
「調子に乗るな人間風情が!」
闘志と牙を剥きだしにして、虎獣人が空いている手で殴りかかってくる。俺の剣は一本だが、相手の手は二本。ならば一旦後ろに下がる俺に、虎獣人はそのまま追いすがってくる。
「戦士が後ずさりとは、底が見えたぞ!」
「引き際を知らん戦士なんざ、ただの馬鹿だろーが!」
人間とは一線を画す獣人の身体能力を十全に生かし、正面からねじ伏せようとする相手に対し、俺は右手で後ろ手に持った剣を左脇に構え、その柄を左手で叩いて突っ込んでくる虎獣人に思いきり突き出すと――その姿が突如として目の前から掻き消える。
「これで――っ!?」
「――ああ、終わりだ」
瞬時に俺の背後に回った虎獣人の喉元に、俺の剣の切っ先が当たる。敵の動きを予測し、まっすぐでは無く弧を描くように剣を振って背後に刃を向けていたのだ。
俺の剣が一瞬遅ければ、俺の首は後ろから噛み千切られていただろう。相手が気づいて動きを止めるのが一瞬遅ければ、その喉を俺の剣が貫いていた。その刹那の見切りに勝利した俺に対し、虎獣人が不快そうな声で話しかけてくる。
「……何故剣を止めた? 敵を殺せぬ戦士など惰弱の極みだぞ?」
「生殺与奪は勝者の権利だ。そして殺して勝つよりも、殺さずに勝つ方が強い。アンタ達の要求が『強さを示せ』なんだから、こっちの方が得点高いだろ?」
「……フッ、ハッハッハ! そうだな、確かにその通りだ」
ニヤリと笑って言う俺に、虎獣人が上機嫌でそう答える。剣を納めて振り返ると、そこには数秒前まで殺し合いをしていた相手が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「いいだろう。約束通り我等グラドラの民は貴殿等を『魔王の心臓』を託すに足る戦士だと認める。強者の行く末に正しく栄光のあらんことを」
「おう、ありがとな」
雑魚に危険物を任せてなどおけないと言って襲いかかってきた相手と握手を交わし、その背を見送る俺に仲間と同行者が近寄ってくる。
「流石ねエド」
「凄いです! グラドラの獣戦士と言えばとんでもなく強くて有名なのに、それを倒しちゃうなんて!」
「私の目からしても素晴らしい戦いでしたわ。ねえクロード?」
「はい。若い頃を思い出して思わず血をたぎらせてしまいました」
「ハッハッハ、まあそれほどでもあるぜ!」
障害を退け賞賛を浴び、俺は勝利の美酒に頬を緩ませる。こんな風に頼れる仲間と頼りない勇者様、そして頼り切ってはいけない同行者と共に俺達は旅を続けること、おおよそ半年。邪魔が入りまくったせいで時間はかかったものの、何とか王国と法国の国境近くまで辿り着いた俺達の前に待ち構えていたのは……
「……これは流石に予想外だぜ」
絶対にここを通さないという強い意志を感じさせる、完全武装した軍隊。オスペラント王国の旗を掲げる正規軍を前に、俺はうんざりとした表情を浮かべざるを得なかった。




