全力で襲いかかるのが常に正しいわけじゃない
「淑女の下着を覗き見るなんて、随分と恥知らずな方のようですわね」
「下衆の極みですな」
「流石の僕でも、そこまでは……」
「大丈夫、私はエドの味方よ」
「別に俺が見たくて見たわけじゃねーから! あとティアさん、悲しげな顔でそういうことを言うのは本気でやめてもらっていいですかね?」
ティアやトビーの方へと歩み寄った俺に、何とも辛辣な言葉が降り注ぐ。怒るとか軽蔑ならまだしも、優しい言葉をかけられるのはマジで心にくるので勘弁してもらいたい。
「まあいいですわ。それより貴方達、随分と追いつめられているようですわね?」
三メートルほどの高さの崖の上で、パームが俺達を見下ろしながら言う。ちなみに既に二歩ほど後退しているので、壁際に立って見上げても視界の先には空しか広がっていないはずだ。
「その言い方だと、あの黒ずくめはお嬢さんとは関係ないってことかい?」
「当然ですわ。あれは帝国の諜報部ですもの」
「帝国……?」
パームの言葉に、俺は素早く自分の知識を探る。今俺達がいるのはオスペラント王国とかいうそれなりに大きな国で、俺達が目指しているのはその北に位置する聖スロウン法国だ。国土としては小さいが永世中立を謳っており、その国にあるエクリルという町……正確にはそこにある大神殿が目的地となっている。
そして帝国……レブレニア帝国は、その両方の国と国境を接している東の大国だ。パームの言い分を信じるなら、そこの奴らが国境を越えて俺達に襲いかかってきているということになる。
「帝国とは、随分大きく出たもんだが……それを俺達が黙って信じるとでも?」
「フンッ、信じるか信じないかなど関係ありませんわ。貴方達が襲われ、そして今も追われていることは紛れもない事実ですもの」
「確かに。でもそれとお嬢さんに何の関係がある? 漁夫の利を狙っているなら、わざわざ声なんてかけないだろ?」
「そうですわね。ですから私は、一つ提案を持ってきましたの。どうでしょう? 帝国が手を出せなくなる国境越えまで、私達と手を組むつもりはありませんか?」
「む……」
「な、何で!?」
思いがけない提案に俺が思わず考え込むと、その背後でトビーが声をあげる。
「何でお前が僕達と手を組むなんて言い出すんだ!? そんな理由の分からない提案、受け入れるわけないだろ!」
「あら、トビー様。理由なら簡単ですわ。貴方の持つそれを帝国に奪われるのは私としても非常に都合が悪い……それこそが理由です」
「都合が悪い……?」
「ええ、そうです。私は自分が優秀だという自覚はありますけれど、それでもお城の宝物庫に易々と侵入して宝を奪えるなどと考えているほど愚か者ではありません。
そして、それは私達とて同じです。トビー様から素早くお宝を奪取し、アジトに持ち帰ることができれば帝国とも十分に渡り合えるつもりでしたが……その目論見が崩れてしまった今、不本意ながら貴方方と協力して帝国の手からあれを守る方が後々の都合が良いと判断致しましたの」
「へぇ」
パームの語りに、俺は内心で感心する。なるほど、一周目の時に帝国の諜報部なんて出会ったことがないと思ったら、そいつらの相手はパームがやってくれてたってことか。で、その隙を突いて俺達が取り返した、と……ま、奪う側と奪われる側が入れ替わってるんだから、行動が逆転してるのも当然だけど。
「それってつまり、帝国が手を引いたら改めてトビーからお宝を奪うってことでしょ?」
「ええ、そうですよ?」
鋭い目つきで言うティアに、しかしパームは悪びれる様子もなくあっさりとそう答える。
「では、どうします? 私達の差し伸べた手を蹴って、このまま帝国とやり合いますか? 勿論私達もその隙を突かせていただきますが」
「それは……」
苦しげな表情を浮かべたトビーが、俺とティアに交互に視線を向けてくる。だがそれに対して俺はパーム達から視線を逸らすことなく静かに答える。
「俺もティアもトビーの護衛だ。基本的にはトビーが判断すりゃいいし、どっちを選んでも護衛は続けるから安心しろ。ただ、そうだな……判断材料として付け加えるなら、とりあえず現状を打破するのにパーム達と組む必要はない。俺達だけで十分対処できる」
「えっ、そうなの!?」
「……貴方、本気でそう言ってるのかしら? 私が確認した限りでは、ここにやってきている帝国兵の数は二〇を越えていますわよ?」
「ええっ!?」
「トビー、いちいち驚くなよ」
「いや、だって二〇って!? さっきの馬車から出てきたのは六人じゃなかった!?」
「そうだな。うち一人は倒したから残りは五人のはずだが……」
「目撃者を全部口封じするのが前提なんだったら、そりゃ見えないところに戦力を隠してるわよねぇ」
やたらと驚きまくるトビーに、俺とティアは冷静にそう告げる。だがそんな俺達の反応に、パームは訝しげに顔をしかめた。
「あら、気づいていらしたのね? にもかかわらず私達の協力は必要ないと?」
「ああ、そうだ」
もしも俺達が襲われた場所に留まって敵を撃退することに拘っていたら、今頃大変なことになっていただろう。俺とティアで敵を倒すだけというならともかく、トビーを守りながら二〇人以上の敵を倒すのは相当以上に難しい。
「……では、そのお手並みを拝見することに致しますわ。クロード、一旦退きます」
「畏まりました、お嬢様」
そう言って、パームとクロードが森の中へと姿を消した。代わりに俺達が逃げてきた方向から濃厚な殺気が漂ってくる。
「え、エドさん!? 本当に大丈夫なんですか!?」
「大丈夫さ。何せここは森の中だからな。それよりほら、そこの壁際にいけ」
「あ、はい!」
俺の言葉に従い、トビーが切り立った岩を背にして立つ。その隣にはティアも立っているが、そっちは絶賛仕事中だ。
「さてさて、それじゃ帝国の皆さん、悪いが手ぶらで帰ってもらうぜ?」
挑発するように言う俺目がけて、木々の影からナイフが飛んできた。挨拶代わりのそれを軽く剣ではじき飛ばした瞬間、前方扇状の範囲から一〇本近くのナイフが一斉に飛んでくる。
が、俺はそれを通さない。護衛対象は俺の背後……つまり敵の攻撃は棒立ちしている俺を目がけてしか飛んで来ない。わざわざ手の届く場所だけを狙って攻撃してくれるんだから、俺はちょちょいと腕を振るうだけで全てのナイフを撃ち落とすことができる。
無論、投擲が効果的でないと判断すればすぐに草むらから出てきて接近戦を挑んでくることだろう。諜報部とやらの練度がどのくらいかわからねーが、死ぬことまで勘定に入っているなら誤射を承知で更に毒ナイフを投げてくるかも知れねーし、あるいはトビーが使っているような小道具を使われる懸念もある。
所詮は三人、しかもまともに戦ってるのは一人だけで、取り囲んでいるため逃げる心配もない。なら犠牲を払ってまでごり押しする必要はなく、遠距離からチクチク削って詰めは近接で……そんな当たり前の判断こそが奴らの敗因。
「――顕現せよ、『ストラグルバインド』!」
「なっ!?」
突如自分の周囲から生えてきた蔦が、黒ずくめ達をあっという間に拘束していく。それはちょっと離れた場所だったり、俺達からは見えない死角に位置する敵も同様だ。
「何だこれは!? くそっ、振りほどけない!?」
「あり得ん! こんな大人数を一気に拘束する魔法を単独で発動させるだと!?」
「ははは、悪いな。ウチの相方は特別なんだよ」
喚きもがく帝国兵に、俺はトントンと剣で肩を叩きながら笑う。そう、普通はできない。いくらティアが凄腕の精霊使いだからって、死角を無視して範囲内の何十人もの敵を一瞬で無力化なんて不可能だ。
だから、できる条件を整えた。森というエルフに限りなく有利な場所で、防御を捨てて魔法にだけ集中させ、しかも効果を増幅するために銀霊の剣を地面に突き立てている。それがこの結果であり――
「な? 大丈夫だっただろ?」
ひょいと崖を登り、少しだけ森に入ってから俺は上を見上げて言う。
「……そのようですわね」
そこには帝国兵と同じようにティアによって拘束されたパーム達が、何とも渋い表情で吊されていた。




