当たり前だと思っていたら、聞かれない限り答えない
「なっ……!?」
「フフーン、どう? 『共有財産』って能力で、エドの持ってるすと……すとれんじゃーぼっくす? の中身を、私も出したり入れたりできるようになったの! 驚かそうと思ってたのに、すっかり忘れちゃってたわ……割と重いわね」
絶句する俺を前に、ティアが楽しげに笑いながら剣を床に置こうとした。だが俺は真剣な表情でその手を取り、そのままティアに詰め寄る。
「どういうことだ!?」
「ど、どうって!? あ、違うわよ? 別に私がエドの持ち物をどうこうするつもりなんてないの。誤解させたなら――」
「そうじゃない! 何で……何でここでスキルが使えるんだ!?」
「えぇ? 何でって……何で?」
「何でって……」
あまりの勢いにティアがほんの僅かに怯えた表情を浮かべる前で、俺は「何で」を繰り返して言葉に詰まる。慌てて俺も「彷徨い人の宝物庫」を開こうとしてみたが、やはりスキルは発動せず俺の手は虚空を掴むのみ。
何故だ? 何故ティアだけが使える? いつから? 幾らでも聞きたいことはあるが……
「フンッ!」
「ちょっ!? 何やってるのエド!?」
突然テーブルに頭を打ち付けた俺に、ティアが慌てて声をあげる。おそらくこの世界では怪我はしない、あるいはできないんだと思うが、それでも頭を襲った強烈な痛みに、暴走しかけた俺の思考が少しだけ落ち着きを取り戻す。
「ふぅぅ……よし、落ち着いた。悪い、怖がらせちまったか?」
「それはいいけど……本当にどうしたの?」
「うむ……ひょっとしたら説明したかも知れねーんだが、俺はこの『白い世界』では追放スキルは使えねーんだよ」
「え? それってさっきの私みたいに、ここで剣とかを取り出せないってこと? いっつもすぐに次の世界に行っちゃうから気にしたことなかったけど」
「まあ、そうなんだよ。だってのに今、ティアはその……『共有財産』だったか? を使ったからビックリしたんだ。一体いつからティアはここでスキルが使えてたんだ?」
「へ? いつからって……最初からじゃない?」
「……そう思う根拠は?」
「だって、私が最初に貰ったスキル……あれが使えてるから私はエドと一緒に違う世界に行けるんでしょ? もしこの世界でその力が使えないってことなら、そもそも私はエドと一緒に行けなかったんじゃない?」
「……………………はぁ?」
キョトンとした顔で言うティアに、俺は多分生涯で一番間抜けな顔をしてみせた。ああ、そうだ。そうだよな! 手を繋いだ相手と一緒に世界移動を可能にする、ティアの最初の追放スキル「一緒に行こう」。それが発動してないなら、確かにティアだけここに残ってるはずだもんな!
「……………………」
「エド?」
「……いや、何でも無い。自分の間抜けさに呆れてるだけだ」
「えっと……何か、ごめんね?」
「ティアは悪くねーって。しかし、そうか。そうなると色々と……フフフフフ」
この場所でも「彷徨い人の宝物庫」が開けるとなると、出来そうなことが無数に思いつく。
たとえば初期装備の更新。ここで今とは違う装備に換装してから違う世界に行った場合、最初からそれを装備していられるのであれば多少便利だが……もしこの初期装備が世界を渡ったときの装備であるならば。上手く行けば貴重な武具を増殖させたりできるかも知れない。
それだけじゃない。たとえばこの世界に異世界からの資材を持ち込んで鍛冶場を作ることができれば、この時が止まっているような世界で納得いくまで武具を作ることができる。そうなれば作成に時間のかかるアレやコレやを何の心配も無しに作ることができるだろうし、他にも……おぉぅ、ワクワクがとまらねーぞ?
「うわぁ、エドがまた凄く悪そうな顔してる……」
「な、何だよ。別に悪い事なんて考えてねーぞ!? てかまたって!?」
思わずグヘグヘとにやける俺を、ティアが嫌そうな顔で見てくる。慌てて表情を取り繕ってみたが、ティアの態度が変わることはない。
「まあいいけど。あ、それより今回はどんな能力が貰えるのかしら? ふんふーん」
ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら、ティアが淡く輝く水晶に手を乗せる。するといつものようにその光がティアの中へと吸収され、元から大きいティアの瞳が更に大きく見開かれる。
「へぇ、こういうのが手に入っちゃうんだ。ふーん」
「お、今度のはどんな能力だったんだ?」
「知りたい?」
「そりゃそうだろ。それともまた秘密ーって言うつもりか?」
最初の時以外、ティアには毎回勿体つけられ、その場ではスキルの内容を教えてもらっていない。今までは異世界に行かないと使えないと思っていたから「実際に使ってみてから教えたいんだろうな」と思っていたが、ここでも問題なくスキルが使えるというのならそれを気にする必要もない。
「んーん、いいわよ。じゃ、私の手を握って」
「? こうか?」
意外にもあっさりと教えてくれると言うティアの手を握ると、目を閉じたティアの体から突然カクンと力が抜ける。
「ティア!? どうした!?」
『はーい!』
「は!? 何だこりゃ!?」
いきなり意識を消失したティアを見て焦る俺のなかに、ティアの声が聞こえる。キョロキョロと周囲を見回してみたが、ティアの幽霊がいるというわけでもなく。ということは……?
「ティアに取り憑かれてる!?」
『人聞きの悪いこと言わないでよ! まあ、でも、そうね。スキルの名前は『心は一つ』で、効果は手を繋いだ相手のなかに自分の心……意識を宿らせること。ただしその間体の方は動かせないし、あと誰のなかにでも入れるってわけじゃないわ。少なくとも今入れるのはエドのなかだけみたいね』
「そ、そうか……何て言うか、何だ? どうすりゃいいのかわかんねーな……」
『フフッ、何よそれ』
「いや、だってお前、自分の中に他人がいるって言われても……」
何となく、俺の頭の中で小さくなったティアがクスクスと笑っているイメージが浮かんでくる。決してそれが不快というわけじゃないんだが、この状態をどう受け止めればいいのかが自分の事ながら今一つわからない。
「効果だけ見れば、『二人だけの秘密』の強化版みたいなもんか? いやでも、体が無防備になる代わりに意識が融合……じゃねーな、同居? するってのは大分違うか?」
『そうね。ちなみにこの状態なら、エドもスキルが使えるはずよ』
「そうなのか!? うわ、マジだ!」
言われて「彷徨い人の宝物庫」を起動してみると、俺の手があっさりと虚空に飲まれて中身に触れる。つまりこの状態なら「彷徨い人の宝物庫」の中身を取り出すだけでなく、俺の持つ全ての追放スキルを使えるってわけか。
「スゲーなオイ。これならマジで出来ることの幅がとんでもなく広がるぞ?」
『喜んで貰えて良かったわ。それじゃ戻るから、もう一回私の手を握ってくれる?』
「ん? こうか?」
俺は「彷徨い人の宝物庫」から取りだした短刀をテーブルの上に置くと、代わりにグッタリと突っ伏しているティアの手を握る。すると俺の中から何か温かいものが流れ出ていき、何とも言えない喪失感と引き換えに目の前のティアが小さくうめき声をあげた。
「うっ……はぁ、ただいま」
「おかえり。体に変わったところはないか?」
「うーん……大丈夫。特に消耗してる感じもないし」
「そっか。ただこの世界だとそもそも怪我とかしねーから、その関係で消耗が無いってこともあるだろ。効果が効果だし、別の世界で使う場合は慎重に検証する必要があるな」
「あー、そうね。じゃ、次の世界で安全な場所があったら、そこで調べてみましょうか」
「そうだな」
言って、俺達は揃って席を立つ。この世界の可能性は飛躍的に広がったが、それをしっかり固めるためにも次の世界に旅立つのは必須だ。
「それじゃ、次の世界に行くか」
「うん! ちなみに次はどんな世界なの?」
「あー……いや、本気でわからん。流石に前みたいなことは早々ないと思うけど、一応心構えだけはしといてくれ」
記憶の曖昧さでは無く、法則の曖昧さとなると心構えくらいしか対処法がない。まあ流石に入った瞬間危機に陥るような世界はなかったはずなので、全く知らない新しい世界にでも飛ばされない限りは大丈夫だと思うが……その時は全力で神を罵倒することにしよう。
「はーい。何か最近のエドは、急速に頼りにならなくなってきたわよね」
「うぐっ!? それは……」
「冗談よじょーだん! さ、行きましょ」
「はぁ、参ったなコリャ」
満面の笑みを浮かべたティアの差し出す手を、俺はしっかりと握りしめる。そのまま二人で並んで歩けば、すぐに五枚目の扉の前に辿り着いた。
さーて、何が出てくるか。ま、何が出てきたとしても……
「……? 何?」
「ハッ、何でもねーよ」
ティアと一緒ならどうにでもなる。繋いだ手の温もりを確かめながら、俺は勢いよく目の前の扉を開いた。




