可能性は託され、小さな勇者は剣を取る
その後、残ったノルデを俺とティアで適当に処理することで、人類の歴史上初めてとなったノルデの大侵攻は幕を閉じた。速度を重視した侵攻だったせいか物的、人的どちらの被害も驚くほど少なく終わり、むしろ「人間の領域深くまで食い込まれた」という事実に気を引き締めたことで、以後ノルデの侵攻は一度として国境線を越えてはいない。
もっとも、子供達の方は全てが無事というわけにはいかなかった。突然襲ってきたノルデの恐怖に心を痛めて学園を去る者もいたが、逆に「自らの手でノルデを退けた」という自信を持ったり、ノルデの脅威を肌で感じることでより一層精霊魔法の訓練に熱中する子供達もおり、結果としては残った子供は八割ほどなれど、その全員が今までとは比べものにならないほどに高い精霊魔法の実力を身につけるに至る。
無論、そこには俺やティアの尽力も影響している。ならばこそ俺達に色々と無理を言ってくるお偉方もいたわけだが、俺達はあくまで精霊。「そんなに俺達に命令したいなら、ちゃんと喚び出して契約すればいいだろ」と言えば向こうは何も言えない。
それでもなかには力尽くで隷属させようとした奴もいないわけじゃなかったが、俺には「精霊として隷属させる」方法は片っ端から無意味だし、ティアの方は……まあ、あれだ。多くは語らないが、とてもいい笑顔だったとだけ言っておこう。
そんな賑やかで面倒臭くて、だがかけがえのない時を精一杯に過ごし……そして今日。明日に進級を控えたミゲルと俺との契約が、ここで終わる。
「うわぁぁぁぁぁぁん! サラーン!」
「クァァ……」
燃えるウオトカゲとトーマスが、ガッシリと抱き合っている。のっぺりとしたサランの顔も、今日ばかりは少し寂しそうに見える……かと思えばそうでもない。
「ねえトーマス、ティア先生の授業聞いてたの? 別に契約解除しても……っていうか、そもそも契約して無くても精霊は喚べるって言ってたじゃない! ねー、キューちゃん。私が喚んだらまた来てくれるわよね?」
「キュミー!」
すっかり裁縫に目覚めた少女の言葉に、その肩に乗った小さな犬の精霊がペロペロと頬を舐める。
そう。今までのこの世界の常識では、精霊魔法は精霊と契約していなければ使えなかった。そして契約している精霊の属性でしか魔法を使えないため、毎年別の精霊を喚び出すことで自分の適性を見極め、最終的にどんな精霊と契約するのかを見定めるという方式をとっていったわけだが、ティアの教えが広がった今年からは違う。
今年はもう、一部を除いて多くの生徒が精霊との契約をしない。だがそれは繋いだ絆が切れるというわけではなく、常に一緒にいる存在が、呼んだら来てくれる友達になるようなものだ。無論契約せずに精霊を召喚するには相応の魔力と技量が必要になるためしばしの別れとはなるが、真面目に努力すれば友との再会はそう遠い未来ではない。
故に、この場に別れの悲しみに沈むものはいない……ただ二人、ミゲルとナッシュを除いては。
「これでお別れだね」
「ああ、そうだな」
ミゲルには精霊魔法の才能がない。だからこそ二度と俺を喚べないであろうことを納得している節があるわけだが……俺はそれを否定しない。俺はいつでも、いつまでも、ミゲルにとって人の精霊……人の可能性であり続ける。
「これをやろう」
静かに俯くミゲルに、俺は用意していた一振りの剣を渡す。これもまた授業の合間に「見様見真似の熟練工」で造り上げた、渾身の一振りだ。
「これは……?」
「見ての通り、剣だ。正しい型で剣を振らねばまったく切れぬなまくらなれど、折れず曲がらず朽ち果てず、どんなときでも変わること無く我が主と共に在り続ける。その剣を使いこなし、やがてそれが体に合わなくなった時……我が主には免許皆伝を授けよう」
「うわ、時間制限付きかぁ。それはなかなか厳しそうだね」
「ふふふ、我が主ならばできるはずだ」
「うん、頑張るよ!」
「うぅぅ……ホントにか!? ホントに再契約してくれないのか!?」
「あはは……ごめんね」
そんな俺達の隣では、ティアとナッシュが別れを惜しんでいる。と言ってもティアの方は困った笑顔を浮かべているだけで、ナッシュの方が一方的にすがっている感じだ。
「別にナッシュが悪いってわけじゃないのよ? ただほら、私にも都合があるって言うか……」
「せっかく……せっかくティアと契約して、六属性全部の精霊魔法も使えるようになって、俺の最強伝説が始まったと思ったのに……」
「調子に乗らないの! 確かに今の段階ではなかなかだと思うけど、油断してたらこれから新しく入学してくる子達にあっという間に追いつかれちゃうわよ?」
「そ、そんなことねーよ! フンッ、いいさ! 俺と再契約しなかったことを後悔させてやるからな!」
「フフッ、楽しみにしてるわね。さて、それじゃそろそろ……」
「うむ、時間だな」
俺とティアは顔を見合わせ、足下に描かれた魔法陣の上に乗る。周囲でも同じように精霊達が魔法陣の上に乗っており、契約者たる子供達がその正面で呪文を詠唱していく。
「今ここに契約は満了し、我は汝を送還するものなり! 人の精霊エイドスよ、汝のあるべき場所へと還れ!」
ミゲルの詠唱が終わると、俺の足下の魔法陣が白い光を放ち始める。少しずつ白くなっていく視界の先で、ミゲルが不意に俺が渡した剣を握りしめ――
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「甘い!」
カキンという小気味よい音を響かせて、俺の剣がミゲルの剣を防ぐ。すると数歩たたらを踏んで後ずさったミゲルが、涙を流しながら俺に向かって叫ぶ。
「絶対! 絶対にエイドスを越える剣士になってみせる! エイドスが見せてくれた人の可能性を、僕は生涯追い続けると誓う! だからいつか……いつかまた! 僕がそこまで届いたら、また会おう! 人の精霊エイドス……僕の師匠で、恩人で、親友!」
「ああ、楽しみにしているぞ。我が主にして、我が弟子、そして我が友ミゲルよ」
微笑む俺の足下の魔法陣から光が消え…………だが、俺の姿は消えない。俺達の帰還は「勇者パーティから追放されてから一〇分後」なので当然だ。
「…………あれ? えっ、嘘、失敗した!? ど、どうしよう!? どうすれば!?」
「あー、いや。違う。そうじゃない。何と言うか……私が向こうに帰るには、もう一〇分ほど必要なようだ」
「えぇぇ……」
「何でまだいるんだよ!? くそっ、くそっ! 俺はティアを送り返すこともできないのか!?」
「違うの、違うのよ! ナッシュは悪くないわ!」
何とも言えないしょぼくれた顔をするミゲルの隣では、必死に自分を送還しようとするナッシュをティアが困り果てた顔でなだめている。
「落ち着くのだ二人とも。私とティアは少々力の強い精霊なので、消えるまで少し時間がかかるだけだ」
「そうなのか!? 何だよ、そういうことは先に言えよぉ!」
「ご、ごめんね? 言い出すタイミングが無かったって言うか……」
「ははは、しまらないなぁ。でも、だからこそ僕らしい気もするけど」
「ま、確かにミゲルらしいわな」
「……エイドス? その喋り方は?」
「ん? もう俺達の契約は終わって、ミゲルは『我が主』じゃないんだから、普通に喋ってもいいだろ? せっかく一〇分あるんだ、友達として話そうぜ」
「エイドス……うん!」
「おいティア! それなら一〇分で覚えられる新しい魔法とか教えてくれよ!」
「えぇ、それは流石に無茶よ!?」
転送前の最後の時間。俺とミゲルは初めて友として語らい、ティアはナッシュの無茶ぶりに何とかしようと知恵を絞り……涙で締めくくられるはずの別れは、こうして笑顔と共に俺達を白い世界へと運ぶのだった。




