そこまで至れとは言わないが、理論上は可能です
「だぁぁ、鬱陶しい!」
大分暗くなった夜空の下。周囲の森やら建造物やらが燃える紅で照らし出された校庭にて、グチャリと足を潰しながら俺は全力で踏み込んで剣を振るう。その度俺の移動した軌跡から敵の攻撃が消えていくが、それもすぐに新たな攻撃に塗りつぶされてしまう。
当初の見積もりよりも余裕の無い対処を求められている理由。それは勿論、残ってきた二〇〇匹余りのノルデも攻撃に参加してきたからだ。
「考えてみりゃ当たり前だろ! 馬鹿か俺は!?」
「ケェェェェ!!!」
「うるせーよ! 馬鹿じゃねーよ!」
八つ当たりの暴言を気炎と一緒に吐き散らかしながら、俺はひたすらに黒ドラゴンの黒火球を弾き飛ばしながら群がるノルデも切り飛ばしていく。だが敵も然る者、こっちの意識を散らして広範囲に攻撃するのが有効と理解できているのか、右に左にと攻撃箇所を散らしてくるのが面倒な事この上ない。
「だーっ、くそっ! 学舎でかすぎるだろ!」
戦闘音で誰にも聞こえないのをいいことに、俺の愚痴は止まらない。遠目に見れば如何にも勇壮に戦っているように見えるだろうが……まあ仕方ない。そうでもしなければとても正気が保てないのだ。
「ぐっ……」
踏み込む度に足が崩れ、剣を振るう度に腕がもげそうになる。「包帯いらずの無免許医」で治る度にその部位が使い潰され、その度俺の頭には氷杭がぶっ刺さったような激痛をお見舞いされる。
一見すれば、俺が圧倒的に不利。だがその綱渡りみたいな戦闘にもちゃんと終わりを見据えてる。通常のノルデを全部倒しきれれば、隙を突いて黒ドラゴンを倒すこともできると思うんだが……
「GYAOOOOOOO!」
「何っ!?」
はじき飛ばした火球の手応えが、一つだけ重い。どうやら見た目を変えずに魔力の密度的なものを高めるという小細工をしてきたようだ。
「そんなことできんのかよ!? くそっ!」
しかもそれに合わせて、残っていたノルデのうち三〇匹ほどが一気に学舎に突っ込んできた。その全てを迎撃するには最低三歩は必要になるが……俺の足は二本しかなく、潰れた足が治るには多少の時間が必要になる。
「やって……っ!」
一歩。左足がグチャリと潰れ、即座に治癒が始まる。その踏み込みと「追い風の足」の勢いを合わせて、七匹のノルデを切り飛ばす。
「やる……っ!」
学舎の壁を蹴りつつ、二歩。右足も駄目になる。密集地点を跳び抜けたので、一三匹のノルデを仕留める。
「ぜぇ……っ!」
潰れた右足が治った瞬間、踏み込もうとする三歩目。だがノルデの攻撃を完全に阻むタイミングには二秒足りない。目の前で学舎を包む結界がバリンと音を立てて砕けたその瞬間。
「今だ、撃てぇ!」
「なっ!?」
突如として学舎の窓が開け放たれ、そこから嵐のように精霊魔法が打ち出されていく。窓際にぎゅうぎゅう詰めになって攻撃しているのは、学園の生徒達。
「ナッシュ様の華麗な六属性魔法を受けやがれぇ!」
「一斉攻撃なら属性とか関係なくないか? まあいいけど……サラン、ファイヤーアローだ!」
「クァァ……っ!」
「いくよタッコン、アイスボール!」
「いいとこ見せるぞグリム! ロックミサイルだ!」
「ケェェェェ!?!?!?」
三〇〇人の子供達が放つ、三〇〇の精霊魔法。空を埋め尽くすその攻撃に、群がっていた全てのノルデが為す術も無く地面に落ちていく。
「いっ、やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そうして落ちた瀕死のノルデにトドメを刺したのは、一階にある教室の窓から飛び出してきたミゲル。その手には俺が渡した剣が握られており、綺麗な直線を描く太刀筋はノルデの首をストンと落とす。
「ミゲル!? 何やって――」
「僕は……僕はエイドスの契約者だ!」
慌てた俺の声に、ミゲルが大声で叫ぶ。
「自分の精霊が必死に戦ってるのに、隠れて見てるだけなんてできない! エイドスを助けたいって、みんなみんな思ってくれたんだ!」
「お前等……」
恐怖と決意に揺らぐ目は、子供の目なれど戦士の目。蛮勇と勇気をはき違えた愚か者の目で……だが大切なものを守りたいと願う、幼き勇者の目だ。
「ったく、どいつもこいつも……」
俺が思っていたよりも、子供達は子供だった。無茶して無理して、安全に妥協せず危険を冒しても全てを得ようとする。というか、何なら窓際にはアマルを含む教員の姿もある。どうやら彼等は攻撃ではなく防御に徹しているようだ。
「全員、後で説教だ。特に我が主よ、己の精霊を信じられぬなど、まだまだ未熟な証拠だぞ?」
「それは――」
「ミゲル、危ない!」
「GYAOOOOOOO!」
窓際から警告とほぼ同時に、ミゲルに向かって黒ドラゴンの火球が飛んでくる。どうみても直撃コースで、ミゲル本人の回避は勿論教員達の防御魔法もとても間に合うものではないが……しかし俺は動かない。
バシィィィィィィン!
「ひぃ!? ……あ、あれ?」
火球がミゲルに当たる前に、新たに張られた琥珀色の壁が黒ドラゴンの火球を受け止め、跡形も無く消し去る。その堅牢な輝きは残ったノルデ達がどれほど突っ込んできても揺らぐことなく、逆に触れたノルデを反射魔力にて消し飛ばしてしまうほどだ。
「できたわよエド! 最低でも一時間はどんな攻撃だって防いでみせるわ!」
「上等! ティア、貸してくれ!」
窓から笑顔を覗かせるティアに、俺は右手を掲げてそう頼む。するとティアは腰から銀霊の剣を抜き、俺に向かって放り投げてきた。俺はそれを受け取ると、そのままの姿勢でジッと待つ。
「よく見てなさいナッシュ。これが貴方の……貴方達精霊使いの辿り着く先よ。
光を集めて形作るは眩く輝く白月の星、風を纏いて荒ぶるは鋭く切り裂く尖月の檻! 鈍の光を宿して貫く破眼黒禄精霊の瞳!」
ティアの手の上に、白く輝く光球が生まれる。更にその周囲を荒ぶる風の刃が覆っていき、途轍もない魔力が収束した破壊の力が生まれていく。
「う、嘘だろ!? 違う属性の精霊魔法を同時に……じゃない、組み合わせてる!?」
「そうよ。頑張って訓練すれば、このくらいはできるようになるわ……輝き貫き撃ち抜き爆ぜろ! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『スターハストゥール』!」
ティアが詠唱を終えると、その手から嵐を纏う恒星が撃ち出される。その狙う先は、勿論――
「ば、馬鹿! 何処に撃ってんだティア!?」
「エイドス、危ない!」
「いや、問題ない」
直撃すれば即死すると思われる一撃を、しかし俺はティアから借りた剣で受け止める。するとその刀身が眩く輝き始め、その周囲には薄緑色に可視化された風が纏いつく。
「我が主よ、よく見ておくのだ。人の技と精霊の力、それが合わされば……」
振り向いた俺の目の前では、黒い火球に力を溜め続ける黒ドラゴンの姿がある。既に初撃の倍以上に魔力を練り込んでいるのか、もはや全長一〇メートルを超える本体よりも火球の方が大きくなっている。
「GYAOOOOOOO!!!」
そんな火球が、叫びと共に撃ち出される。如何にティアの張った防御結界が堅牢とはいえ、あれを食らえば耐えられないだろう。
だから俺は、ミゲルに教えたようにまっすぐに剣を振り上げ、そして振り下ろす。派手な動きも格好いい技名もないただの基本動作だが……だからこそそれは剣術の奥義にして到達点。
「GYAOOO――――OOOO!?!?!?」
切っ先から放たれた光の刃は、超巨大な火球を真っ二つにして消し飛ばす。それでも止まらず黒ドラゴンの体も両断し、更に空へと向かったそれは空に流れる雲すら切り裂き……夜空に浮かぶ二つの月を、二つと少しに切り分ける。
……ちょっと気合いが入りすぎたか? まあ、あのくらいなら平気だろう。
「え、エイドス!? 今のは…………っ!?」
目をまん丸に見開いて、ミゲルが俺と空を交互に見上げる。そんな少年らしい契約者様に俺はニヤリと微笑むと……
「万象一切、断てぬ物無し!」
人の可能性……その高みを存分に見せつけることに成功した。




