辛いときほど笑顔を見せろ、困った時ほど胸を張れ
「先生! ノルデが攻めてきたってどういうことですか!?」
「落ち着いて! 皆さん、まずは落ち着いてください!」
教室に集められた子供達が騒ぐのを、教員がそれを必死になだめている。通りすがる全ての教室内に同じ光景が広がっており、それは俺達が辿り着いたいつもの教室もまた同じだ。
「アマル先生! ミゲルとナッシュを連れてきました!」
「トーマス君、ありがとう。じゃ、二人ともすぐに席に着いてください。すぐに事情を説明しますから」
思うところはあるのだろうが、ミゲルもナッシュも大人しく自分の席に着く。そうしてクラス全員が集まったのを確認すると、一度大きく深呼吸してからアマルが徐に話を始めた。
「では説明を始めます。皆さん、ノルデの事は知っていますね? 魔王の支配する北の大陸からこちらに攻めてくる、邪悪な存在です」
「知ってます! でも、普段は海岸で食い止められてるんですよね?」
手を上げた女生徒の言葉に、アマルはコクリと頷いて言葉を続ける。
「はい、そうです。優秀な精霊使いの人達により海上で撃ち落とされ、そこから漏れた僅かなノルデも大陸騎士団の活躍によりこの国に入る前にその全てが殲滅されています。
ですが今回、ノルデは今までとはまるで違う動きを見せました。かつてない大集団で押し寄せたばかりか、途中にある町や村を一切無視してこちらに向かって来ているのです」
「は!? 何でだよ!?」
「わかりません。わかりませんが……とにかく今、この学園に向かって大量のノルデが攻めてきているのです。なので、皆さんにはしばらくの間ここに避難していてもらいます。学舎の方が寮よりも防備が厚いですからね。しばらくは不自由になると思いますが――っ!?」
ドスン! ガシャン! ドカーン!
「キャァァァァ!?」
突如室内に爆音と衝撃が伝わり、生徒達が悲鳴を上げてその場に蹲る。窓の外に視線を向ければ、そこにはコウモリのような羽の生えた黒い人型のナニカ……ノルデが張り付いているのが見えた。
「ひぃぃ!? の、ノルデだぁ!」
「いやー!」
「大丈夫! 皆さん大丈夫です! この校舎は強力な結界により守られていますから、このくらいは問題ありません!」
「で、でも先生! ノルデが!?」
「誰か! 誰か助けてー!」
「うわーん! お父さーん! お母さーん!」
「落ち着いて! この状況は既に王都へと伝えられ、騎士団の人達が助けに来てくれることになっています! だから少しだけ我慢してください!」
「わぁぁぁぁぁぁぁん!」
どれほどアマルが必死に訴えかけても、室内の慟哭が収まることはない。だが、それはむしろ当然だ。実戦経験も無い一二歳の子供がこんな目に遭えば、むしろ泣かない方がおかしいだろう。
だがそれでも、一部には冷静な子供もいる。
「大丈夫、大丈夫だよ。大丈夫だから泣かないで」
「そうだぞ! 六属性全ての精霊魔法を使える俺がいれば、ノルデなんてあっという間にぶっ飛ばしてやる!」
「そうだそうだ! 泣いたって腹が減るだけで、助けが早くなるわけじゃねーぞ? こういう時は精霊を可愛がって落ち着くんだ。なーサラン?」
「くぁぁぁぁ……」
同級生を慰めるミゲルに、胸を張って皆を鼓舞するナッシュに、お気楽な表情で精霊を撫でるトーマス……ちなみに、当然サランの姿はとっくに元のウオトカゲに戻っている……の三者を見て、室内の混乱が少しずつ収まっていく。混乱が伝染するように、冷静さもまた広がるのだ。
「ミゲル君、本当に大丈夫だと思う?」
「当たり前だろ? ねえエイドス、僕達は大丈夫だよね?」
「無論だ。私がここにいる限り、我が主とその友人の安全が揺らぐことはない」
「おいティア! 今度こそちゃんと力を貸してくれるんだろうな?」
「ええ、いいわよ。その時がきたらバーンとやってあげるわ!」
「俺は平凡な男だけど、俺の友達は割と凄いからな。ミゲルとナッシュに任せときゃ平気だって」
「トーマス……うん、任せて!」
「ガッハッハ! 俺なら楽勝だぜ!」
実際の所、ミゲルもナッシュも、トーマスですら相当無理をしているんだろう。握った手は小さく震えているが、それでも強気と平静を見せ続ける三人に教室内は完全に落ち着き、その隙を見て俺はこっそりアマル先生に話しかける。
「先生、それで実際の所はどうなんだ? ここはどのくらい保つ?」
「それは……今くらいの状態であれば、一週間は保つと思います。ただ騎士団の到着にも同じくらい時間がかかるのと、私達大人はともかく、子供達がそこまで耐えられるかと言うと……」
「……難しいだろうな」
防御が保つ時間と救助が来るかも知れない時間が同じでは、とても安心できるはずもない。ましてや今は落ち着いていても、子供の精神がこんな過酷な状況ではとても耐えられないだろう。
「なら、ここは打って出るか……ティア!」
「勿論、行けるわよ!」
俺の呼びかけに、ティアは満面の笑みで頷く。ならばやるべき事はあと一つ。
「我が主よ。私は人の精霊として、人を守るべく今から外に出ようと思う。どうかその許可をいただきたい」
「許可!? 外に出るって、何をするつもりなのさ!?」
「無論、我が主を脅かす無粋な輩を打ち倒すのだ」
「……できるの?」
「できる」
互いの瞳をまっすぐに見つめながら、ミゲルの問いに俺は力強く断言する。今までだとここで追放される流れだが、今回はそれはしない。敵の戦力が未知数なのに、一〇分で帰還するというリスクは背負えない。
それは逆に言えば、死んでさえいなければ一〇分後に完全復活できる機会を得ていないということでもあるが……そのくらいの覚悟がなくて、一体何を守れるというのか。
「何だよ、俺を置いていくのかよ!?」
「違うわ、託していくのよ。口は悪いし意地悪な性格もそのままだけど、いざという時にみんなを守れるくらいの力は身につけられたでしょう? だから貴方はここで、みんなを守ってあげて」
そんな俺の隣では、ナッシュとティアもまた話し合いを続けている。いつも傲岸不遜な態度をとっているナッシュの顔がふてくされたように歪み……だがプイと顔を背けつつも、意を決したようにその言葉を口にする。
「わかった。なら行ってこい! 俺の契約した精霊として恥ずかしくない働きをしてくるんだぞ! ノルデなんて全部ぶっ飛ばして……そんで必ず戻って来い! いいな!」
「フフッ、わかったわ。こっちはいいわよ、エイドス」
「わかった。ミゲル?」
「うん、行ってきてエイドス。僕に……僕達に、ノルデなんかに負けないっていう人の可能性を見せて!」
「任せろ!」
力強く頷いてから、俺はティアと並んで学舎のなかを駆け、昇降口から外に出る。
「うーん、勢い的には窓を破って飛び出したかったところだよなぁ」
「エド? そんなことしたら結界がどうなるかわからないわよ?」
「わかってるよ。だからわざわざ普通に出てきたんだし……っと、前方扇状に展開、数は三〇〇ってところだな」
追放スキル「失せ物狂いの羅針盤」と「旅の足跡」を駆使した索敵を終え、ティアに結果を告げる。その後「彷徨い人の宝物庫」から取り出すのは、買い置きしてあった鋼の剣だ。
「俺はいいから、学舎の防御を頼む。実際の所結界がどれだけ保つのかわかんねーしな」
「了解。援護はいる?」
「ハッ! 冗談!」
「ケェェェェェェェェ!!!」
空から飛びかかってきたノルデを、俺は頭から両断する。するとその死体が数秒後には黒い霧となって消え去り……戦うのは初めてだが、どうやらワッフルのところのクロヌリと同じような性質らしい。これなら死体に足を取られずに済んで戦いやすそうだ。
「さあ来い! 一匹残らずぶった切ってやる!」
「子供達にはかすり傷一つつけさせないわよ!」
「ケケェェェェェェェ!!!」
三〇〇対二。数の上では絶望すら生ぬるい戦力差を前に、俺はニヤリと笑って飛びかかってくるノルデに剣を振るった。




