隠しておけない秘密なら、最初から公開してしまえ
「ほーら、みんな見てたでしょ? 先生は水属性の精霊としか契約してないのに、風の魔法が使えた……つまり精霊との契約は魔法を使うために絶対に必要ってわけじゃないの」
「えー、じゃあ精霊と契約したら駄目だったの? せっかく仲良くなったのに……」
「キュゥゥ……」
ティアの説明を聞いて、女生徒の一人が残念そうな声を出す。その肩にはツンツン尖った石を纏う小さなネズミが乗っていて、そちらもまた寂しそうな鳴き声をあげている。
「ああ、そんなことないわ。確かに何も知らずにいきなり契約しちゃうのは良くないけれど、精霊と契約する……仲良くすること自体はとても素敵なことだもの! ということで、まずはその辺も含めた説明を――」
「ちょ、ちょっと!? ちょっと待っていただけますか!」
話を始めようとしたティアを、アマル先生が焦った声で止める。
「何?」
「その、すぐ! 今すぐに他の先生方も呼んで来ますので、みんな一緒にお話を聞かせていただいても構わないでしょうか? 私一人で受け入れるには、あまりにも話の規模が大きすぎるというか……」
「別にいいわよ。じゃ、その間にみんなの契約した精霊を紹介してくれるかしら? こっちの端から順番に回っていくわね」
「はーい!」
「すぐ戻ってきますからー!」
ニコニコと生徒達と会話を始めるティアとは裏腹に、アマル先生は大慌てで教室を飛びだしていった。その後はティアが四〇人いた生徒全員の精霊と挨拶を終える少し前に、一〇人以上の男女を引き連れ息を切らせながら教室に駆け戻ってくる。
「本当に契約していない精霊の魔法が発動したのか? ならば何故使って見せてくれないのだ?」
「だから私の魔力はもうスッカラカンなんですよ! とにかくここで話を……ティアさん、お待たせしました」
「丁度良かったわね。それで全員かしら?」
「はい、宜しくお願いします」
「わかったわ。じゃ、改めて話を始めるわね」
そう言ってティアが説明し始めたのは、俺達が再会した日の夜に話してくれたことをもう少し詳しく、そして優しく噛み砕いた内容だった。それを聞いた生徒達は大騒ぎになり、大人の教員達に至っては半狂乱で「ふざけるな!」と声を荒げる者すらいたが……
「で、できた……!?」
「ね、できるでしょ?」
アマルと同じく自分もまた契約している精霊とは違う属性の魔法を発動させることができてしまえば、もう信じざるを得ない。何せその「あり得ざる奇跡」を起こしているのは自分自身なのだから。
「こんな、こんなことが!? では今まで我々が教えてきたことは……!?」
「なんてこった、こりゃ世界がひっくり返るぞ」
「というか、何故そんな間違った知識が広まったのじゃ!? まさか開祖様の伝説も……っ!?」
「うーん、私はこの子達と一緒の授業で聞いただけだから何とも言えないけど、契約を交わした方が強力な精霊魔法が使えるのは事実よ? だからその開祖様とやらが嘘をついたとかってことは無いと思うの。自分の半身と言えるほどに心を通わせた精霊となら、自分の限界を遙かに超えた……それこそ奇跡としか言い様のないくらい強力な精霊魔法だって使えるはずだもの。
ただ、それを盲信するあまりに『精霊との契約が必須』みたいに少しずつ事実がねじ曲がっていったんだとしたら……まあ、うん。残念だったわねとしか言いようがないわ」
「そんな!?」
ここにいるなかで一番年嵩だと思える白髪の老人がティアに食ってかかろうとするが、それをティアは優しく手で制する。見た目は華奢だし実際腕力も大したことはないが、それでも勇者パーティとして実戦に明け暮れていたティアであれば、その程度は造作もない。
「とにかく、私に過去はわからないし、変えられない。でもここから変えることはできるわ。そういう意味でも、今目の前にいるこの子達の意識から変えていきたいと思うんだけど、どう?」
「……わかった、お願いしよう」
「学園長!? いいんですか!?」
ティアの言葉に老人が頷き、他の教員達が叫ぶように声をかける。って、あの人学園長なのか……ということは、この時点で俺の目的はほぼ達成できたってわけだな。
「いいも何もない。実際に多大な魔力を消費すれば契約している精霊とは違う属性の魔法を使うことができたのだ。その事実から目を背けて何とする? むしろそれに今気づけたことに感謝せねばならんだろう。
美の精霊ティア殿。貴方こそこの国の未来を救うお方であった。感謝致します」
「いや、そんな大したものじゃないですよ!? 私はほら、たまたまここに喚ばれてやってきただけで……」
「ならば、それも開祖様の……あるいは神のお導きでしょう。今後も是非とも生徒達に真の精霊魔法の使い方を、精霊との関わり方を教えていただけませんか?」
「はい。ここにいる間だけではありますけど、できる限りのことはさせていただきます」
「ありがとうございます」
笑顔で了承するティアに、学園長が深々と頭を下げる。この瞬間、世界の常識をかえる真実が事実として認められたことになり……授業をするという依頼を受けた二つ目の目標を達成することができた。
ティアはずっと、この世界の人間と精霊の関わり方を正したいと思っていた。だが大人達にした説得と同じ方法で真実を示すには未だ魔力の育っていない子供達では難しく、唯一実際には精霊と契約しておらず、かつそれなりの才能のあるナッシュだけならば全属性の精霊魔法を発動させられるが、それだと単にナッシュが天才であるということだけで片付けられてしまう。
では直接教員の誰かを呼び出して話せばいいかと言うと、世界に与える影響が大きすぎるため、どこでどんな横やりが入るかがわからない。
自分達だけがこの知識を独占すれば精霊使いとして隔絶した地位を約束されることになるし、そうなると余計なことを知っている相手……つまりは俺やティアとその契約者たるミゲルにナッシュ、後は報告した先生なんかがサックリと口封じされることも考えられる。
俺達だけならどうとでもなるが、そう遠くない未来にこの世界からいなくなることが確定しているのに、ミゲル達や教員に危険を残すのは無責任だし、やりたくない。かといって彼等を守ってくれるようなコネがあるはずもなく……それらを総合して最も確実な手段を模索した結果が、この「情報封鎖などできないほどの人数に一気に真実を明かす」ことなのだ。
ローワン王立魔法学園は、その名の通り伝統と格式のあるエリートの集まる場所だ。当然色んな派閥から出向してきているであろう教員全ての口を封じることなどできないし、ましてや大人のように権力で口を封じることのできない何十人もの子供達が一斉に事故にでもあったりすれば、学園の権威が傷つくどころか将来の国防に支障が出ることすら考えられる。
つまり、これでもう真実が隠蔽されることはない。ティアの教えはやがて世界に広がっていき、いずれは正しい精霊との付き合い方を学んだ正当な精霊使いが国中に溢れることになって……俺の教えと相まって育つ多種多様な人々は、いつかあるかも知れない勇者ミゲルの戦いを支える重要な存在となってくれることだろう。
「それじゃ、授業を再開するわよ! まずは今契約している精霊と、もっと仲良くなる方法から始めましょうか。それに並行してエド……じゃない、エイドスもみんなの事を見て、精霊の力を色んな事に利用する方法を教えてくれるわ。
ふふっ、これから忙しくて楽しくなるわよー? みんな覚悟はいい?」
「勿論だぜ!」
「頑張ろうね、フーちゃん」
「これで兄さんを見返してやれる……フフフ」
「あの、ティア殿? その授業は我々も一緒に参加しても……?」
子供達のざわめきに混じって、教員達がおずおずとティアに尋ねる。その答えは……まあ考えるまでもねーな。
「勿論いいわよ。でしょ、エイドス?」
「無論だ。人の精霊として、貴方方に眠る可能性も見定めよう」
「おぉぉ! ありがとうございます」
子供と違って大人の方の反応は複雑だが、何か思うところがあったとしても止められはすまい。さあ、ここからは教育無双だ。




